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2.歓迎されていますね?

「諸君たちが映えある王家の守護者として、ここに集いしこと、万感の思いで……」


 壇上に立つ筋肉逞しい隊長の言葉より、囁かれるたくさんの声の方が耳に入る。


「国立魔法学院卒業って、この子?」

「エルフじゃん!」

「見た目そうでも、能力は人間なんだと」

「なんだ。人間かあー」


 学校に入学したときより、よほど好意的だ。とはいえ、好奇の目に晒されるのは心地良くない。早く解散して欲しいものである。


「……ゆえに、我々はより強い軍隊を目指し、今年から寄宿寮を併設した。入寮は先着順となるが、衣食住が整った環境で朝から晩まで訓練に明け暮れる、充実した毎日を約束しよう」


 ざわざわと新米騎士たちが騒ぎ始めた。


「げぇー。誰が希望するんだよ。そんなのー!」

 

 そんな不敬な声も大騒ぎも、特に諌められることがない。なかなかフレンドリーな職場である。

 

「……では、名残惜しいが本日はここまで。君たちの武勇に幸あらんことを! 解散!!」


 ようやく隊長の話が終わる。

 ばらばらと散っていく人波の間から、紺色の鳥の巣が見え隠れする。私はそそくさと駆け寄った。


「ジェフ様。ご足労いただきありがとうございます」


 素早く頭を下げる。割と心配性なところのある幼馴染ジェフリーは、気遣わしげに私を見た。

 

「長かったな。疲れたか?」

「いいえ。大丈夫です」

「そうか……。行くぞ」

「はい」


 解散後、ロゼリーヌに会う約束をしている。

 新米の騎士が、初日から王妃にお目通り叶うなど異例なことだ、と昨夜ジェフリーから口を酸っぱくして言われた。だから目立たず動くのだ、と打ち合わせしていたのにも関わらず、すれ違う人々はみな一級魔導士であるジェフリーへ黙礼していく。

  

「ジェフ様。目立ちますね」

 

「……髪がな」


 自虐ネタをムスッとした顔で言う彼に、思わず顔が緩む。今日の彼は、いつも通り鳥の巣頭だった。昨日は高い香油を一瓶使い切って、何とかしたらしい。


 そもそも、みんなの視線の先にいるのは、彼ではない。

 

「いいえ。みんな私の顔を見ていきますよ。尖った耳とデカい目は目立ちますから。朝からずっと、こうです。新米騎士たちも、私の話題で盛り上がっていましたしね……」

 

「ルウを悪く言うやつがいたのか?」


 振り向いたジェフリーは、しかめっ面になっていた。


「いいえ。いつも通り噂されてただけです」

 

「……嫌な思いをさせた。騎士部隊長に釘を刺しておくべきだった」


 その言葉だけで、晒し者になった不快感は空へ飛んでいく。


「いえっ! それには及びません。私は全く気にしておりませぬ故! しかしこれだけ見られると、皆様の期待に応えたくなりますね〜」


「なぜそうなる」


 私は強く踏み出し、高く跳躍する。そのまま一回、二回、三回転宙返り。どうやら風の精霊たちも面白がって力を貸してくれたらしい。思った以上にふわりと地面に舞い降りた。


「おおおー!!」

「すっげえー!」

「キレイー!!」


 パチパチと拍手が聞こえる。

 素直な賛美は心地よい。私は自慢げにジェフリーを振り返った。いつも怒ってばかりの彼が、口を押さえ、笑いに堪えている。

 調子づいた私は、その場で高速スピンを二回転半。ピタリと止まると、再び声援が飛んできた。身の軽さには自信がある。早速役に立って嬉しい。


「その辺にしとけ」


 追いついてきたジェフリーに、コンと頭を小突かれた。最近、何かと接触されているような気がする。

 

「あ、はい。この辺にしておきます」


 スタスタ進んでいくジェフリーに駆け寄り、横に並ぶ。彼はちらりと私を見た。


「それで、騎士部隊の雰囲気はどうだった?」


 私は王族付きの護衛騎士だが、有事に備え、騎士部隊に属している。最初の研修期間、騎士部隊長の指示を仰ぐことになっていた。

 騎士部隊は平民出身が大半で、魔法に縁遠い。宰相の息子で魔導士のジェフリーには、関わりにくい世界だという。

 

「軍というので物々しい雰囲気かと思いましたが、何といいますか……のんびりしてますね」


 正直、戦争になったとき本当に戦えるか心配になるほどの緩みようだ。


「そうだな。我がネランドール王国は何十年も戦争をしていない。平和ボケは否めない」


「これからも戦争は起きないでしょう?」


 ネランドール王国は世界に股にかけた貿易都市をいくつも持つ、巨大な経済国家である。

 戦争を仕掛ける国は、国際的非難と制裁を受ける準備、これまでの豊かな生活を捨て去る覚悟が必要だ。また魔法を戦力として実用化しているのも、我が国の特徴である。通常兵器では、まず勝てないだろう。


「いや。そうとは言い切れない」


「えっ」


「今の平和は、歴代の王と宰相が命懸けの外交で勝ち取ってきたものだ。いつだって危うい。世界は争いの火種ばかりなのだから」


「勉強不足でございました。申し訳ありません」


「ルウ。知らなくて当然だぞ? 学校では教わらない歴史だ。俺も王宮に勤めてから初めて教わり、己の思慮の浅さを思い知ったよ。──一般人は知らなくていい。結果的に戦争を起こさなければいいことだ。それを成し遂げるのは上にいる者の務め。一般国民は戦争の心配などせず、各々の務めや仕事に励んで貰いたい。ネランドール王国がこれからも繁栄するために」


 宰相ウラノスが言いそうな発言だ。息子の彼は知らず知らずのうちに、父の影響を受けているのだろう。


「経済と技術を発展させるには、平和は不可欠だ。王も宰相もその点だけは、意見が一致している。外交には互いの利害は捨て、協力して対処している」


 それならば、他のことも協力できないのだろうか。

 できないのだろうなー、と私は深くため息をついた。

 

 王は科学技術の振興を進め、魔法を使えなくても、誰でも平等に恩恵を受けられる国を作ろうとしている。

 対して宰相ウラノスは、我が国特有の魔法こそ国の基盤と考えている。才能ある人材を育て、登用し、更に発展させようと政策を進める。彼が私財を投げ売って育てた魔法人材は、国の最大派閥、宰相派として国政を担っている。


 どちらも国のために尽くしている。

 それなのに、高い技術力と資金力を誇る王派と、魔法を専有し、社会的地位が高い宰相派は、事あるごとにぶつかり続けていた。





 人気(ひとけ)がない雑木林の陰で、ジェフリーは足を止めた。 

 

「隠匿の陣を展開させる」


 彼は手にした杖を、トンと地面に打ち付ける。途端に二人の真下から魔法陣が浮かび、音もなく消えていく。


「王の抜け道を通る間は、一切口を開かぬように」


 私が頷くと、ジェフリーは私の手を取り進んでいった。彼の手は大きくて分厚くてほんのり温かい。昨日も手を繋いでいる。卒業してから、何やら変わってきたような気がする。


 暗くて狭い通路を何度も折返し進むうちに、美しい造形の二本柱が現れた。その前でジェフリーは立ち止まった。

 杖で床をトンと衝く。浮かんだ魔法陣が溶けるように消えていった。そのまま手を引かれ、柱の間を通り抜ける。


「もう喋っていいぞ」


「すごいです!! ジェフ様。これは一体どうなっているのですか?!」


 突然現れた居心地の良さそうな、こざっぱりとした部屋。なぜか大好きなロゼリーヌが思い浮かぶ。


「ここはロゼ様の部屋ですか?! そうなのですね?!」


 鼻息荒い私に答えたのは、違う声だった。


「そうよ。ルウ。卒業おめでとう。ようこそ王宮へ」

 

 鳥がさえずるような綺麗な声に振り返る。

 そこにはスッと背筋を伸ばした、初々しくも美しい王妃ロゼリーヌの姿があった。



お読みいただきありがとうございます。明日も更新予定です。

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