1.護衛騎士になります!
お越しいただき、誠にありがとうございます。
キーンと音がしそうなほどの静寂のなか、国立魔法学院卒業生の名前が一人一人、呼ばれていく。
「騎士科、ルウ=ネムソン」
最後に呼ばれた私は、気合十分に返事した。
「はい!」
「……以上、三十名は、我が王国の新しき礎となる」
進行役の声で、他の卒業生とともに立ち上がった。
「我ら一同、国家に忠誠を誓います。ネランドール王国に栄光あれ!」
オーエイ オーエイ
揃った宣誓と掛け声が、独特の高揚感とともに会場に広がっていく。
終わった。卒業式は無事終了。
退場までもが厳かだ。気が急いている私には、正直待ち長い。三十名中、最も成績の悪い私は最後の退場になる。なかなか前は進まない。もっと、しゃきしゃき歩いてはくれないものか。
ずっと待っていた。この日のために頑張ってきた。
(私ルウは、本日よりロゼリーヌ王妃の護衛騎士になります!!)
◇
会場を出たら、全速力で門へと向かう。
「おい。ルウ!」
同級生の声に笑顔で手を振り、足は止めない。これからすぐ王宮へ向かう。二年待ったのだ。もう待たない。
門を通り抜けるとき、またしても邪魔が入る。
「こら。どこへ行く」
ひょろっとした愛想の無い男から、がっちり片腕を掴まれた。勢いがついた身体はつんのめる。
私は声の主に、むむっと眉をひそめて答えた。
「ロゼ様のところに決まっております! ようやく正式に護衛騎士の資格を得たのです。今すぐ王宮に馳せ参じますゆえ。あ……もしや、お迎え? ジェフ様はロゼ様に命じられ、私を連れにいらっしゃられたのですね?!」
「ルウ。その猪突猛進ぶりは何とかならないのか。王宮に行くのは明日だ。お前が護衛騎士に任命されるのは明日だ!」
「……今日、ではない、と」
「そうだ」
「そんな……私はどうやって明日まで過ごせばいいのでしょうか……」
「大げさな。普通に飯食って寝れば、朝だろうが」
「ぬおー。ロゼ様と一緒にご卒業されたジェフ様には分からないのです。学校に取り残された二年間、一日千秋の思いで、今日という日を待ち望んでおりました」
頭を抱えながら地面にしゃがみこもうとするが、幼馴染のジェフリーに起こされる。
「今日だけは、土まみれになるのをやめておけ。せっかく……綺麗にしているのだから」
プイっとそっぽを向く。
そういえば、服は着ていればOKな幼馴染が、きちんとした格好をしている。いつもの薄汚れたローブでも、王宮魔導士の制服でもない。黒に金糸の入った落ち着いた私服を身に着けている。
何より、頭が違う。いつも鳥の巣のように、上へ上へと膨らんでいる紺色の髪が、常人のように頭に貼り付いている。鬱陶しい前髪が品の良い髪留めで留められている。
やはり仕事に就くと、ちゃんとするのだなあ、と感心した。ジェフリーは能力を認められ、卒業後すぐに一級王宮魔導士に任じられた。
「お迎えでなければ……ジェフ様。本日はどのような用でいらっしゃられたのでしょう?」
「卒業式に家族が祝いにくるのは普通だろう」
私は目をパチパチさせた。天涯孤独の私に家族はいない。ジェフリーの父親に引き取られた養子だ。養父は宰相で、国の最高権力者。卒業式に誰か来るなど、端から期待していない。
けれどジェフリーは、意外と義理堅いところがある。義兄の勤めを果たそうと、忙しい仕事の合間に来てくれたのか。
「ありがとうございます。嬉しく思います」
なんだか照れくさい。
彼の方は、どこか緊張した面持ちをしていた。片腕に抱えていた包みを両手で差し出してきた。
「卒業祝いだ」
「なんですと!!」
贈り物などできるタイプの人間ではない。どうした我が幼馴染兼義兄よ。
「いいから受け取れ」
半ば強制的に、上品な布に風呂敷包みされた品物を押し付けられた。大きさの割に、極めて軽い。
「開けてもよろしいですか?」
「ああ。でも大っぴらに開けるなよ。ちらっと見たらすぐ隠せ」
なんとも注文の多い男である。
私は包まれた布を半分だけ開ける。
素材がまず、手に入らないはずのエルフの金属の織物。軽いのに最上の強度を誇る奇跡のマントだった。裏面には複雑な模様が入っている。ぱっと見には綺麗な綾としか見えないが、おそらく強力な魔法陣。
これはヤバい。国宝級のやつだ。
「お前が命を落とすことがないよう、祈りを込めた。敵から強い攻撃を受けたら、魔法陣が発動し、相手に同様のダメージを返すことができる。一度しか使えないが、お前ならどうにか生き延びられるだろう」
護衛騎士は命を懸けて、主を守る。命を惜しむ予定は全くないのに、この幼馴染は死んでほしくないようなことを言う。
正直答えに困る。私が護衛する王妃ロゼリーヌは、彼の長年の想い人である。二人で命に代えても守ろうと誓い合って七年。その誓いは、卒業の宣誓とは比べ物にならないほど重い。それなのに……。
「あっ。この贈り物は、ロゼ様からのお口添えですか?」
「確かにロゼの力も借りた。しかし……」
なんだ。そうか。卒業式に来たのも、この私の身を守るための温かい贈り物も、ロゼリーヌから頼まれたからだ。深く納得したとともに、なぜか寂しい。
「……大切にしますね」
「ルウ。俺はこれからもずっと一緒に……」
「分かっています。一緒にロゼ様を守っていきましょう。大丈夫です。もう、養父ウラノス様を裏切る覚悟はできております。今日から本格的にスパイ活動ですね?」
ウラノスは宰相の仕事に忙殺される傍ら、私邸で私を養い、学校まで通わせてくれた恩人だ。
それでも私は養父より、我が主であり最愛の親友でもあるロゼリーヌを選ぶ。
「……全然分かってない」
「え? 違いました?」
ジェフリーは、深く息をついた。
「もういい。後で話そう。……今は会場に戻れ。一生に一度の卒業の日だ。友達付き合いもあるだろう。時間を潰して待っているから、一緒に帰ろう」
今日のジェフリーは一体どうした。時間潰して待つ?! 私を?! 何があったー!
「ジェフ様……あのー。とても感謝に絶えません。ですが……」
私は贈り物を小脇に抱えると、額に掛かる前髪を片手で上げた。
額に埋まった青い石が露になる。握りこぶし程もある大きなひし形は日の光を乱反射させる。それは、生まれた時からここに生えていた。
「こんな気味の悪いものがある人間と、友達になってくれる人なんていませんよ」
額の石だけではない。私の目は普通の人間の二倍ほどもあり、青く澄んだ虹彩が眼球の七割を占めている。目が大きすぎる人間は化け物だ。私は生まれたときから、おとぎ話のエルフのような姿をしている。
初めて見た人間は、たいてい怯え、二度見する。
「私を人間扱いしてくれたのはロゼ様とジェフ様と…………ウラノス様だけです」
「ルウ。俺もロゼもお前を大切に思っている」
「なんと嬉しいお言葉……。私もお二人が大好きです!!」
「ウラノス様のことも、好きだろう?」
「……」
拾ってくれた人間を、情勢が変わったからといって、すぐに嫌いになれるわけがない。
対してジェフリーは彼の息子でありながら、父親を宰相、ウラノス様と呼ぶ。下働きの母の下に生まれた彼は、久しく息子扱いされてこなかった。嫡子扱いされる今でも、親子には程遠い冷めた関係だ。
「ルウはウラノス様を好きなままでいい。別に無理に何かする必要はない」
「それでいいのですか?」
「ああ。お前は正直だ。心に一物を置くなど、端から無理だと分かっている。巻き込んで悪い。本当は石のことさえなければ、すぐにでも……」
ジェフリーが気づかわし気に、私に手を伸ばした時だった。
(あら。私たちはルウの石、大好きよ。とっても綺麗だもの)
不思議な声とともに、辺りが光を帯びていく。手のひらほどの小さな精霊たちが集まってきて、私の顔に風を吹き送る。私の前髪がふわふわと揺れて、額の石がキラキラ光る。
ジェフリーは触れようとした手を止めた。突然の光に顔をしかめる。彼は普通の人間だから、精霊の姿も声も捉えることができない。
そんな彼のことなど、精霊たちはお構いなしだ。
(ねえ。ルウ。何か面白いことな〜い?)
いつも通りの無茶ぶりに、私は答えを探す。
「そうだね……。今日は着飾った人間がいっぱいいるでしょう?」
(うんうん)
「いきなり強い風が、人間たちの髪を巻き上げたら、どうなるかな」
精霊たちの答えは、実力行使だった。
いきなり、竜巻のような凄まじい風が巻き起こる。砂ぼこりが舞い、激しく顔に叩きつけられ、目も開けられない。
きゃあ──!!
校内から、たくさんの悲鳴が上がった。きっと、今日のために盛りに盛った女の子の髪は台無し。きっちり固めてきた男の子たちの髪もぐしゃぐしゃ。
(きゃははは。楽しー。ルウ。お花あげるー。成人おめでとう)
(私もあげるー。大人になって、おめでとー)
満足げに笑う精霊たちから、次々に花びらが渡された。手では抱え切れず、はらりとこぼれ落ちる。綺麗なので、すべて拾い集め、マントの入った袋の中に納める。
ジェフリーは砂埃が口に入ったのか、ゴホゴホと咳して恨めしそうな声で言う。
「おい……いくらなんでも、酷過ぎるだろう?!」
最も被害を受けた彼は、いつも通りの姿に戻っていた。髪は、鳥の巣のように膨らみ、鬱陶しい前髪が両目を覆い隠している。髪留めはどこかに飛んでいったようだ。
「ぶっ。ははははは」
きっちり格好つけた彼より、こっちの方が彼らしい。
「笑うな。馬鹿」
「す、すみません」
ジェフリーはむすっとした顔のまま、私に近づいてきた。パンパンと私の服を払いはじめる。
確かに私もなかなかひどい格好になっていた。髪が砂だらけのゴアゴア。もう纏めている意味もないので解く。自由になった長い銀髪が、ぱらりと広がった。
「全く。お前は何をやってるんだ。せっかく綺麗にしていたというのに」
ぶつぶつ文句を言う彼に、精霊たちが答える。
(ジェフは相変わらず馬鹿だなー。綺麗が台無しになるから面白いのに)
(ねー。つまんない奴ー)
ジェフリーが周りを見回しながら、嫌そうに言った。
「何と言われてるか全く分からないが、悪口を言われていることは、感じる」
「ジェフ様。当たりです!」
「こら」
ジェフリーから不機嫌そうに頭を小突かれる。調子に乗りすぎて、失敗した。彼は宰相の息子にして、一級王宮魔導士。本当なら、孤児で新米騎士未満の私が、からかっていい相手ではない。
「……申し訳ござ」
「帰るぞ」
ジェフリーの手が、私の手を掴んだ。引っ張りながら、スタスタ進んでいく。
小さな頃、こうして手を引かれながら歩いたことを思い出す。
いや。あの頃とは違う。
昔の彼は、私の手を包みこめるほど大きな手をしていなかったし、背丈に差はなく、今みたいに背中を見上げるようなこともなかった。
確かに時は流れたのだ。
「明日、王宮行くのは夜明け前でいいですか?」
「そんな時間に行ったら、不審者だ」
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