4.私いりませんか?
王の首元を飾る輝石の一つが、チカチカと黄色い光で点滅を始めた。
「最低だ……」
魂を何処かに飛ばしたような情けない声が、王の口から発せられる。恐らくどこかの部署からの呼び出しだろう。
「ロゼ。……すぐに戻って来る」
「陛下。出来ないことは、無理にお約束なさらないでください」
「言葉にすることで、本当になることもあるだろう?」
「そうですね。でも今回は難しいと、顔に書いてございます」
「ううう……ロゼ。私は一緒にいたいのだ」
頭を抱えてしまった王の背中を、ロゼリーヌが優しくなでる。
「分かっております。夕食はご一緒できますか?」
「できる。できるぞ!! よし。とっとと終わらしてくる」
「その意気です。お待ち申し上げております」
王の操縦が一番上手いのは、ロゼリーヌと見て間違いないだろう。
私は少々下品な笑い顔になっていた。王がいなくなれば、気兼ねなくロゼリーヌと過ごせるではないか!
ところがいなくなるはずの王から、首根っこを捕まえられる。不満げに見下ろされた。
「おい。お前も来い。騎士部隊に戻れ」
嫌である。ようやくロゼリーヌに会ったばかりなのに、なぜ帰らなければならない。
「騎士部隊長がお前を探している」
全く身に覚えが無いし、嫌な予感しか無い。
「隊長はお前が王妃の護衛になることを知っている。ここまで探しに来られたら面倒だ。とっとと自分から出頭しろ」
出頭なぞ、何か悪いことをしたみたいな言い草である。
しかし、ルウの立場では言い返せるわけもなく、引き摺られるように部屋を出た。
隠し通路を進む。王と二人きりの空気は重く、暗い道のりは修行のように耐え難い。
「おい。お前。ウラノスを裏切る覚悟が無いなら、とっとと抜けろよ。今なら誰にも手が出せない安全地帯へ送り込んでやる」
安全だろうと、ロゼリーヌとジェフリーに会えないなら、地獄と同じだ。
「……務めを果たします。必ず。ロゼ様のために」
「私はな。お前のことが大嫌いだ」
知っている。魔法学院の頃からずっと風当たりは強い。睨まれたのも、一度や二度ではない。
「それでもロゼが望むから、お前の石は役立つから、彼女の傍にいることを許している。その身に代えてもロゼを守れ」
私は膝を付き、深く頭を垂れた。
「はい。王妃ロゼリーヌ様をお守り申し上げます。命に代えても」
「信じよう。我が王妃への忠誠、見届けよう。それでだ……お前も自重しろよ」
「はい?」
「私がお前を嫌いなのは、ロゼがお前のためなら何でもするからだ。彼女が無茶をする時は、大抵お前が関わっている」
そんなこと、あっただろうか。ぽかんと口を空けて、王を見上げた。
「そうやって無自覚だから、ますます腹立たしい!」
王の機嫌はすこぶる悪い。隠し通路は迷路のようなのに、『あっち行って、こっち行って。左折左折で右折。最後真っすぐ突き抜けたら出口だ』と言い残し、私一人残して行ってしまった。
「そんなに、嫌われていたのか……」
どぉっと力が抜けた。さすがに辛い。私の大好きな人が愛した人は、こんなにも私のことが大嫌いなのだ。
「とにかく。帰ろう」
このままここで悲しんでいても、仕方がない。やることはたくさんある。もっと強くなって、王妃の護衛として誇れる自分になればいい。たとえ……誰にも認めてもらえなくても、自分が満足できればそれでいい。そうやって、ずっと生きてきたではないか。ロゼリーヌに会うまでは。
「えーと。『あっち行って、こっち行って。左折左折左折で右折』だっけ?」
合っているか、分からない。三回目の左折で、いきなり扉が現れた。右折しようにも突き当たってしまった。まあどうとでもなれ、と扉を開けると、そこはロゼリーヌの部屋だった。
戻ってきてしまった。もう、彼女に尋ねたほうが早い。これ以上格好悪い姿を見せたくないが、仕方ない。
人の気配を感じ、振り向いた瞬間。
ロゼリーヌがジェフリーに抱きついたところを、この目に収めてしまう。
「ああ。ジェフ。ようやく覚悟を決めたのね」
「……もっと早くに決断すべきだった。すまない」
上擦るジェフリーの声が、聞いたことがないほど甘い。ロゼリーヌの身体にやんわり腕を回す。遠目にも彼の顔は赤く、幸せそうだ。
「いいのよ。今より早いことはないわ。私──本当に嬉しいの。ありがとう。どんな困難も、力を合わせれば何とかなるわ」
花が綻ぶように笑うロゼリーヌの顔を、見ていることができなかった。慎重に後ずさり、入ってきた扉へ戻り部屋を出た。
元来た道を戻る。途中から何処を歩いているのか、分からなくなった。でも止まらず、ただひたすら歩き続けた。
ロゼリーヌは、不用意に男性に近寄ることはしない。古くから続いた旧王家の血筋で、厳しい淑女教育を受けている。
ジェフリーの片思いは、節度はあるもののあからさまだったから、今までロゼリーヌはきっちり一線を引いて付き合ってきた。その彼女が大胆にも抱きついたということは……。
「別にいいですよ。あの王が嫌になったというなら、それはそれで……。ただ、ロゼ様とジェフ様と密かに結ばれたというのなら……」
ポロポロと涙が頬を濡らし始めた。
私は要らなくなる。私の居場所なんてなくなる。
ジェフリーと私。どちらがよりロゼリーヌを守れるか。ずっと競い合ってここまで来た。なのに、ジェフリーとロゼリーヌが互いに唯一無二の存在になったのなら。私は二人の邪魔者じゃないか。
もう一生出口なんて見つからなければいい。そう思いながら、暗い通路を歩き続けた。
明日まで連続投稿します。