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9.大事、ですか?!

 隊長の平謝りと、香辛料への号泣を見た次の日。

 寄宿舎に新たな訪問者が現れた。


 隊長は、最新の野外調理魔導機械を両手に抱え俯いている。すまんすまんすまんすまんと呪文のように呟き続ける。

 騎士部隊からどんなに申請書を出しても、予算が通らなかった調理器具。これを一級王宮魔導士ジェフリーが、自作し無償で提供してきたのである。面会を都合する賄賂として……。


 隊長の気持ちはよく分かる。遠征中の食事はとっっっても大事だ。


「そんな謝罪は不要です。ご迷惑をおかけしているのは私です。それに、ジェフリー様とお会いするのに問題はございませんし」


 それでも隊長は良心が痛むらしい。前回は私より権力者の意向を汲み、今回は裏口面会を許可してしまった、と嘆いていた。

 

「いや。全ては私の弱さが原因だ。ウラノス様にも、調理器具にも弱い隊長など……あまりにも情けない……有事のときには皆の命を預かる身だというのに……よし。弱いのなら、鍛え直せばいい。行ってくる」


 すべての煩悩を断ち切るように、猛虎のような形相になると、訓練場へと駆け出して行った。巻き添えになる隊員たちに深く同情する。





 



 先に隊長の部屋に通されていたジェフリーは、明らかに機嫌が悪そうだった。


「どんなに面会を申し出ても断られるのは、どういうわけだ?!」


 私は相変わらずの鳥の巣頭を確認しながら、答える。


「ジェフ様。寮には未婚の若人ばかりなので、立ち入りには保護者の許可がいるのです」


「ウラノス様に許可などとれるか!」


「ですね」


 父とはいえ、最高権力者。家では全く会話がなく、目指す治世も密かに袂を分けている二人に、私の面会許可書などという細事が話題になるイメージはない。


「普通に騎士棟に訪ねても、あからさまに邪魔される」


「邪魔とは?」


「毎回ルウは不在と言われ、戻るまで待つといえば、部外者の長居は断られる」


 王妃の護衛に就くのは、訓練期間を終えてからだ。今は日々訓練に明け暮れている私は、いつだって騎士部にいる。不在だったことはない。


「どういうことでしょう」


「だから邪魔されている、と言っている。……噂のせいかもしれない。ルウは邸を追い出されたのではないか、というデマが出回っている」


 ウラノスの養子はほぼ全員、将来魔導士として国を動かすであろう魔力溢れる人ばかり。

 魔力のほぼ無い私は、もともと浮いた存在だった。そんな私が邸を出て、王妃の護衛に任命されたことを、周りはどう捉えるか。


「私が宰相派から排除された。そう、思われていると?」


「おそらくな。だから宰相の息子である俺を遠ざけようという、要らぬおせっかいを焼いた奴がいるのだろうよ。ルウ……本当に気をつけろよ」


「はい! 本当は王派に寝返っていること、悟られないようにいたします!」


「……それもだが。ここは男ばかりだ。寄ってくる奴に気を許すな」


「もちろんです。例えうら若き美しい女剣士に詰め寄られても、私の忠誠は揺るぎません!」


「だから……そういう意味ではなく」


 ジェフリーはもこもこの紺色の頭を、クシャクシャと搔く。痒いのかもしれない。

 なぜなら今日も精霊たちが、彼をからかっていた。楽しそうに髪の中に飛び込み、隠れん坊をしている。


(こっちだよ~)


(えー。どこ?)


(ヘヘ。今度はこっち)


 私はハラハラしながら、紺色のもこもこから見え隠れする小さな精霊たちを見守っていた。


「おい! 聞いてるか?!」


「はっ!」


 ジェフリーの苛立った声に、我に戻る。

 正直に聞いてなかったと告げる勇気は無いので、ふらりと話題を変えてみた。


「……それで……本日はどのような御用でしたか?」


 早朝から賄賂まで使って、私にどんな用だろう。


「急用だ」


「はい。どのような」


「……会いたかった」


「……」


 拗ねた顔をされても、私には何の返事も浮かばない。顔が火照らないおまじないを、心の中で唱えるばかりである。


「こんなに長い間会えないとは思っていなかった。ルウは何とも無いのか」


「それは……。寂しかったですよ」


 毎日朝から晩まで訓練に明け暮れるのは、何も考えないようにしたかったから。ようやく護衛騎士になったのに、肝心のロゼリーヌに会えない。そしてジェフリーにも会えない。寂しくないなんて、嘘になる。


「ジェフ様。もうすぐ訓練期間は終わります。正式にロゼ様の護衛騎士に着任すれば、一級王宮魔導士であるジェフ様と、毎日のように顔を合わせるでしょう」


「……仕事では会うようになるだろうが……いや、何でもない」


「それで、本当のご要件は?」


 それはそれは渋い顔をされてしまった。

 それも仕方ないと思う。精霊たちが遂に髪の引っ張りっこを始めてしまったのだ。


(ほら、こっちの方が長いよ!)


(見て! 私の方がいっぱい伸びたわ)


 縮れたジェフリーの髪を引っ張り、どちらが長く伸ばしたか競争している。

 感知できない彼でも、やはり不快感があるのだろう。


「……なぜ贈ったマントを着けない」


「え?! いや。しかし、あんな貴重品、平時に着けたら可笑しいですよ。目立ちすぎです」


「可笑しいわけあるか! 目立つわけないだろう。色も抑えた。デザインもシンプルな方だ。いや、もしかして……気に入らなかったのか?」


「いいえ。大変有り難く頂戴いたしました! でもやはり、訓練なんかで使うような普段使いの代物ではないと思います。エルフの金属で出来たマントですよ?! 見る人が見れば分かりますし、訓練相手にも遠慮させてしまいますし。なにより……風の精霊が大喜びで力を貸してしまうので、毎回説明に困ると思います」


「確かに。そうか」


 ようやく前のめりのジェフリーの勢いが止まる。


「それに、いざというときの魔法が、訓練中に発動してしまったら、無駄になります」


「それは別に構わない。俺がもう一度かけ直せばいいだけだから。でも、そうか。訓練には不都合か」


「私、その……とても気に入っています。軽いし、身体にぴったりだし。護衛に入る際は、着ける許可をいただくつもりです」


「そうか……仕方ないな。本当はいつ何時不祥事があっても、守れるよう用意したんだ。四六時中着けていて欲しいくらいだが……」


「もちろんです。マントの装着問わず。いつ何時、どんな支障があろうともロゼ様をお守りしますゆえ。ご安心を!」


 有事にはもちろん役に立って見せる。ロゼリーヌを守るため、ここまで頑張ってきたのだ。

 胸に右手の平を当て、心の底から誓う。


 ジェフリーは、不安げに私を見た。


「違う。ルウ。俺はちゃんと伝えたはずだ。このマントを贈ったのは、お前の命を守りたいからだと」


「職務遂行のためではなく?!」


「ああ。お前はすぐロゼのために猪突猛進する。だから、ルウのことは俺が守りたい」


 まただ。私を喜ばせて、突き落とすんだ。私の複雑な気持ちなど知らないジェフリーから、どうやって心を守ろう。


「……お心遣い、有り難く思います」


 だからもう、このへんでやめて欲しい。


「心遣いじゃない。俺がルウを大事に思っているからだ。ルウ。……今、もう少し、話していいか?」


 もじゃもじゃの前髪の隙間から、真剣な橙色の目が見え隠れしている。

 人の心を転がすところは、父親ウラノスに似ているかもしれない。


「……これ以上は限界です」


「……そうか。とにかく、男には気をつけろ」


「危険なのは男とは限りませんよ!」


「まさか、寄宿舎には同性愛好者もいるのか?!」


「何の話ですか?」


「何の話をしていたんだ?!」

 

連続投稿にお付き合いいただきありがとうございました。

次回より不定期更新です。

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