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部屋から出ると同じ廊下に面している部屋の扉が静かに開けられて出て来る生徒の姿がある。2階にいるのはたぶんわたしよりも格下なんだよなあ。あ、先に会釈されてしまった。はいどうもどうもお隣になりますよ、よろしくよろしく、ぺこぺこ。その向こうの扉も開き、その向こうの扉も開き、すぐに廊下に人があふれていく。えーっと、ラウンジに集まらないとなのでこんなところでうろうろしていないで進みましょう。わたしの部屋からは階段が遠いんだよなあ。お手洗いは近いからそこはいいんだけどさ、奥の部屋って移動がめんどうだわ。ふむ、みんな動きが悪いのは急に一人で部屋に放置されて困ってしまっているといったところだろうか。仕方がない、ここはわたしから動きますか。

「さ、行きましょう。あまりゆっくりしているのもいけませんし――お隣ですね、よろしくお願いします」

どうしようみたいな感じで止まっていたお隣さんに声をかけると、あ、はい、よろしくとか何とかもごもごと言う。不慣れ感がすごいですな。まあすぐに慣れていくでしょう。ほらほらみなさん行きましょう行きましょう、初日から行動が遅い印象を持たれるのもよくありませんからね、行きましょう行きましょう。

前に詰まっていく他の生徒たちも含めてさあさあさあと押していくようにずんずん前に進んで階段へ。上の方でもなんかわさわさした気配があるから案の定手間取っているのかね、まあいいや、階段を下りてラウンジへ行きましょう。ほらほらほら。

ラウンジへ行くとすでに寮の管理人さんがいて、そして行動が早いらしい生徒がちらほらここからどうすればみたいな雰囲気でこちらを見ている。特に並ぶ必要とかもなさそうだし、ここにいればいいのかな。階上のわさわさした雰囲気も下りてきているのですぐに人は集まるでしょう。


貴族と市民とで、それぞれの担当らしい管理人さんが人数を確認。全員そろっていることが確かめられてからまずは貴族組が移動を開始。寮を出て中庭を通ってさらに奥にある講堂へと向かう。来たときには気がつかなかったけれど2年生の寮、3年生の寮なんかも連なっているのかな。なんか中庭に面した部屋の窓に顔が鈴なりになっている。見られていますねえ。

そのまま中庭を抜けて講堂前の石畳の広場へ到着したところでようやく整列するように指示が出され、まずは貴族組が階級にあわせて並んでいく。順番から見るとまずは侯爵とか伯爵とかの家の人たちかな、それからわたし、その後に子爵、男爵、そのほかの爵位。侯爵伯爵組は従者も一緒に並んでいるのかな。人数がちょい多め。子爵でも従者付きの人がいるんだけど、わたしは当然一人です。男爵以下も基本一人だね。こうして見るとやっぱりというか何というか結構人数が多い。特に従者枠と男爵以下枠がすげー多い。わたしよりも明らかに立場が上なのは7人、8人ていうところだと思う。市民グループも貴族グループとほぼ同じ人数だね。総勢で100人いないくらいといったところ。これが5学年分いるんだから、学園、広いよなあ。


どこかでガラーンゴローンと鐘の鳴る音がする。これより入学式が始まりますという管理人さんの言葉があり、そこから先導を引き継ぐらしいちょっと豪華な格好をした職員さんが、自分に続いて堂内へ、そのまま通路を進んで演台の手前の座席へ案内する、座る順番はその場で指示するという説明をして、それを聞き終わったところでいよいよ講堂の扉が開かれた。

わあっという歓声と拍手があふれてくる。

堂内を埋め尽くす人、人、人。参列しているのは入学生の家族、親族、関係者だと思う。どこかにわたしの両親もいるのだろう。先導する職員に続き格上の貴族から順に進んでいく。わたしの順番もすぐに来る。石造りの講堂の内側は高い位置にある窓から差し込む光で明るく照らされていて、並んでいる人々の笑顔も明るく浮かび上がらせていた。くるりと見渡して、すぐにお父様とお母様を発見。周囲の人たちと同じように笑顔を浮かべて拍手をしている2人と目があった気がするので、手を振るわけにもいかず軽く会釈をする。学生生活はまだこれから始まりますよという段階なのだけれど、もうこの時点で何だか少し誇らしい。

通路を前へ進んでいくと、こちらへ、こちらへ、と案内する職員さんに言われて自分の席へ。まだ座るなと言われているのでそのままおすましして演台を見上げる。もう気配で分かってしまうのだけれど、高位の貴族はともかく、下位、それから市民枠の生徒に関しては結構雑だ。順番に進んで座席前で待て、だけみたいだね。まあ一人ずつ案内するなんてめんどうだし、そんなものでしょう。

全員が座席に着いたようで、扉が閉じられ、拍手が鳴り止み、厳粛な雰囲気が会場を包んでいった。

「これより141期、入学式典を開催いたします」

司会らしき人の宣言があり、いよいよ入学式が始まった。

問題はどんな世界、どんな時代、どんな場所であっても入学式というものはそう代わり映えがしないということだった。もしかしたらこの式典を考えたのが元日本人であるという可能性も捨てきれないのだけれど、わたしの知っている入学式というものにとてつもなくよく似ていた。あいさつ、あいさつ、あいさつだ。座らせてくれたので良かったのだが、繰り返そう、あいさつ、あいさつ、あいさつだ。立ったままだったら絶対にひっくり返る子がいただろう。すでに市民枠かな、後ろの方でさわさわした空気がもれている。飽きているのだろう。学園に来てしまった以上はこういった式典には慣れていく必要があるだろうから、我慢だよ。同士よ。

あいさつの内容もどこかで聞いたことがあるようなものが多い。それでもこの世界の、この国の情勢だとかが反映されているのだろう部分はなかなかに興味深かった。

まず今年の入学生には公爵家から1人、侯爵家から3人、伯爵家から4人、直系がいるそうだ。それぞれ分家筋だとか従者だとかを含めればこの8家だけでも結構な人数になる。学園としては大変に歓迎しているのだという話。寄付金だとかの話だろうか。それは歓迎もしたいだろう。

それから市民枠ではあるけれども教会からの盛大な推薦を受けてしまっているギフト持ちがいるそうだ。虹色に輝く才能に大きな期待が寄せられているという盛りに盛った話に会場にざわめきが起こっていた。本人がどう思っているのかは分からないが、ここまで持ち上げられてしまうと今後が大変だろう。頑張れ。

社会的な話で言うと、最近は国内は安定していて、これもこの学園で教育を受けた人材が広く活躍しているからだうんぬんかんぬん。国際的には周辺国との関係も南の1国、北の1国以外は協力関係にあって、結果として国は発展の機運が高く、これも卒業生たちの活躍がうんぬんかんぬん。魔物の脅威もよく押さえられていて、それが国の発展に寄与していて、当然それにもこの学園でスキルを磨くことができるようになったことが大きく貢献していてうんぬんかんぬん。まあ自慢話ではあるのだけれど、特に間違ってもいない、どちらかというと学園の意義としては正しい認識を示していて、そしてこの場で話せるくらいの情勢であるということが分かるわけで。国の中央から来たらしき偉い人たちのあいさつも似たような感じで特におかしな部分もないということはそういうことなのだろう。いいことだと思う。

学習内容に関わる部分でいうと、どうも学術系、芸術系に推奨の匂いがしている。これは国が安定していて発展の機運が高まっているという部分とも関係するのだろうけれど、社会が安定してくると次に求められるのは豊かさで、で、セルバ家のここ何年もの間の食料生産の状況から見て不足しているなんていうことはなく、ということは生活の豊かさから次の段階へ進んでいるのではないかと考えられるのだ。精神の豊かさを求める、生活の水準を引き上げる、そして世界の謎へ挑む段階だ。

転生者、転移者がいる世界なのだから結構な知識、技術がもたらされているはずなのだけれど、それが一般に広がっているようには思えないので、恐らくはこれからなのだろう。だからこそ、学術系、芸術系だ。これはわたしには歓迎すべき状況でもある。芸術系はともかく、学術系はスキル依存度が低いだろうからね。うんうん。

ただお隣の、部屋もお隣だったけれど、その子の反応を見ると微妙な空気。腕を組んでうんうんと話を聞いているわたしに向けられている視線がうろんなものだ。うーむ。せめて腕組みはやめておこう。あと、こういった話で表情が真剣になるのはどちらかというと来賓の人たちで、教師の反応はまちまちな感じがする。こうなると本当に過渡期ということになるのかもしれない。国の方針があって、それが学園に下りてきて、これからそういった教育が重視されていくよという段階。まあいずれにせよわたしには歓迎すべき状況なのでね、良いでしょう。うんうん。

あ、いかにも教師の列に並んでいる筋肉重視っぽい教師は明らかに話を聞いていなさそうだった。こういう人があれだ、クラス重視、スキル重視の技能系だろうね。たぶん体を動かす方の授業を担当するのではないかな。あまりスキル重視はしないで基礎からみっちりにしてほしいのだけれどこちらは期待薄かもしれない。明らかに話を聞いていなさそうな生徒も結構な人数いるから仕方がないか。そういうことは実際に授業が始まってみれば分かっていくでしょう。

いやーそれにしても楽しみですね、授業。久しぶりのこの学び舎の空気。演台に近い位置にいる高位の貴族家からして、落ち着きがなくなりつつある子がちらほらしているこの入学式の空気。校長先生、学年統括の先生、来賓の人たち、終わる雰囲気のないままガンガン続いていく長いあいさつ。それでも今あいさつを終えた人の後に次の紹介がなかったことでそろそろ終わるのかなという感触を受ける。姿勢を正して演台を見上げていましょうかね。

「これにて入学式典を終わります。明日は校内の案内、明後日は在校生との集会が行われます。みなさんの今後の活躍を期待しています」

はい、おわりー。まあ普通の入学式だったと言っていいでしょう。

立ち上がるように言われざわざわとした空気の中で一礼との指示を受けて演台に向かってばらばらとぺこり。再び来賓の拍手を受けながらわたしたちは会場を後にした。空気は緩んでくれたので、わたしも歩きながらお父様お母様に手を振っておきましたよ。次に会えるのはいつになるのやら、ということなのでね。うん、でもまあこの後お別れの時間があるっぽいのでまずはその時に。


『お疲れさまでした。こちらも寮の掌握を終了しましたから報告を。生徒名簿は発見できませんでした。これは安全のための配慮なのかどうか、それでも数人は所有物から姓名などを特定できています』


ほーん。まあなんとなく偉い順が分かってしまっている時点で意味がない気はするけれど、安全のためっていうことはあるだろうね。とにかくこれで寮内の安全は確保できたし、わたしが急にいなくなる準備もできたっていうことで。


『はい。部屋の鍵が管理人室にもある点は注意は必要なのでしょうが、どこにもいない、ができるようになりましたね』


うん。部屋の中から直接3号ちゃんのところにでも飛んでしまえば、見つかることはないからね。


『もう1点、冒険者がそろそろ8階を突破できそうです。オークに手間取った結果進捗が遅くなりました』


ほお。ほおほお。オークに手間取ったっていうことはやっぱりオークは良かったのね。オーガは? どうだった?


『オークの本気はそれなりに通用しました。オーガは良くありませんね。能力的にはオークよりも強力なはずなのですが、やはり知能の問題なのでしょうか、冒険者の方が圧倒的にうわてです』


そっかー、やっぱりオーガは一斉にぐちゃぐちゃにが必要か。でもオークが通用したのなら十分だね。それじゃあそろそろ湖を渡りそう? アボレス、行けそう?


『橋があった場所へ到達しています。そろそろでしょう。アボレスは湖の比較的浅い場所を周回していますから、もしかしたら、といったところかと』


よしよし。それじゃ、もう入学式も終わったことだし、この辺に小窓を表示しておいて。見たいわ。


『分かりました――この辺りでよろしいでしょうか』


おっけーよ。さーて、部屋に帰るまではできれば待ってほしいわね。落ち着いて見たいわって言っているところで冒険者さんたちが立ち上がってしまった。待って待って、まだ寮にも着いていない。ここは当然ウォーターウォークで渡るのね、お、メロウ頑張れ。あー、打ち上げられてしまった。水の上でびたんびたんしている。頑張れ頑張れ。と、寮までの道は間違わないように、ここで急に明後日の方に歩いて行くのは格好悪いからね。よし、寮に到着、いやいやいや管理人さんお話はいいですから、このあと集まる時間があるのね、はーい。それと明日ね、はい明日明日分かっていますよ、明日ね、集会があって、校内の案内があるのね、はいはいはい。お、湖を渡り終わってしまった‥‥おー、おーおー、アボレス、来た。ひゅー、気持ちわるーい。あー、残念、さすがに戦ったりはしないわね。階段を駆け下りて、これにて8階はクリア。これで明日からはいよいよ9階ね。何を引いてくれるかしらねえ。おっとお隣さん、はい、また明日また明日、って今日まだこの後も集まる時間はあるのよね、うーん何の話だ? 連絡事項か? 記憶にないですな。わたしが聞いていなかっただけか? たぶんそう。まあいいや、お隣さんに手を振って、と、はい部屋にとーちゃーく。ん、1号ちゃんと、2号ちゃんのところへ無事4号がダンジョン誕生しましたとメッセージを、これでいつでも帰れますと書き添えて送って。よし、これでおっけーね。はー、満足ですよ。入学式もなんだかんだ楽しかったし、お父様とお母様のうれしそうな顔も見られたしね、うん。冒険者さんたちもついに9階に到達したし、4号ちゃんも問題なさそうだし、今日はとても満足度の高い一日でした。まる。


その後生徒が落ち着いたころを見計らって連絡事項という形の管理人さんのお話を聞く時間があって、ちっとも下りてこないわたしを管理人さんが迎えに来てしまうという一幕があったことを報告しておく。だってダイジェスト版でオークの本気を見たり、ぼこされるばかりのオーガを見たり、落とし穴をほいほいと避けていかれたり、もう一度アボレスのきもい姿を見たりして楽しかったのだもの。‥‥いやごめん、今後はもう少し注意深くいきます、はい。ごめんなさい。

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