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15.破裂しそう?

 ヨハン王子のお披露目パレード当日を迎える。

 私は他の護衛騎士と同様、すでに持ち場に着いていた。


 今日のために、人の背の高さの三倍ある巨大荷車が三台用意された。大通りを練り歩き、大広場を通り過ぎ、王宮に戻ってくる予定だ。


 一台目は王宮きっての楽士たち、二台目は王と王妃とその護衛騎士、三台目は花びらの幻影を出す魔導士たちが乗り込んでいる。

 音楽と幻影はかなり遠くからでも楽しめる。見晴らしの良い大広場では、王と王妃の姿が多くの人の目に触れるだろう。


 雲一つ無い青空が、王妃ロゼリーヌの月の光を集めたような淡い金色の髪を際立たせる。王とおそろいの深紅のドレスは、華やかでありながらどこか厳かだ。



わああ ざわざわ わああ ざわざわ



 外のざわめきは、開始時間のかなり前から続いている。どんどん騒がしくなっていく。王宮内でも聞こえるなんて、どれだけの人が集まってるのか。 


「総員、出発!」


 今回の総責任者である王宮魔導士第一連隊長の声が、魔法拡声器から響く。


 色鮮やかな布と華やかな生花に装飾された巨大荷車は、ゆっくりと動き出した。

 荷車が王宮の門をくぐると、見渡す限り人、人、人。

 王と王妃が揃って手を振ると、大歓声が応える。大人も子どもも、興奮して手を振り回している。

 





 私の心は晴れなかった。

 ロゼリーヌ王妃とヨハン王子、ついでにレオニード王と同乗するという、光栄極まりない状況にも変わらず、早くパレードが終わって欲しいと願っていた。


 いつ誰がロゼリーヌとヨハン王子を狙うか分からない。

 歓声を上げる人たちのなかで、殺意を隠してこちらを窺う者がいるかもしれない。同乗する護衛騎士の中に命を狙う者がいたとしたら、私に守り切れるだろうか。

 


「ルウ」


 彼の声でなければ、剣を抜き、肩に置かれた手を叩き切っていたかもしれない。


「……ジェフ様」


「気を張りすぎだ。肩を回せ。少しは(ほぐ)れる」


 言われた通り左右の肩を回す。回すが、この間にも何かあったらと、気が気じゃない。


 そんな私を、鈴の音のような涼やかな声が呼ぶ。


「ルウ。こちらへ」


「はっ!」


 王妃の隣にそろそろと並ぶ。促されて下を覗き込んだ。ゆっくり進む荷車の足元に、こちらへ手を振る人々の顔が見える。

 ロゼリーヌは微笑みながら、人々に応えていく。


「私は、これが見たかったの」


「これ、ですか?」


「そう。私が守る民。一人一人の顔を見ると、身が引き締まるわ」


「ロゼ様が守る民一人一人……?」


「そうよ。ルウは私の護衛騎士なのだから、この人たちも守らなければいけないの」


 今日ロゼリーヌが、王妃としてここに立つのは、並大抵のことではなかった。


 当初パレードは、警備と政治上の理由で反対された。彼女は各部署からの反対の声に、一つ一つ対応していった。最後まで粘り続けた彼女の熱意と努力があって、全部署賛成が得られたのだ。


 今朝は起きてすぐ、彼女の嘔吐が止まらなくなった。薬を所要量以上に服用し気分の悪さを圧し殺し、強い意思力でここにいる。化粧で綺麗に隠した顔色の悪さなど、誰も知らない。


 彼女が見たかったもの。私は改めて荷車の下を見渡した。

 私はロゼリーヌを守りたい。でも彼女の命と身体を守るだけでは全然、全くといっていいほど足りない。


「王妃様きれいね」

 

「こっちだと王様見えないな」


「手振ってくれたよ」


「荷車って、どうやって進んでるの? 魔法?」


「通り過ぎるのが早いわ。もっと王妃を見たかったのに」


 ただのざわめきだった歓声が、急に一人一人の声に変わっていく。


「その白いお花、どこでもらったの?」


「広場の入り口で町の人が配ってた」


「王家の花なんだって」


 そういえば、白い花を手にしている人が多い。それぞれの荷車に翻る王家の旗は、獅子の紋章の淵に花のモチーフがあしらわれている。花弁がラッパのように外側に反り返っていている白い花は、ネランドール王国のあちこちで咲く、この国のシンボルだ。


 私は平常心を取り戻していた。今日初めてジェフリーの顔をちゃんと見る。ほっとした顔をしている。心配させていたと知った。 


 王妃付き護衛長官も、他の護衛騎士も同じ表情をしている。……自分がどれだけ失態を重ねたのか。今さら理解して、青くなる。


 よく私を、この場に連れてきたと思う。こんな不安分子、現場に連れてくるなんてあり得ない。

 少し離れたところに立つ、私の大事な主ロゼリーヌ。彼女が連れて行けと言ったに決まっている。私に見せてくれようとしたのだろう。この景色を。彼女が命がけで守ろうとしているものを私に見せようと──思いは受け取った。彼女のためにできることは全てする。この身に代えても!!


 

パン パパン

 


 突然の破裂音に反応した身体は、宙を舞う。

 王妃付き護衛長官がロゼリーヌを伏せさせるのを目端に捕らえながら、ヨハン王子が眠る手押し車に覆いかぶさった。


 破裂音の発生場所は、一か所ではない。近くからも、遥か遠くからも響いてくる。


「この荷車全体に結界を張りました」


 くるくる光る魔法陣を操作しながら、ジェフリーが告げる。王宮魔導士第一連隊副隊長の的確で素早い動きに、護衛たちは少しだけ安堵した顔になる。


 私は破裂音の正体を、注意深く見極めようとしていた。破裂音の真下には、腰を抜かした子どもや、蒼白のまま動かない人が遠目に見える。


「ジェフ様。この破裂音。人為的なものではないかもしれません」


「何?!」


「花……ではないでしょうか。実は森の奥に、王家の花そっくりの白い花が群生しています」


「それが?」


「花が開き成熟すると、破裂し花粉を飛ばすのです」


「なんだって?!」


 そんな間にも、パパンという破裂音が響き、護衛たちに緊張が走る。


「やはりそうです。ハレツシ草!」


「なんだ。そのふざけた名前は」


「え。森に住んでいた時、精霊たちが今日あたりハレツシ草だね、とよく言ってました」


「おい。それ名前じゃなくて、破裂しそうだ、と言っていたんじゃないか」


「? はい。ですから、ハレツシ草だと」

 

「……もういい。破裂の頻度から考えると、王家の花の中に、はた迷惑な花が紛れていたと考えるのが妥当そうだ。しかし、配ってしまった後だ。回収するにも、いつ破裂するか分からないものを抱えて歩くのは危険すぎる」


「ジェフ様。精霊たちは、カラッと晴れた冬によくハレツシ草と言っていました」


「つまり、破裂の条件があると?」


「はい。花が乾燥すると、花粉を飛ばすそうです。濡れてるうちは飛ばないらしく」


「……では、雨の日は破裂しないのか?」


「はい!! しかし……雨と言いましても」


 私は空を見上げた。

 雲一つ無い青空から、一粒の雨も期待できそうになかった。


 

  

 

明日更新予定です。

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