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11.見えません?!

 会議はまだまだ長引きそうだ。

 お茶を入れ替え、三杯目の準備を整えたところで、私は下働きの女性たちと休憩に入った。


 彼女たちは身分こそ低いが、王宮に勤める年数は長くスキルが高い。積極的に手伝ってくれるから、どうにかこなせている。休憩時間用に手作りの焼菓子を用意したのは、せめてもの気持ちだ。



 

 コンコンコンコンコンコンコンコン


 慌ただしくドアが叩かれ、間髪を入れずに煌びやかな装いの男が入ってきた。


「おい、ルウ。いるか?」


 有り得ない。どうしてこんなところに王が?!

 おーい。おーい。と何度も呼ぶなんて、やめてほしい。

 下働きの女性たちの顔が強張っていく。雰囲気で相当の身分だと察してしまう。

 私は、王レオニードの前に躍り出た。


「……はっ。ここに」


「遅い! なぜとっとと出てこない。それになんだ。その顔は。私が来たのが不満か?」


「……王自らこのような場所に来られますと、じゃま……いえ、皆が恐縮してしまいますゆえ」


「邪魔、と言ったな。本当に失礼な奴め」


 私は深々と頭を垂れ、気持ちがダダ漏れの表情を覆い隠す。ようやく休憩に入って、次に備えていたのに。身分が高すぎる乱入者など、邪魔者以外何者でもない。


「……話したいことがある。人払いせよ」


 何だ。いきなり。

 ここで人払いしたら、みんなの休憩場所がなくなるじゃないか!


「かしこまりました。ここは様々な人が出入りいたします。お話しなら、奥の食料保管室がよろしいかと」


「そうか。とっとと案内しろ」


「はっ」


 心配そうな彼女たちに、軽く片手を振る。

 みんなは休んでてくださいね。私も早く休めるよう頑張ります……。











 一脚しか椅子が置けない狭い食料保管室へ、この国で一番身分の高い人間を招き入れる。

 王レオニードは軽く眉をひそめながらも、古びた椅子にどかっと腰を預けた。

 

「いやー。疲れた。疲れた。おい。ルウ。ちゃっちゃと茶でも用意しろ。菓子もな」


 何を休憩しようとしているのだ。この王は。


「あの。申し訳ございませんが、王族にお出しできる品質のご用意がありません」


「あ”〜?! 何でもいいんだよ。副長たちに出してるだろう。それ出せ」


 私は心のなかで、大きな大きなため息をついた。休憩中の彼女たちは休ませたい。私が慣れない手つきでお茶を淹れるしかないか。えーい。これでも喰らえ。


「へぇ。普通に美味いな」


「お褒めに預かり光栄です」


「この菓子もいいじゃないか。貴賓室の気取った菓子より、遠慮のない甘さと香ばしさがいい」


 私は沈黙で応えた。これは、副長たち用の特選菓子ではない。休憩用に私が焼いてきた手作りだ……。雑な舌。いや。細かくない客で助かる。


「……会議に王が居なくて、大丈夫ですか?」


「警備の話に、王がいちいち口を挟むわけ無いだろう? どうせ聞いてるだけだ。公務だと席を外せば、誰も何も言わない」


「しかしロゼ様。いえ。王妃が一人で対処するのは、少し……」


「……そうだな。負担になる。だから話が終わったら、戻る」


 変態王が大事な愛妃を置いて、なぜこんなところに来たのか。

 

「ロゼがいないところで、お前と話したかった。だから王妃として彼女が抜けられない今、来た。……ここに私が来たことは極秘にせよ。誰の口から漏れるか分からん。先ほどの下働きの者にも、私の立場は伏せるように」


「はっ」


 頭を下げながら、すうと血の気が引いていくのが分かった。怖い。きっと、とんでもなく悪いこと。


「ネランドール王国のため。私のため。ひいては我が愛するロゼリーヌのため。──宰相ウラノスに嫁いで欲しい」


 






 王レオニードは、物憂げな様子で首を傾ける。


「科学技術の法案が、ウラノスを心酔する宰相派によって妨害され、一切通らない。逆に魔法人材を優遇する法案が、幾度も強行採択されている。──情けないことにな。私にこれを覆す力がない。このままでは、政治の流れが止まり、魔法一辺倒のネランドール王国に逆行してしまう」


 これだけ宰相派が出張れば、当然批判も高まる。

 技術革新関連の法案が通らないことに、王派の面々は激しい憤りを見せていた。潤沢な資金は、平民の富裕層の支持者から出ている。彼らを怒らせれば、国庫は一気に傾く。もう税金だけでは、国が立ち行かなくなるほど、ネランドール王国は債務過多に陥っていた。

 

 王宮内では、事あるごとに王派と宰相派が対立し、通常業務にも影響が出ている。


「ウラノスと二人で話した。互いに争いは望まない。これ以上の政治の混乱は誰のためにもならない。だから……双方歩み寄ろうと。その妥協案が、人気者になったお前とウラノスの結婚だ」


「人気者? 私がですか?!」

 

「おう」


 いつの間にか私は、評価されていたらしい。

 確かな剣の腕と礼儀正しさ。猪突猛進で、政治経済に疎い。ちょっと抜けているところが『かわいい』と、武闘派の筋肉崇拝者たちに大好評。……というのは、本当の話だろうか。


「ルウが寄宿舎に入ったのは、魔法を使えなくてウラノスから見切りをつけられたから、らしいぞ。可哀想過ぎると、同情票が凄いことになっている」


「事実無根です」


「だとしても、だ。そう思われても仕方ないことを、宰相派はしてきた──魔法が使えない人間を見下し、力で戦う騎士部隊を『穀潰し』と冷遇した。批判はここに極まれり。だから宰相派は手を打ちたい──ルウを妻として味方に引き入れ、ウラノスの印象を少しでも上げる」


「私ごときの結婚で、何か変わりますかね」


「ウラノスが変えるんだ。……新妻ルウの進言で、王派への態度を軟化させる」


「ありえません。絶対に……」


 ウラノスには妻が無数にいて、利用できるかどうかで待遇を決めている。そして不要になれば片付ける。


 平民の私の場合、正式な結婚ができず、社会的地位が無に等しい妻になる。

 進言などしようものなら、翌朝には私の墓が建っている。無能な人間に口を出されることが、なにより嫌いな御仁なのだから。


「まあ、そうだろうな。あくまで世間向けの台本だ。──とはいえ。お前、気に入られてるんじゃないか? あちらからの強い要望だったぞ。お前が王派になったのを、相当腹に据えかねている感じがした」





 


 王レオニードは、そっと私の額に指を走らせた。


「ここに、あるのだろう? 石が」


 変な聞き方だと思いながら、私は答えた。 


「……ご覧の通りです。一朝一夕に消えてしまうようなものではありませんから」


「……私には石が見えない」


「えっ……」


「学生の頃はずっと、お前たちが何を言っているのか分からなかった。力がある石と聞いても、そうなのかとしか思えん。石が何色なのかさえ、未だに知らん」


「王は石を評価して、私を護衛騎士に任命したわけでは無いのですね?」


「そうだ。ロゼを守るのに使えるだろう、くらいには思っていたが。私は、お前のロゼを守りたいという強い意志を、何より買っていた。それだけは信じられた」


 王の言葉は過去形だ。もう解任を決めている。今さら、意外と好意的だった王の心情を知っても虚しいだけだ……。


「石が見えないのはな。──多分、私の魔力が少ないせいだ」


 驚きを隠せなかった。

 

 国立魔法学院は、魔力が少ないと卒業するのが難しい。苦労した私がよく分かっている。


「そんなはず、ありません。王の成績は良かったはずです」


「座学はな。やれば結果は出るからな。ただ実習や課題はどうにもならない。だから他の生徒にやらせた。ジェフリーにはだいぶ世話になった。それはお前も知っているだろう?」


「はい。二年上の課題は程度が高いって、ジェフ様いつも大変そうでした。でもそれは、登用する者の選別をするためだった、と聞いています」


 実際そうやって課題を肩代わりさせられていた生徒が、今では王宮で高い地位にいる。


「そういうことにしろ、とロゼが言ったからな」


「ロゼ様が?!」


「魔力が低いことも、ルウの額の石が見えていないことも、ずっと誤魔化してきた。なのにロゼにはすぐに見つかって……。恥ずかしかったな。自分が情けなくて悔しい。格好悪すぎて、完璧過ぎる彼女にちょっかいかけるなんて、二度と出来ない。だったら、もう死のうと思った」


 ひえー! いきなりどうしたのだろう。

 どう考えても、大嫌いな私にする話じゃ無い。


「……まあ。死ななかったから、今、王なんてやってるわけだが」


 彼らしい皮肉で高慢な笑いに、少しほっとする。


「……ロゼ様、絶対何か言いましたね」


 彼女は放っておく人ではない。友人の悩みに、真摯に向き合うはずだ。


「ああ。可愛い顔を傾げて『見えないと何かおかしいの?』って、不満そうに意見してきた。『国民の大多数は魔法が使えない。精霊も見えない。なのに、ちょっと使えて見えるだけの人間が偉そうに特権を貪ってる。おかしいのはネランドール王国の方よ。あなた、この国を変えてくれない?』って」


「えっ? まさか……」


「おう。『私があなたを王にする』って、見たこともないほど強い眼差しで口説かれた。まあ……元からこっちはべた惚れだ。好きな女に『王子の中で一番あなたが王に向いてる』なんて言われたら、劣等感なんて吹き飛ぶわ」


 王レオニードは頭をポリポリ掻きながら、ため息をついた。そして、仕方なさそうに懐から小さな袋を取り出した。勢いよくパンっと叩く。


「ほれ。冷やしとけ」


 私は訝しげに受け取る。


「うわ。冷た! いえ、ゴホン。……非常に冷たいですね。魔法みたいです。これは一体何ですか?」


「お試しで作った急冷器だ。魔法は一切使ってない。中の薬液が混ざると、瞬時に冷たくなる。持続時間が短いから改良中だが……お前の腫らした目ぐらいなら、冷やせる」


 私は泣いていない。でもずっと堪えていたからか、目が赤いらしい。これからまたお茶出しに戻る。しっかり冷やしておこう。


「ありがとうございます。お言葉に甘えます。……これ、本当に優れものですね。使い道がたくさんありそうです」


「ああ。これ以外にも魔法を使わず生活を良くするアイデアが、たくさんある。先に商品化を進めている分は、機械加工の技術を使い、安価な商品を早く作れる仕組みを作っている。この勢いを殺したくないんだ。法案とか生産体制の整備とか、こんな入口で止まっているわけにはいかない! だから──すまない。ルウ」


 王の目線が下がる。もう覆せないのだ。

 私はこの国の一時の平穏のため、ウラノスに妻として差し出される。近いうちに、ロゼリーヌの護衛騎士は辞めさせられる。

 

 

 


 

明日も更新いたします。


11/20改稿かなりいたしました。。

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