表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/17

8.私は権力者の恩人?

 私は首を九十度まで曲げてしまった。


「確かに、とても美味しい焼菓子でしたが?」


 初めてウラノスに出会ってから、もう十三年になる。

 孤児院で育てられた私は、厭われ避けられ人扱いされなかった。

 青い目は異常に大きく、耳は尖り、額には大きな石か生えている赤子は、人の子には見えなかっただろうから。仕方ない。


 そんな孤児院を飛び出したのは、五歳の頃。

 魔物が棲むという森に迷い込む。精霊たちは私に興味津々だった。彼らに助けられながら、どうにか暮らし始める。魔の森に住むたった一人の人間になった。


 当然、焼菓子なんてものはない。そもそも孤児院でも滅多に食べられない。だから会ったばかりのウラノスに貰ったマドレーヌに目を輝かせ、無我夢中でかぶりついた……。本当にただの食いしん坊である。


「あれを作ったのは、ロゼリーヌだ」


「えっ?!」


 ロゼリーヌがマドレーヌを……。


「まだ旧王家シャルバインがかろうじて力を保っていた頃、よく顔を出していた。ある日、末娘のロゼリーヌ姫が儂の誕生日祝いにマドレーヌを焼いてくれてな。……その帰りだ。我が一族が謀叛の罪で討伐されたのは」


「濡れ衣だったと聞きました」


「いや。そういうふうに処理されただけだ。シャルバイン家が王位に返り咲けるよう、長年用意してきたことは間違いない。──当時の王は、我が息子を一番目から四番目まで殺したところで、討伐の手は緩めた。儂が国政に戻らなければ、この国は立ち行かないと知っていたからだ。儂の力を充分に削いだ頃合いに、側近たちの暴走として処理し、終わらせた」


 ジェフリーは五番目の息子だ。身分が低い母の下に生まれた彼は、当時ウラノスの子どもとして扱われていなかった。七歳と幼かったこともあり、命拾いしている。


「それなのになぜ、また王に仕えたのですか? ……ご家族を殺されたのですよね?」


「ほう。不思議に思うか?」


「はい」


 家族などいたことがないから、分からない。それでも、もしこのときジェフリーが殺されていたら、と思ったら背筋が凍る。


「……もちろん。儂も苦渋の決断だったさ。ただ、どうしても膝を折ることを選ばざるを得なかった。……投降すれば、旧王家シャルバインの末娘だけは助けよう、と言われてはな」


 私は息を飲んだ。ロゼリーヌまでも命を奪われようとしていたとは……?!


「ロゼ様が何をしたっていうのですか? 当時七歳ですよ」


「ロゼリーヌが何をしたかは関係ない。旧王家シャルバインは当時まだ、力はあったし、支持者も多かった。王位を略奪した現王家にとって、ずっと目の上のたんこぶだった。取り潰す機会を持っていた」


 またも通説とは全然違う話。私にはもう何が正しいのか分からない。


「このような話、私が伺っても良いのですか?」


 表沙汰になれば、いくら権勢を誇るウラノスでも危うい。琥珀色の目が瞬き、またも私を惑わす。


「寸足らずの王にいろいろ告げ口されるより先に、ルウには本当のことを伝えておきたかった。そうか。何も聞いてなかったか」


「うっ」


 ウラノスのちょっとした探りにも、そのまま反応してしまう。我ながら馬鹿すぎる。


「本当に。ルウは可愛いなあ」


 よしよしと頭を撫でられる。てんで子ども扱い。私がロゼリーヌに与しても全く戦力にならない。


(ジェフ様!! 私、全然ダメでした!)

 

 全く諜報員は向いていない。私を陣営から外そうとする王の判断は、きっと正しいのだろう。

 ああ。本当にどうしよう。

 所詮。若い王、王妃、息子たちが雁首並べて様々な画策を行おうとも、ウラノスの手のひらから飛び出すことは出来ないかもしれない。



「ルウは、私の幸運のお守りなんだよ」

 

 また唐突に何を言い出すのだ。この御仁は。

 しかも儂ではなく、私?! いつからか爺臭い一人称に変わっていたのに。なぜ今?

 昔の私は宰相とか身分とか知らなくて、やたらギラギラしているおじさん、としか思っていなかった。その頃の彼は確か『私』と言っていた。


「初めて森で会った時のことを、覚えているか」


「あまりはっきりとは……」


 五歳児の記憶など曖昧である。


「討伐の兵士に追い詰められた私は、魔の森と呼ばれるエルフの森に逃げ込んだ。それでも追撃は止まらず、武器も魔力も命も尽きかけたとき……ルウに会った」


 琥珀色の目に見入られ、切ない心持ちになる。

 そう。あの時、この目が色を失おうとしていた。真っ赤に染まった身体から、大量の血が滴り、地面にみるみる赤い池が広がった。 


 ああ、死ぬんだ、と思った。

 それがどうしても許せなくて、仲良しの精霊たちに助けを求めた。生きて欲しかった。不思議な魅力に溢れる目の前の男が、どんな人間か知りたかった。


「ルウは私の命の恩人だ。お前がいなければ、今の私はなかった。感謝している。それなのに……私は恩を仇で返した。言葉巧みに連れ出し、エルフ王の宝物だったルウを森から盗み出した」


「何を……おっしゃっているのでしょうか」


「寸足らず王とロゼリーヌは知っているさ。お前の価値を。だからこそ、新人にもかかわらず王妃の護衛騎士に抜擢したのだ」


 何を言っているのか。私はロゼリーヌへの忠誠が厚く、絶対に裏切らない。ロゼリーヌが私を好いていてくれている。そういう理由で彼らは無理を通してくれたのだ。


「いえ。私の意志を買ってくださっているだけです」


「心の意志じゃない。ルウの美しい青い石の話をしている」


「石? まさかこの額の石のことですか」


「はは。そうだよ。教えてもらっていないのだろう? 所詮他人はそんなものだ。ルウは素直過ぎて、すぐに利用されてしまう」


 仕方なさそうな顔で、ウラノスは私の額に手を伸ばす。

 同じ轍は踏まない! 動揺を抑え、目をつむり、彼の手を待った。前髪がさらさらと掻き分けられた。


「この石は、ただの美しい石ではない。忠誠を捧げた主の命を救い、永遠の力を授けてくれる奇跡の石。本来エルフの世界に属する強い魔法だ。それなのに、遠い祖先の血を強く受け継いだルウは、人でありながら石を持って生まれた」


 私は目を見開き、ウラノスのどこまでも穏やかな顔を見上げた。


「ルウは人だ。そうであれば人の世界で生きていくべきだ。そう、私は願った。森から連れ出した責任はとる。ルウがどう生きようと、私はルウを大切に思う」


 そう言ってウラノスは、額に顔を近づける。

 感覚はない。感覚はないが、おそらく多分。石に口づけたと思う。

 何を考えているのか。ウラノスの気持ちがこれほど分からなくなったことはない。


「びっくりし過ぎだ。ルウ。大切にすると改めて誓っただけさ」


 カラッとした笑顔に、軽い言葉。でもそれだけではない。何かある。


「はは。魔樹の保護膜とは恐れ入る。相変わらず、かの姫は面白いな」


 バレている。ロゼリーヌがかけてくれた魔法が、あっという間に見破られた。敢えて私に伝えたのも、次の一手。私が見破られたと、王たちに報告するのを見越している。

 もう、無理。こんな化かし合いみたいなこと。でもロゼリーヌのために耐えなければ。例え穴だらけでも、陥落するわけにはいかない。

 

「そうそう。ガルティにお土産があったのだよ。渡しておいてくれ。珍しい香辛料が手に入ってな。咖哩(カレー)でも作ってもらうがいい」


 私の動揺など気にも止めない様子で、次の話題に移る。

 

「……カレー、ですか?」


「遠方の国の料理だ。臭みのある肉を食べるのに最適で、発汗作用やら体内の炎症作用を阻害するやら、なんだか色々言われている」


 急に説明が雑になる。ウラノスという男は、政務に関わらないことには、急に面倒くさがり屋になる。

 

「取り寄せてみたが、邸の料理人は調理の知識がないと、頭を抱えてしまった。ガルティの細君はそちらの出身というから、何とかなるだろう」


 なぜだろう。涙を流して喜ぶ隊長の顔が思い浮かぶ。


「ルウも食べたら感想をくれ。新しい取引国として検討中なのだ。ジェフリーに報告してくれればいい」


 宰相らしい言葉とともに、『またな』と若々しい笑顔で帰っていった。

 私は深いため息をつく。



次話は明日18時掲載予定です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ