トラ転悪役令嬢、断罪されて鉱夫になる
6月18日朝
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主人公の一人語りです。
ぼやき?
勢いだけで書きました。
お手柔らかにお願いします。
トラ転からの悪役令嬢人生を歩んできた私、アデリーナ・イヴァノヴナ・メドベージェワ。メドベージェフ辺境伯の娘なのよ。
転生して知ったけど、メドベージェフって熊のことなんですって。家紋に熊の手が入ってるの。謎だわ。中華だと珍味よね。
あ、トラ転って言ってもね?私がトラックを運転してたのよ。自動車道でスマホながら運転してた乗用車が中央分離帯突っ切ってぶつかって来たの。直進だからってながら運転なんてしてんじゃないわよ。あり得ないわ。
ちなみにココ、ルルーシって国なの。だから詳しく説明するなら、ルルーシ帝国のメドベージェフ辺境伯長女、アデリーナよ。イヴァノヴナって父称って言って父親の名前なの。イヴァンの娘だからイヴァノヴナで、息子ならイヴァノヴィチなのよ。よく分かんないわよね。そういうもんだと思って頂戴。
ちなみに苗字も女は語尾が変化するのよ。メドベージェフならメドベージェワ。リプニツキーならリプニツカヤ。ロマノフならロマノワ。ややこしいわよね。
あ、悪役令嬢なんて言ったけどすでに断罪済みなのよ。何にもしてないんだけど。冤罪よ。そんなのが罷り通るなんておかしいわよね。よく分かんないわ。
「今日も一日、ご安全に!」
「ご安全に!」
鉱夫たちは班ごとに行動します。朝は忙しいのよ。
「おい!アデリーナ!ボーッとすんな!」
「あっ、申し訳ございません親方!」
え?何してるのかって?鉱山で強制労働ですわよ?
なんか知らないけどあの皇太子、あ、元婚約者ね?ソイツが私のこと鉱山送りにしてくれちゃいまして。
いやね〜?私だって分かってるのよ?女が鉱山送りにされる意味。どう考えても慰安婦よね?だってここ、犯罪奴隷だらけの鉱山なのよ?血気盛んな鉱山奴隷たちにいいようにされて、生意気な女の鼻っ柱を叩き折りたかったんでしょうね。
発想が下品よね。皇太子のやることじゃないわよ。アレで皇太子できてるってことがよく分かんないのよね。昔から。
私の仕事は主に新しい坑道の整備ね。魔法を使って坑道を掘るのよ。鉱夫たちは枷があるから魔法は全く使えない状態になっているからね。力があり余っている私が適任なの。他にも古い坑道も落盤事故なんかが起きないように修繕しているわ。
ドッカンドッカンやってるとあっという間に日が暮れるわ。私が壊した岩盤を班のみんなと一緒に外へ運び出すのよ。お昼はわざわざ外に出るのが面倒だから、坑道内で用意されたお弁当を食べてるわ。ダンジョンに来たみたいで楽しいわよ。この世界、ダンジョンはないけどね。
終業の鐘が鳴りましたわ。ここの鉱山、割とクリーンでホワイトなのよ。まあ、私が来てから労働環境を改善したんだけどね?
みんな年季が明ければ平民に戻れるのだけど、国が出してる採掘計画がクソでね?普通にやってたら追いつかないってんで昼夜問わずでみんな働かされてたの。作業効率落ちるのにバカみたいよね。お偉いさんの考えることはよく分かんないわよね。
でも今はサビ残ナシなのよ。近くに温泉もあるし、いいところよ。ちなみに銀山よ。採掘量もなかなかのものなのよ。まあ、その鉱脈も私が探査魔法で見つけたのだけど。私が来た時点では採掘はもう見込めない廃坑寸前の鉱山だったのよ。
「第一班!」
一、二、三、四、五……と鉱夫たちの叫び声。
「確認!十名全員おります!怪我人なし!」
「ヨシ!第二班!」
始業時にも行うんだけど、終業時にも全員集まって点呼を取って、班ごとにその日の作業報告をして、申し送り事項などを現場責任者がして、ようやく一日の労働が終わるのよ。これも私が考えたことなの。
「お疲れさまでした!」
「お疲れさまでした!」
ハイ、下山下山。みんなで馬車に乗り込んで帰るのよ。生活の場所は山の麓だからね。
あ、その前に。私が来てからやるようになったことをやるのよ。福利厚生大事よね。親方の横に立って、私はいつものポーズで構えます。
「では、皆さん!行きますわよっ!?エリアヒールッ!!」
お察しの通り、ここは魔法のある世界でね。私、オールラウンダーなのよ。どの魔法も満遍なく使えるの。平民と比べるべくもなく、だけど貴族の中ではそれなりで、平均よりちょっと上くらいの腕しかないのよ。魔力量だけはバカみたいにあるんだけど、一気に魔力を押し出せないのよ。
魔力量の割にはめずらしい体質で、お医者さまによると「騎士団で使うようなデカいヤカン」らしいわ。よく分かんないわよね。まあそれも魔力制御の奴隷用の首輪を着けられてるから威力は半減してるんだけど、半減して貴族の平均より上だから問題ないのよ。これ以上魔力を抑えられる道具がないんですって。
だからぶっちゃけここから逃げようと思えばいつだって逃げられるのよ。枷として着けられたこの首輪も今の力で壊そうと思えば壊せるし。私には無意味なのよ、コレ。なのによく鉱山送りを選んだわよね。皇太子の考えることって本当によく分かんないわ。
それで何でこんなことしているのかっていうと、鉱山労働は怪我が付き物なのと、単純に疲れるからね。それに腰をやりやすいのよ。職業病よね。そういうのの予防の意味もあるのよ。みんな健康で長く働きたいもの。
ちなみに始業時は防御魔法で鉱夫たちの全身に物理防御をかけてるのよ。粉塵吸い込んだりしないようにね。鉱山って言ったら鉱山病じゃない?まあ、エリアヒールも鉱毒無毒化の意味もあるのよ。鉱山から流れ出た水が鉱毒に侵されてしまうのもマズイからそういう管理も私の仕事なの。やりがいもあるってものよ。
あっ、鉱山では一番大事な身体強化もね!これを付与するようになってからすっごく作業効率が上がったのよ!その分働きまくるから結局帰る頃にはみんな疲れてるんだけどね。みんなは魔力量が少ないから付与じゃないと効果がないのよ。
基本的に付与魔法が使えないと他人に使えないんだけど、そこはオールラウンダーだからお茶の子さいさいなの。専門家ほどじゃないけれど、そこそこ体力底上げ出来るからいいのよ。採掘捗るのはいいけど、採れなくなったら仕事なくなっちゃうしね。そういえば、環境破壊の可能性もあるわね。
で、鉱山送りになった私は鉱夫として働いてるのよ、一応。女だから鉱婦の方がいいのかしら?そんなこと言ったらジェンダー過激派に何か言われそうだわね。まあ、この世界、基本が男尊女卑だから誰も言わなさそうだけど。
鉱山から宿舎に戻って来たら奴隷たちを見張る騎士が走って来たわ。どうしたのかしら。
「アデリーナ嬢!すまないが馬にヒールをかけてやってくれないか?」
「あら、どうなさいました?」
「早馬の馬が着くなり倒れたんだ。まだ息はある。急ぎで頼む」
「かしこまりました。お代はいつものように」
こういう緊急案件もあるのよね。私の場合は何に対してだか分かんない損害賠償金と、また別口でヒロインに精神的賠償金、つまり慰謝料を支払わなきゃいけないのよ。結構な高額なのよ。以前の労働環境だと一生ここから出さないつもりだったのでしょうね。
ていうか、あちらだって満額もらえない賠償金って意味あるのかしらね?
肉体労働自体が刑事罰なのだけど、民事の方、慰謝料に関してはヒロインが言い出したのよ?
「鉱山奴隷でカンベンしてあげます!」って。
あのままあの子が皇太子妃になるにしても、小遣いにもならない奴隷の賃金なんてどうするつもりなのかしらね。あの子の考えはよく分かんないわね、やっぱり。私を侮辱したかったのは分かるんだけど。
断罪は皇太子もそれに乗っかった形なのよね。「さすが私の選んだ女性は慈悲深い!」とかなんとか言っちゃって。どこが!?って話よね。
「女のくせに力しか脳がないお前にはお似合いの罰だ!」ですって。
「私に辺境伯の娘などという野蛮な女が婚約者だなんて最初からおかしかったんだ!」とか何とか言って、一度も剣の手合わせで私に勝ったことがないから言ってるのよ、絶対。
皇太子の婚約者になったのは母方の血筋のせいもあるのよね。実家の領地と隣り合う国の王女だったのよ、母。父とは恋愛結婚よ。お父様、家名の通り熊みたいな大男なんだけど、お母様から見るとクマのぬいぐるみに見えるらしいわ。
お母様、眼科か脳外科行った方がいいわよ。
あ、私と皇太子の婚約は完全なる政略よ。隣国とのつながりを皇帝が持ちたいがために、向こうに娘がいないから私で済まされたのよ。まあ、ウチと母の実家、共同戦線組んだりしてつながり深いからね。辺境伯は武門の家系だから。色々あるのよ。
そんなわけで、ここから出るにはお金を稼がなくちゃいけないわけで、それが出来高制なのよ。だからこうして奴隷仕事以外にアルバイトしてちまちまと積み上げて年季が明けるのを待ってるのよ。終わる気がしないけど。
それでも最初騎士からの頼まれごとは断ってたのよ。鉱夫仕事以外の仕事は仕事じゃありません!私は鉱山奴隷です!ってね。同じ鉱山奴隷にはヒールだのなんだのをバンバンかけてるのに!って文句を言われたのだけど、正規の賃金とは別に治癒師としての給料を下さるならよろしくてよってダメ元で言ってみたら、上に掛け合ってみるって言われてしまって。
あちらは正規雇用の治癒師雇うより安く済むからってアッサリOK出したみたいよ。それってやっぱり多少賃金上乗せしたところで私がここから出られないと思ってるってことよね。
ちなみにここで働いてる見張りの騎士たち、出世街道から外された人たちなのよ。騎士団って素行不良は一発退場なのだけれど、やっぱり出世はコネとカネなのよ。汚いの。ていうか多分この国が腐ってるんでしょうね。
それでここの騎士たちって清廉な方々が多くて。いい人が多いのよ。可哀想よね。いやだわ、正義感あふれる素晴らしい騎士たちが正当な評価をされないなんて。早くこんな国なくなってしまえばいいのに。
「ありがとうございます。よかったな、お前」
私を呼びにきた騎士が首を撫でてやると気がついたわ。ブルルン!とすっかり元気になったお馬さんは立ち上がって嘶いたから一安心よ。お馬さんって可愛いわよね。実家ではよく乗っていたわ。私の愛馬、元気かしら。
あら、この方も馬好きなのかしら。しきりに撫でているのを横でずっと見ていたら撫でますか?と言われたので有難く撫でさせてもらうことにするわ。皇太子は馬なんて道具って考えだったから、全然懐かれてなかったわ。
お馬さんに懐かれる人は良い人だと思うからこの方は良い方なのよ。私にとっては分かりきったことだけど。
両側から撫でられてお馬さんは嬉しそうよ。用意してあったお水を飲み始めたから、かなり飛ばして来たのね。脱水症状だったのかしら。
「しかし、早馬なんて私がここに来て初めてですわね」
「ええ、そうですね。私も初めてです。今、使者がウチの上長と話をしています。ただ、メドベージェフ辺境伯の名を出していたので貴女関連の話かと」
あら。お父様、どうかされたのかしら?突然お亡くなりになったとか?元気過ぎて想像出来ないけど。
奴隷を働かせてる国有鉱山ってお察しの通り要は刑務所なんだけど、早馬なんてまず来ないのよ。必要ないじゃない。冤罪が分かったとかでも多分お役所仕事よ。報告はのんびりゆっくりのはず。
それにここにいる限り親の死に目に会えないとかそれ以前の問題だわ。どんなことがあっても年季が明けるまで出られないのだから。
「おい!警備の騎士以外全員詰所に集めろ!あっ、アデリーナ嬢、貴女もいらしてください!」
私、一応犯罪奴隷なのに騎士の方々はこうして丁寧に接してくださるのよね。女の犯罪者がドキッ!男だらけの鉱山労働なんて誰しも結果が見えるもの。突然送り込まれてきて驚かれたのよ。
最初にまず男性奴隷とは別に家を用意しますって言ってくれたのでお言葉に甘えて土地だけ借りて自分で魔法で作ったわ。家財道具は騎士詰所にあったのを譲ってもらったけどね。
奴隷の部屋なんて大部屋雑魚寝が基本なんだけど、一人で寝られるのはありがたいわね。鉱夫たち、みんな誰それのイビキがうるさいとか言ってたし。一度くらいあちらでみんなと旅行気分で寝てみたいものだけど。
鉱夫たちは犯罪奴隷らしく来てすぐからしばらく私のこといやらしい目で見て来てたのよ。だけど、間違いが起こらぬよう、騎士がびっちりばっちりがっつり張り付いてたから彼らのお望みの展開にはならなかったのよね。この方と責任者の方が色々と気を配ってくださって、本当に有難いことだわ。
そもそもまずここにいるのほぼ平民奴隷だしね。私が魔力で威圧すれば一発で押し黙ったわ。誰が強者なのかすぐ分かるのが魔法の世界のいいところよ。
ぶっちゃけ、首の枷を外せばここの騎士なんて束でかかって来ても勝つ自信があるんだけど。
「アデリーナ、お呼びにより参りました」
最初に名乗ったけれど、犯罪になった時点で家名は捨てさせられたのよ。だから今の私はただのアデリーナなの。
責任者の騎士だけじゃなく、そこにいた騎士全員が青褪めてるわね。大丈夫かしら。
「落ち着いてよく聞いてください。貴女の父君であるメドベージェフ辺境伯閣下がクーデターを起こし、皇宮を占拠しております。数日もすればこちらに正式な使者が来て貴女は解放されるでしょう。荷造りを始めておいてください」
「あらまあ」
「あらまあ……」
まあ、そろそろじゃないかとは思ってたのよね。ウチは辺境伯って言っても敵国と隣接してるんじゃなくて魔物の森と隣り合ってるのよ。魔物の脅威から国と人を守るのがこの国の辺境伯のお仕事なの。本業が落ち着いてようやく私の現状を知ったんでしょうね。
帝都にいる出世のことしか考えていない騎士たちが戦いが日常の屈強な辺境伯軍に勝てるわけないわよね。彼らは要人警護や治安維持が主な職だし。あ、帝国騎士団も一応魔物の討伐はしたりなんかするのよ?各領地で手に余るような場合に派遣される精鋭部隊なんかもいるんだけど、彼らはウチと懇意にしてるから多分味方についてくれてるわね。
「落ち着いてらっしゃいますね?」
さっき馬の治療を頼んできた騎士のイサーク・ミハイロヴィチ・オルロフ卿。鷲の家紋を持つ公爵家の息子さん。
何で公爵家なのにこんなところにって?
この方、皇弟殿下の息子さんなのよ。皇弟殿下、皇帝陛下と政争の末に負けてね。皇弟殿下、正室腹なのに負けたのよね。側室腹の皇帝陛下の派閥に盛られた毒のせいで病弱になっちゃって、不適格と判断されたのよ。ひどいわよね。
政局が二分されて血で血を洗う静かな戦いだったのよ。ひっそりと暗殺された貴族も数知れず。おそろしいわよね。
ウチ?ウチは中立派という名の武闘派だから、魔物と戦ってる間にそんなもの終わってたそうよ。辺境伯なんてどこもそんなもんなの。
まあ、それでオルロフ卿は父親が領地のない爵位だけの、しかも一代限りの公爵だから就職しなくちゃいけなくて。騎士団に入ったはいいものの中央には置いとけなくてこんなとこにいらっしゃるのよ。とても良い方よ。たまに鍛錬しているのを見かけるけれど剣の腕も良いし、頭も良い。顔も良い方だけど。
あら、完璧ね。どっかの顔だけ皇太子とは大違いだわ。
この方が色々と上へ掛け合ってくれたから私もここで自由に快適に過ごすことが出来たのよ。だって、最初の計画では、とっとと首輪を外してこの鉱山を完全に制圧するつもりでいたのだもの。
そして秘密裏に鉱夫たちを鍛え上げ、反乱軍として反皇帝派の領地を経由しつつ、帝都を制圧しに行くつもりだったの。似たようなことをお父様がしたんでしょうね。あちらは戦闘のプロだから。対人戦ではないけれど、対魔物戦だと殲滅が基本だから余計ひどいわよね。今頃、皇宮はどうなっているかしらね。聞いてみましょうか。
「それで、どうなったのです?」
「どうもこうも……陛下は捕縛されておられるそうですし、このまま辺境伯が帝位簒奪して皇帝にお立ちになられるのでは?そうすれば貴女は無罪放免。あ、いや、元々無罪ではあらせられるのですが」
あら、皇帝陛下は殺さなかったのね。辺境伯は魔物退治する代わりに減税されてるんだけど、減税額引き下げやがったのよ、あの人。ウチの領、作物もそれなりに採れるからいらねーだろですって。ふざけんなよね。人件費と管理維持費に金かかってるっつーの。他の辺境伯領なんてもっとカツカツなのよ。
あの親にしてこの子ありを地で行く親子だわ。お父様、ブチ切れてたからさっさとやっちゃうのかと思っていたのに、誰が止めたのかしら。そういうブレーンがいるのかしら。
まあ、それはいいとして、よ。
そうなのよ。私は無罪なのよ。ここに来たときから無罪なのよを主張し続けて半年くらい?その頃にちょうど我が辺境伯領にドラゴンの群れが現れたと聞いていたから、お父様が前線に出ることは確実。お父様がいなければ抗議も国へ出来ない。大変なのよ、ドラゴンの群れの討伐。まず他の魔物がパニックになるからね。
私が行けばさっさと片付くのだけど、ここの人たちのことも見捨てられなかったのよ。あっちは時間かかっても何とかなることだし、ならこっちを優先しても問題ないわよね。
ちなみに私のやってることは上には報告されてないわ。中央の連中は今でも昼夜問わず劣悪な環境で犯罪奴隷たちがあくせく働いてると思ってるんじゃないかしら。
現場の騎士たちには感謝しかないわ。バレたらもっと私たちを利益を搾り上げろと命令するに決まってるもの。
「そうですか。では、迎えに来るまではこれまで通り働くことにいたしましょう」
「えっ!?で、ですが!」
「どうせお父様のことだから帝都は完全に征服されているのでしょう?皇帝がすげ変わるのも時間の問題です。けれど、ここが犯罪奴隷を集めた鉱山であることには変わりない。まだ採掘の見込める鉱山である以上、動きを止めてはなりません」
「は、はあ」
「それに今私がいなくなってしまえば、治癒師がいなくなりますからね。代わりが来るまで離れるわけには参りません。使者の方。お戻りになったらお父様にそのようにお伝えくださいます?」
「は、はっ!」
とりあえず彼にもヒールをかけておきましょう。今晩はゆっくりおやすみになって、明日からまた帝都に戻るのに頑張ってもらわねば。
話が終わったのでオルロフ卿が私の家まで送ってくださるそうです。管理事務所のすぐ裏手なんですけどね。ていうか毎日朝晩送り迎えしてくださるのよ、この方。なるべく一人にならないようにとの配慮なの。監視ではないのよね。護衛のためなのよ。
「使者にも回復魔法をかけてやるなんて、本当にお優しいですね」
「人として当然のことをしたまでです」
「あの使者と共に帝都へ戻られると仰るかと思っておりました。」
「まさか!そんな無責任なことは致しませんよ」
「貴女らしいとは思いますが、こんなところ、一日だっていたくないのではありませんか?」
「私は結構ここでの暮らしは気に入っております」
「そうなのですか?」
「あら、お気付きにならなかったの?」
「気丈に、耐えていらっしゃるのかと。ここは女性には過酷な環境ですから」
そんな弱っちい女だと思われてたのね。心外だわ。鉱山労働なんて魔物と戦うことに比べたらどってことないわよ。
「私も辺境伯の娘ですから、身体を使って働くことに抵抗はございません」
「そ、そうですか。しかし、貴女がここから去られたら寂しくなりますね。いや、めでたいことですが」
「ええ、私もとても寂しいですわ。せっかくみんなと仲良くなったのに」
「これから貴女は皇族の姫となられるのですよ?確かに貴女がいらしてから皆心を入れ替えましたが、奴隷と仲良くなど外聞が悪過ぎます」
「それを言ったらすでにここに入れられたという事実で外聞が悪過ぎますもの。今更ですわ」
オルロフ卿は歩みを止められて、悲しげな様子で私を見下ろしました。そんな顔なさらなくてもよろしいのに。何にも悲観していないのだから。
「貴女を……そんな目で見る者たちから守って差し上げることが出来れば良いのですがね」
「まあ!姫を守る物語の騎士さまのように?」
私がおどけてそう言うと、彼は綺麗なアイスブルーの目をまんまるくして、ぱちぱちと数度瞬かれました。故郷の山の万年雪のような薄い水色がとても綺麗だわ。あの皇太子……もう元かしら。元皇太子と余り変わらないのにね。あちらはどうしても濁って見えるのよね。ヒロインには綺麗に見えたのかしら。眼科行った方がいいわよ、あの子。
私が大袈裟に首を傾げると、オルロフ卿はそれはそれは楽しそうにお笑いになり、また歩み始めました。
「はは、そうですね。物語の騎士のように」
「ならば、その姫と騎士はハッピーエンドを迎えなくてはね」
「ハッピーエンド?」
まあ!お分かりにならないのかしら?姫と騎士、もしくは王子様の物語はハッピーエンドと相場が決まっているのに!
私は大きく一歩前へと踏み出して振り返り、彼に語り手を演じてみせます。
「お姫様と騎士は結婚して幸せに暮らしました。めでたしめでたし。これが定番でしょう」
彼が息を詰まらせたのが分かります。伝わったかしら?
私だって、ハッピーエンドを迎えたいのよ。あの子のようにね。ついでに言うと私は欲深いから、ハッピーエンドよりハッピリーエヴァーアフターがいいのだけど。
だって、ハッピーエンドで終わったら、その先が分からないじゃない?末長く幸せにって明記してもらわないと信用できないわ。
「た、しかに。そう、ですね」
「ああ、あと。お父様は皇帝になられないと思います。父は辺境伯として生きるのが生き甲斐という人ですから。国政のことなどサッパリ分かりませんもの。国が混乱するだけですわ」
「は、はあ。ならば、今後はどのようになると……?」
「私も皇帝の正妃になるつもりで生きて参りました。今でもそうです。貴方はいかが?」
「え、あの、今後のことは……?」
「貴方は、どうなさるおつもり?イサーク・ミハイロヴィチ・オルロフ公爵令息様?」
黙ってしまわれたわ。伝わらなかったのかしら。
お父様は皇帝にはならない。向いてないのも自分で分かっているはずよ。それならお父様がどうするのか。娘の私にはよく分かります。
本来、あるべきものを、あるべき姿に。
それが一番ですもの。
ま、要するにデスクワークは無理なのよ、お父様には。
「そうですわね。私が物語のお姫様となったと仮定して、私がこれからすることは、私を守ってくだった素敵な騎士が求婚してくださるのを待つことでしょうか」
皇太子妃教育で散々ならった淑女の笑みからヒロインのような下から覗き込んで上目遣いに首を傾げたあざといポーズで、更にわざとらしく瞬きをしてオルロフ卿を見上げますと、この方、鼻の穴の形まで綺麗だわ。ここまで整ってると女の敵ね。もうちょっと間抜けな顔になると思ったのに。皇太子は間抜け面だったわよ。あの子、あんな間抜け面を毎日見ててイヤにならないのかしら?
まあ、私の場合はメンチ切ってるように見えるのですけどね。
「ねえ、貴方。もっと貴方は自分に自信を持った方がいいわ。貴方自身にも、その血にも」
あら、仰け反られたわよ。失礼しちゃう。私みたいな美女、この世界でもそうそうお見かけしないのに。やっぱりメンチ切ってるように見えたのかしら。やあね。美女でも悪役令嬢顔って損だわ。この年頃の男はキレイ系よりカワイイ系の方が好きだものね。同年代にはモテないのよ。
「毎日の送り迎え、ありがとうございました。朝一番とその日の最後に見られる顔が貴方の顔で良かったですわ。あと何日あるかは分かりませんが、残りの日々も、そうであると嬉しゅうございます」
この人、いつからか非番の日も送り迎えしてくれるようになったのよね。それを気付かないとでも思ってらっしゃるのかしらね。そんなにニブチンじゃあございませんことよ?
「……私が好きでやっていたことですから。最後まで、貴女をお守り致します」
ここのみんなが私を襲うようなことはないのですけどね。
小さくうなずいて、私は自分の家へ入りました。彼は扉を閉めてもしばらく立っていたようで、少ししてから戻っていく足音が聞こえてきました。
こうやってそば耳を立てていること、あの方はご存知なのかしら?
私も部屋に入ってすぐに足音がしないはずだもの。
五日経ってから二番目のお兄様がわざわざ迎えに来てくださったわ。代わりの治癒師も連れてね。
「やあ、可愛い妹よ。迎えに来たよ」
「ありがとう、お兄様。お元気でした?」
「もちろんさ!ここでの暮らしは楽しかったかい?」
「ええ、とても。みなさんよくして下さいましたから」
「そうか!名残惜しいだろうがまた遊びに来るといい。皆の者、妹が世話になった。礼を言う。その内、恩赦が出て、中には刑期を終える者もいるだろう。娑婆に出て職に困ったら我がメドベージェフ辺境伯領へ来るといい。仕事を斡旋してやろう」
鉱夫たちは顔を見合わせてソワソワとし出しました。彼らならもう外へ出ても同じ過ちは犯すことはないでしょう。もちろん、我が領へ来てくださると嬉しいわ。
心残りはみんなで雑魚寝を出来なかったことね。オルロフ卿がめずらしく怒ったもの。「何を考えているんですか!」ですって。
「じゃあ、貴方が一緒に寝てくださいます?」って聞くと顔を真っ赤にしてはくはくと口を動かすだけなんだもの。「そういうことは結婚してからです」って仰ったのよ。これはもう言質を取ったと言っていいわよね?
「オルロフ卿、お世話になりました」
「ええ。どうかお元気で」
「貴方も、お元気で」
さあ、馬車で帝都に帰りましょう。晴れているからお馬さんで行くのもいいわね。お兄様もせっかちだから、きっとダメとは言わないはずよ。後で提案してみましょう。
安全?私たちが揃って危険なんて、あちらが裸足で逃げ出すわ。
「オルロフ公爵令息殿。私からも礼を言わせてください。妹を守ってくださりありがとうございました」
お兄様が頭を下げます。オルロフ卿は恐縮してらっしゃいます。皇子だとでも思っているのかしら。お兄様は私と同じで母似だから美人なのよ。一番上のお兄様は父似でクマさんだけれどね。
「いえ、礼を言われるほどでは……」
「今回こちらに連れて来た代わりの騎士に引き継ぎ次第、貴方の迎えも帝都から来ることでしょう。次の皇帝は貴方の父君に決定致しました。我々は帝都でお待ちしております」
「は……父が?」
「ええ。ミハイル三世陛下はもう皇宮に入り、執務にあたっておられます。貴方のご帰還をお待ちですよ。手紙もお預かり致しました。こちらです」
渡された手紙を微かに震えた手で受け取られたオルロフ卿は余りの衝撃に言葉が出ないようです。
「オルロフ卿のご帰還の日を楽しみにしております」
「アデリーナ嬢……」
「申し上げましたでしょう?皇帝の正妃になるつもりで生きている、と」
オルロフ卿は目を見開いて私を見つめておられます。今度はちゃんと伝わったかしら?
「私を守ってくださった素敵な騎士が求婚してくださるのを帝都でお待ちしておりますわ」
お兄様が隣で声を出して笑っておられます。やあね、失礼しちゃうわ。一世一代の妹のプロポーズを笑うなんて。だから美人なのに婚約者が出来ないのよ。
鉱山を出て最初の街へ着くと、お兄様は私の考えを先読みしていたようでお兄様の愛馬と私の可愛い愛馬が待っておりました。ヒールと身体強化でドーピングしながら夜駆けもしてあっという間に帝都に戻ると、お父様とお母様に再会し、オルロフ卿のお父上、新皇帝ミハイル三世陛下に御目通り致しました。とても素敵な方だったわ。さすがオルロフ卿のお父様ね。
待つこと三か月。オルロフ卿が帝都へご帰還される日となりました。もうすぐ新皇帝の即位式がありますからね。
私はミハイル陛下とお父様、その他重職の方々とお出迎えいたしますわ。二のお兄様もいるわよ。一のお兄様は領地でお留守番だったわ。
「よく帰って来てくれた、イサーク」
「お帰りなさいませ、イサーク皇太子殿下」
「心よりお待ち申し上げておりました」
旧皇帝派は一掃され、皇宮はとてもクリーンでホワイトな職場に早変わりしております。私、頑張りましたのよ。貴方の為に。基本的に魔力で威圧のパワハラなんですけどね。枷を外したから勝手に周りが萎縮しちゃうのよ。便利でしょ?
「父上……戻りました。ご即位、おめでとうございます。悲願が叶えられましたね」
「ああ。ありがとう、イサーク。お前には苦労をかけたな。もう、お前も、幸せになっていいんだ」
「私は……」
オルロフ卿改めイサーク皇太子殿下は、前皇帝より血筋を残すことを禁じられていたそうです。御年二十三歳で綺麗なお身体とご経歴なのよ。金髪碧眼のこの美麗なお顔で。ギャップ萌えするわね。
ちなみに私は十八歳よ。フケ顔だから並ぶと私の方が歳上に見られるかもしれないわ。
「お前が幸せになれる、素晴らしい婚約者を用意した。アデリーナ・イヴァノヴナ・メドベージェワ嬢だ。皇太子妃教育は済んでいる。きっと、お前をよく支えてくれることだろう」
イサーク皇太子殿下は鉱山でお別れをしたときのように目を見開いて私を見つめておられます。ここはあざとく!……なくていいわね。皇太子妃教育を受けた令嬢が人前ですることではないわ、ああいうのは。
「なっ、父上!?本当なのですか!?」
「ミハイル陛下よりイサーク皇太子殿下の妃になるよう命を受けましたので了承致しました。これからは婚約者として、よろしくお願いいたします」
「よろしいのですか……?」
「あら。何度も言わせないでくださいまし?付き合ってくださるのですよね?雑魚寝」
「雑魚寝?」
「ええ、陛下。鉱山での思い出作りに鉱夫の皆と雑魚寝がしたいと私が申しましたらイサーク殿下に止められまして。憧れでしたのよ。なら、殿下にお付き合いをお願い申し上げましたら、そういうのは結婚してからと言われてしまいましたの」
「そ、そうであったか……」
「アデリーナ……お前な……」
あら、陛下に困惑顔をさせてしまいましたわ。お父様も呆れ顔をされてらっしゃいます。
「アデリーナ嬢」
「はい、殿下」
以前の皇太子とは大違いの甘い声で名を呼ばれると、こちらの何度も口にして来た「はい、殿下」も意味が変わって参ります。
こんなにドキドキ胸がときめく「はい、殿下」は初めてだわ。
私の前で跪いたイサーク皇太子殿下のなんと麗しいこと!
「私は貴女をお慕いしております。どうか貴方と雑魚寝ではなく共寝をする権利を私にお与えください。貴方の夫として、毎晩貴女のお側で眠る幸福を望みます。朝一番と、一日の終わりに見るのが貴女ならば、それだけで幸せです。私と結婚してください」
「それも求婚としてどうなんだ……?」
「はい、殿下!私も殿下をお慕いしております!その求婚、お受け致しますわ!」
差し出されていた彼の手を取って、思い切り引っ張って立ち上がらせ抱きつきました。皆さん度肝を抜かれてらっしゃるわね。浮かれるのも当たり前よ!幸せなんだもの!
え?淑女らしくない?いいのよ!だって!
私たちの結末は何をどうしたってハッピリーエヴァーアフターなんですもの!お相手は騎士じゃなくて皇子様にクラスチェンジしましたけどね!!
それから一か月後にミハイル陛下の即位とイサーク殿下の立太子の儀式が行われ、私たちの結婚も駆け足でその半年後に行われました。
「おやすみ、アデリーナ。よい夢を」
「おやすみなさい、イサーク。夢で会いましょうね」
「ふふ、そうだね。愛してるよ」
「私もよ。愛してるわ」
お約束通り、どんなにお忙しくても共寝をして、朝一番と一日が終わる最後に見るのはイサーク殿下のお顔。この麗しいお顔なのよ。毎日ウッキウキで肌の調子もいいの。日によっては夢の中でもお会いするわよ。有言実行よ。
え?前皇太子とヒロインはどうなったかって?
国庫に手をつけた罪で鉱山送りですわ。横領罪よ。二人一緒にね。私の作った小屋で生活しているそうよ。利息なしで返済すれば刑期終了となるのよ。ヒロインは私より優秀な光魔法の使い手だから、現場で役に立っているかしらね?あ、枷があるから無理かしら。
刑が決まったときにあの子、大騒ぎしたらしくてね。「こんなはずじゃなかったのに!こんなことになるなら運転しながらマンガなんか読むんじゃなかった!」ですって。あの中央分離帯を乗り越えてきた乗用車は彼女だったのかしら。聞いた者たちは意味がさっぱり分からなかったみたいね。マンガなんてないしね、この世界。
これで童話で語られる私と彼の恋物語はおしまいよ。
めでたしめでたし、だわ!
あら?でも、童話って教訓がつきものよね?
そうね……このお話の教訓は……
〝ながらスマホダメ、絶対〟ね!