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10.お守りいたします!

四日連続更新いたします。

 王妃の護衛総勢十名が静かに見守るなか、私は背筋を真っ直ぐに伸ばす。


「本日より、ロゼリーヌ王妃の護衛として着任いたしました、ルウ=ネムソンです。身命を賭して任務を全うする所存です。何卒、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします」


 よく通る発声に、訛りの無い綺麗な発音。王妃付きとして、少しでも相応しくありたくて、何百回も練習した。

 抜擢された割に、地位も経験も不足している。初対面に強い決意だけでも伝われば充分だ。


 それなのに……何故だろう。先輩のお姉様方が顔を顰めている。まるで、笑うのを堪えているように。


「私の護衛は、これから戦争にでも行くのかしら?」

 

 ロゼリーヌ王妃が、不思議そうに首を傾げた。途端に、後ろに並んだ護衛たちが一気に崩れた。『王妃! やめてください』『一生懸命なんですよ!』。

 大半が泣き笑いしている。


 どうやら私は、場に合わないことをしてしまったらしい。いつも人の空気を読むのは難しい。最初から失敗してしまった。どうしよう。


 細身の背の高い女性が、スッと前に歩み出た。王妃付き護衛副官と名乗る。


「ルウの教育係を務めるわ。よろしく」


「よろしくお願いいたします」


 深く礼をしようとする私の肩を、やんわり押さえた。


「護衛は命懸けだけど、平時はもっと自然でいいのよ?」


 常にいる護衛が緊張していたら、護衛対象は落ち着かない。

 王妃が安らげるよう、場に合うよう護衛も柔軟さが必要だ。ちなみに今は和みの時間。肩苦しさは不要だ。

 しゅんとする私に、護衛副官はふふっと笑いかけた。


「期待してる。その生真面目さも。ご学友だったことも。きっと王妃様のためになる」


 エルフの姿であることも、平民であることも関係ない。私自身に期待してくれる。

 今までで一番、温かい迎え入れだった。

  

 

 







 

 

 名実ともに王妃付きの護衛騎士として着任して早々、王宮は慌ただしくなった。

 

 第一王子ヨハンの一歳の祝賀披露が催されることが決定したからだ。初めて国民の前で、王子がお披露目される。ネランドール王国の一大行事となり、上へ下への大騒ぎだ。



 王都は街中お祭りモードで装飾も着々と進んでいる。国民の盛り上がりも上々。しかし。

 当然のことながら、警備は大変なことになっていた。

 王と王妃のパレードでも一大事なのに、たった一人の王位継承者ヨハン王子までも民衆の前に姿を現す。何かあっては、国の威信にかかわる。

 

 本来なら、王と王妃だけのパレードで充分だ。実際、他国は王位継承者を表に出すのは、大きくなってからだ。

 しかし、国民から絶大な人気を誇るネランドール王国ロゼリーヌ王妃は、安易な道を選ばない。

 

 現王レオニードは、人気がない。

 表立った批判はないが、支持もない。


 もともと第五王子で、目立つ才もなく地味な存在だった。それが、由緒正しい旧王家で、ピカピカの経歴と容姿を兼ね揃えたロゼリーヌを妻に迎え、運命が変わる。政治的に継承順位が爆上がりして、即位。そんな瓢箪から駒王である。

 

 ロゼリーヌは自分の価値を正確に理解している。彼女が動くたび、確実に味方が増えていく。

 本当は体調が戻っていなくても、心が不安定でも、彼女は無理をする。自分の細腕に国の安定がかかっていると、知っているからだ。





 


 ロゼリーヌの護衛とはすなわち、息子であるヨハン王子の見守り担当も兼ねる。一番新人の私は部屋の中の警備が中心なので、自然とヨハン王子と過ごす時間が長くなる。


 今日もヨハン王子の警備……いや、主にお世話ばかりの幸せな任務に勤しむ。他の護衛が出払い、一人見守っていると、王子はキラキラの笑顔で手を伸ばしてきた。

 

 可愛い……。可愛い過ぎる。

 人差し指をそっと近づけると、王子のふにゃふにゃの指に、はしっと掴まれた。身に余る光栄に打ち震える。 


「……私ルウは、王子をお守りいたします。どうか、健やかにお育ちください」


 絶対に守る。床に跪き、ひっそり誓った。

 王子はロゼリーヌの愛し子であるだけではない。彼女が必死に立て直そうとしているネランドール国の未来そのものだ。

 

「ルウの浮気者」

  

 鈴を転がしたような美しい声に、びくりと肩が震える。


 振り返ると私の主ロゼリーヌ王妃が、立っていた。月の光を集めたような淡い金色の髪が、気品のある頬の輪郭を覆っている。ヨハンの髪もこれと同じ色合いをしている。


「これはっ。その」

 

「やっぱり浮気ね!」


「……申し訳ございません。王子のことも大好きになってしまいました」


 私は深く頭を下げ陳謝すると、彼女は口を尖らせる。


「もう。ルウは私の護衛騎士なのに! ヨハンに取られるとは思わなかったわ。でもまあ。仕方ないわね。我が息子は天下一品の人たらしだもの。よくやったと、褒めるべきかしら。──ルウ。誓った以上は絶対よ。ヨハンを守って」


「はっ。必ず」


「でも……ルウは私のだから。最期は傍にいるのよ」


「はい。ロゼ様」

 

 コンコンと扉が叩かれる。入室した年配の王妃付き護衛長は、穏やかに微笑む。


「王妃様」


「皆さま、お揃いね?」


「はい」


「では、参りましょう」


 ロゼリーヌは振り向かない。先ほどの不安定さは、微塵も見せない。優雅な妃の微笑みで、足を進める。

 私は無言で、気高い背中に敬礼した。

 





 

 五日後実施される大イベントを前に、たくさんの方々が会議室に集結していた。

 王、王妃それぞれの護衛長、王宮警備隊長と……王宮魔導士団長、王宮魔導士第一連隊長……えーと。他にも、首都防衛司令官に国境警備隊の……私の記憶力では、全て頭に入れるのに時間がかかりそうだ。

 ……とにかく偉い方々が、大会議室で警備の最終打ち合わせに入っている。

 

 控室にはそれぞれの副隊長、世話役や事務次官たちが待機していた。会議の進行により必要な書類を揃え、中の書記官に託す役目を負う。

 

 この控室の方々にお茶を出す。というのが、新米護衛騎士である私に課された第一使命である。


「顔を売る、という意味もあるから、しっかりやってきなさい」


 きりりとした笑顔で送り出してくれたのは、王妃付き護衛騎士副隊長。私の教育係であり上司だ。

 護衛騎士は周りに印象良くしておくほうが、何かと良い。少しでも好印象にと、美味しいお茶請けを取り寄せてくれた。美しいうえに優しい。ロゼリーヌが信頼を寄せるのも納得だ。

 

 私は手違いが無いよう、失礼が無いよう、密かに用意した書き付けで、再度段取りを確認する。

 

 控え室では、副隊長たちが会議の進行を補佐するため、書類を捲っている。仕事の邪魔をしてはならない。

 目礼か、小声の『失礼いたします』で了承を得ながら、上位者の席から順にお茶を置いていく。緊張で手が震える。気合いで撥ね飛ばそうとするが、どうにも上手くいかない。

 声をかけてくれる人、お礼を言う人、黙って顔だけ見る人。様々な反応のなか、順々に終えていく。しかし……次の順番の人の席が空いていた。

 

 不在の席に勝手にお茶を置いてくるのは駄目だろう。このお茶を次の人に出すのも失礼だろう。

 仕方なくお茶を抱えたまま、一度準備室に戻ろうと出たところで、その人に出会った。


「ジェフ様」


 思わず声が華やいでしまう。いけない。いけない。仕事中。慌てて顔を引き締める。

 なのに、ジェフリーは山盛りの書類を抱えたまま、私を超える親しげな声で言う。


「ルウ。元気そうだな」


「はい。ジェフ様は……お忙しそうですね?」


「ああ。死ぬほどな」


「あと五日で本番です。もう一息です!」


「おう」


「あの……ジェフ様に。王宮魔導士第一連隊副隊長に、お茶をお持ちするところでした」


「そうか。席を空けていて悪かった」


「いいえ。お仕事一番ですゆえ! ……今、お持ちしてもよろしいでしょうか」


「ああ。頼む。……ありがとう」


 ジェフリーの橙色の明るい目が、もじゃもじゃの前髪の隙間から覗く。先に彼が控室に入っていった。

 私は一度深呼吸をして、気持ちを整える。ちゃんとやろう。たかがお茶出し。だからこそ私ができる精一杯のことをやるのだ。

 

 この会議が長引ければ──いや。間違いなく長丁場になる。何度となくお茶を入れ替えるだろう。

 茶葉も茶器もたくさん用意している。次は心が休まる香りのお茶はどうだろう。書類を捲りながら飲めるよう、取っ手のついたコップに淹れようか。三杯目には冷たい飲み物がいいかもしれない。

 ああ。なんだ。考えることいっぱいあったじゃないか。

 

 私のガチガチの緊張は、いつの間にか解けていた。


 


明日も更新します。

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