7.皆さん、そんな感じですので!
騎士部隊長の背中を追い、騎士棟の廊下を早足で進む。すれ違う騎士たちは隊長に会釈したあと、私にも「よっ!」「おはよう」と声をかけてくれる。その一つ一つに深いお辞儀と笑顔で応える。
「だいぶ慣れたな。何よりだ」
隊長は振り返り、ニヤリと笑う。
私はすんなり受け入れられていた。隊長の裏表のない人柄に、騎士部隊全体が影響されているように思う。
「お陰様で、皆様に良くしていただいています」
「ルウの気質が大きいさ。凛とした綺麗な面差しに、気持ちの良い素直な受け答え。皆に丁寧であろうと心掛けているのが伝わってくる。脳筋野郎どもの受けは、かなりいい……なんだ。どうした」
さらりと流すところなのに、引っかかってしまった私に気付いたらしい。隊長は分厚い筋肉から想像もつかないが、細かなことに気がつく人だ。
逆に私は、どうしてこうも、感情を隠せないのか。
「すみません。大したことでは、無いのです。私の見た目を綺麗、というのはちょっと違うかな、と思ってしまいました」
「ああ。ルウは自覚がないんだな。エルフってさ、人間の目から見るとむちゃむちゃ綺麗だぞ。ツンとした目鼻立ちもピンと立った耳も、サラサラの銀髪も。何とも清らかで神秘的だ。しかもルウは剣筋までもが、美しい。いろいろ目立ち過ぎて、少々心配になるくらいだ。養父はかの御仁だし……。何かあったら些細なことでも相談しろ。これでも私はそこそこ偉い!」
隊長は、大きな拳で自分の胸をガコンと叩く。酒樽を叩いたような重量感だ。
「ありがとうございます」
何とも心強い人だと、思った。
「久しいなガルティ。細君は息災か? 愛息もそろそろ剣を握れる年頃かな」
紺色の髪をふわりとなびかせ微笑むのは、私の養父。我がネランドール王国宰相ウラノスである。
隊長は大きな身体を真っ二つに折り曲げ、ははっと恐れ入る。
「お見知りおきいただき、恐悦至極に存じます。お陰様で妻子とも元気でございます。閣下におかれましては、ますますご健勝のご様子、お慶び申し上げます」
ウラノスの琥珀色の視線は、下げられたままの隊長の頭に落とされる。
「今朝は早くから面倒をかけて、すまなかった」
「滅相もございません」
「この部屋を借りてもよいか?」
「どうぞ。どうぞ。むさ苦しい部屋ですが、ごゆっくりお過ごしください」
最敬礼をしたあと、私にだけ『本当にスマン!』という顔をして隊長は去っていった。
さっきまでの強そうな隊長はどこへ? 駄目な大人の典型か、と思いきや。私は知っている。実はとってもマシな方だと。
ウラノスを目の前にすると、皆が態度を変える。琥珀色の眼光に捕われたが最後、誰もが魅せられる。話せば話すほど、声を聞けば聞くほど、魂を抜かれ、彼の望むままに動いてしまう。
隊長はこの畏怖の塊に、長文を送りつけ、私を寮に入れる許可を取ってくれた。ウラノスに一度でも会ったことがある人なら、隊長のことを豪胆と称する。
良い上司だ。真面目で誠実で、強くて優しくて、周りに気も配れる。そして何より──料理の腕が確かだ!! 隊長のすばらしさは、本当にそれに尽きる。
それにしても、ウラノスの異常さは、時空を越えている。一対一で何を話すつもりなのか。気が重い。
「ルウ。息災か」
「はい。……ウラノス様は」
「なんだ?」
「少し……白髪が増えました」
ウラノスは驚いた顔で私を見た。
やがて琥珀色の目を細め、ガハハっと愉快そうに大口を開けて笑う。
やっぱり、駄目だ。この御仁はどうやったって、私を虜にする。
そのままウラノスを好きでいていいと、言ってくれたジェフリーのことが思い浮かぶ。敵対心を抱くことができない私を、見透かしていたのだろう。
「ルウが離れて行ったのが、寂しくってな。急に歳をとった気がする」
そんなふうに言われたら、弱いじゃないか。
彼にはたくさんの部下と養子がいるのに。その中の一人に過ぎない私なのに。多忙な身の上で、わざわざ騎士部棟まで足を運んでくれた。
本当は。彼が疲れを感じるほど心を傾けるのは、国政だけだと知っている。
それでも多少は気にかけてもらっている方ではないだろうか。
「寄宿舎に入る件、ご心配をおかけしました」
「ルウが望むなら、仕方あるまい。騎士部隊は楽しいか」
「はい。とても」
「生活はどうだ。困っていることはないか?」
「ありません。友人が出来て、毎日とても楽しいです」
「そうか」
ウラノスは優しい顔で、目をつむる。
ロゼリーヌに忠誠を誓っても、ウラノスを嫌いになったわけじゃない。ギラギラした彼でいて欲しい。勝っても負けても。死ぬまでずっと。
「ウラノス様。どうかお身体をお労りください」
「……何の心配だ。年寄り扱いはもう少し先にしてくれ」
「いいえ。そんな。……変なことを言って、申し訳ございません。私は、これからもずっとウラノス様がお元気で過ごされることを願っています。どうか私ごときの行動に、心乱されませぬよう」
「こら。ルウ。儂はルウのことが大事だぞ? そのルウにごとき、とはなんだ」
頭を上げると、琥珀色の目に合う。吸い込まれそうだった。
最初に出会った森の中、ウラノスの目に魅入ってしまったのを思い出す。
「お前は最初会ったときから全く変わらない。……ルウ。ロゼリーヌが好きか?」
「はい」
「困った巡り合わせだ。出会ったときにルウに渡したマドレーヌのせいかもしれん」
次話は明日掲載予定です。