6.やる以上は頑張りますよ?
四日間連続投稿いたします。
「オリャア──!!」
威勢のいい掛け声とともに繰り出された剣は、ひゅっと音を立てて私の身体から遠いところを切っていく。
私は鋭く剣を、相手の柄に打ち付ける。
「うっ」
相手の剣がカランカランと音を立てて転がる。
怪我はさせていない。単に彼の手が痺れて、一時的に剣が持てなくなっただけである。
腕力の差があるので、油断したら忽ち押さえつけられる。
とはいえ、国立魔法学院の打ち合いに比べると、ぬるい、と思う。学院のときは、剣や槍のほかに魔法の攻撃が飛んできた。剣だけなんて、そんな正統派はいない。相当の手練れでない限り、魔法との混合戦には負けてしまうのだ。
「すっげえ。流石、魔法学院!!」
見物していた他の新米騎士から声援が飛ぶ。褒められるのは嬉しい。だけど、私のあだ名がエリート学校名になりつつあるのは、どうしたらいい。
私は魔力がほぼ無い。万年最下位の劣等生だった。
「よく入学できたね」「コネ入学って本当にできるんだ」「そんなので国立魔法学院卒業を名乗るわけ?」と辱められ続けた。
そんな学校の名など背負いたくない。
「ルウ。お相手感謝する。……俺、王立学園ではまあまあだったはずなんだけど、全然かなわないや。やっぱり国立魔法学院卒は違うんだなあ」
先ほどの対戦相手は肩で息をしながら、屈託なく笑う。
彼は私の腕を認めたから、魔法学院を評価する。自分の劣等感が恥ずかしくなった。
私は剣を納め、踵を揃えカツンと音を鳴らす。右手で左肩を押さえ、深く頭を垂れた。
「ドレン。お手合わせいただき、ありがとうございました。今回は戦いの女神に微笑みいただけましたが、正直なところをお尋ねしたい。…………私の剣は、軽いですね?」
「まあ、な。ただ途轍もなく早い」
「どんなに素早く切れようとも、浅いので相手を絶命させることができません。弱すぎる剣だと、実戦に向かない剣だと、言われ続けて参りました」
「へえ。厳しいな。試合に勝てれば十分だと思うけど」
ドレンは額の汗を拭い、剣をしまった。さっぱりしていて、くどくど話さない。騎士部隊の隊員たちは、そういう気質の人間が多いように思う。
私は初対面の相手に、身構える。エルフの容貌は確実に厭われる。第一印象はいつだってマイナスからだ。
でも騎士部隊では最初こそ注目されたものの、今では誰も気にしない。気負った自分を思い出し、赤面する。
隊員たちが訓練を続ける広場に、大きな影がゆったり近づいてきた。
「おはよう。諸君。早朝から自主訓練とは、感心だ。朝飯前に……どうだ?」
肉の塊のような騎士部隊長の腕には、まだ湯気が立ち昇る焼き立てスコーンの入った籠がある。
隊員たちは得物を放り出し、我先にと駆け寄る。
「いただきます!!」
「ありがとうございます!!」
いろいろなところから、籠に手が伸ばされる。人だかりが消えたあとには、空っぽの籠が残されていた。
隊長の趣味は料理だ。時々何か作っては、隊員たちに振舞ってくれる。
「こら。ルウ。ぼんやりしてると、ありつけないぞ」
後ろから様子を覗っていた私に、騎士部隊長が歩み寄る。そして薄紙に包まれたスコーンを、手の平に乗せた。別に取っておいてくれたらしい。
「ありがとうございます。……あったかい」
「それでも食べて元気を出せ」
「え? はい」
元気なさそうだったのだろうか。
隊長は渋い顔で見下ろしていた。
「ルウ、あのだな……。かの御仁が面会にいらっしゃった。私の部屋でお待ちいただいている」
御仁。騎士部隊長が敬称敬語の相手は限られる。
隊長自ら案内するのは、通常対応できる面会人では無いということ。
「お手数をおかけします……」
「いや、何というか。大変だな。養父が偉い人だと……。寄宿舎に勧誘しておきながら、あまり力になってやれなくて、すまない」
「とんでもない! 私こそご面倒おかけして申し訳ありません」
「面倒などないさ。部下がやる気になっているのを後押しするのは、上の役目だからな」
かかかっと豪快に笑った顔に、たくさんシワが寄った。
実は私が寄宿舎に入る際、一悶着あった。
養父である宰相ウラノスが、申請書への署名を渋ったのだ。入寮は無理かもしれない。そう隊長に報告に行くと、『一度、下駄を預けてくれないか』と告げられた。
後日、無事に養父の許可は下りた。
隊長の嘆願書が、決定打になった。彼の大きな身体と分厚い筋肉から想像に難くない、ぶ厚い書類が届き、文面には何かあったら全責任は取りますので『おたくの娘さんを僕にください!』的な熱い内容だったらしい。
養父からは『娘はやらん。だが騎士部の脆弱ぶりには、前々から頭が痛かった。ルウが役に立つなら許そう。貸し一つだ』という返事だったそうだ。
巻き込んでしまい、本当に申し訳ない。
「隊のお役に立つよう、強くなります」
「期待してる。すでに、助けられているしな。早朝の自主訓練は、ルウの朝練習に触発された隊員たちが始めたものだろう? お陰で他の隊員たちの顔つきが変わってきた。これから騎士部は強くなる」
次話は明日掲載予定です。