2話 黒鐘の本性
月宮 仁 (つきみやじん)主人公
黒鐘詩音 (くろがねしおん)クラスメイト
4月9日 綾東高校
「起立、礼、着席」
朝のHRの時間、学級委員長の名前は知らないが誰かが朝の挨拶をした。どこかで聞いた時あるような挨拶だな。
ちなみに綾東高校は委員会か係のどちらかは必ずやらないといけないことになっている。
そして俺は何を選んだかと言うと、『環境保全委員』、というもので、その名の通り学校の環境を守る委員会だ。
これを選んだ理由ただ1つ、クラスから1人しか選ばれないからである。これでクラスメイトと余計な関わりを持つ必要はなくなる。
活動も花に水をやったり外の掃除をするだけでめんどくさいことは無い。まさに俺のためにある委員会だな!
「えー今日の日程だが、五六時間目に部活動紹介がある。そこでどんな部活動があるのかしっかり確認するように!」
今日は部活動紹介もあるのか、俺はなんもやらないから時間の無駄でしかないんだが、まあしょうがない。
「では、今日のスピーチを」
A組では日直になった人は自分の『予知能力』を発表するというものをやっている。
もちろん人に言いたくない能力がある人は、無理に言う必要は無い。だから俺は言うつもりない。
「はい、えー僕の持っている『予知能力』は『他の人がいつうん子をするか』が分かる能力でーす」
……一応言っておくが、こいつはクラスの委員長だ。偏差値の低い学校だからこんな奴が委員長になったって訳じゃないぞ?
こいつは陽キャ男子女子からも好かれている奴でノリで選ばれたって感じだ。ノリで委員長を選ぶな。
そんな理由で選ばれたことについては何も言わないくせに、俺がちょーっと居眠りしてたら怒るあの先生はなんなんだよ。だから嫌われてんだぞ。
委員長が自分の予知能力を発表すると、クラスは笑いに包まれた。
「ははは!なんだよその能力」
「くくく!汚ねぇぇ」
「にしし!さすが委員長!笑いを分かってる!」
は?、何が面白いんだ?他人がいつうん子をするか分かる能力?はぁーいい能力なんじゃないか?うん、知らんけど。
「例えばー森澤はあと10分後にうん子しまーす!」
森澤はただのクラスメイトだ。
「おい!垓斗!てめぇ何変なこと言ってんだよ!」
またクラスは笑いに包まれた。
はぁ、さっさと終わんねぇかな。
時は流れて部活動紹介の時間へ。
「それでは今から部活動紹介を始めまーす!」
3年のハキハキとした口調の挨拶から部活動紹介が開始した。
いよいよ部活動紹介が始まった。ま、興味無いけど。
「えーっと!まず紹介する部活はこの部活でーす!」
へーこんな部活あるんだー。俺はぼーっと部活について発表する先輩達を見ていた。
いや本当に興味がないんだ、仕方ないじゃないか。
数分後ー。
計16の部活の紹介が終わった。その中でぼーっと見てたなりで印象に残ってる部活を紹介しよう。
まずは安定?の「野球部」だ。
部活動紹介の時はとにかく笑わせにきた。俺もついプスっと笑ってしまった。
次に「吹奏楽部」
やはり部活の強い高校なだけはある。吹奏楽は今年で全国優勝3連覇がかかっているらしい。強すぎな。
最後に、1番入ってみたいと思ったのが、「eスポーツ部」だ。
eスポーツ部があったのは知っていたが、どのような活動をするのかは知らなかった。説明を聞いてもやはり面白そうな部活とは思った。
多分、龍己がいたら、2人で入っていただろう……
部活動紹介後は体育館で直接解散することになってたため、A組も体育館で解散した。
さて、やっと部活動紹介も終わったことだし、帰るか、と言いたいところだが……
「んじゃ!行こっか!」
そう、放課後は黒鐘の部活動見学に付き合うことになっている。
だがそれに付き合えばもう2度と俺に関わらないと言った。だったら、と俺は一緒に見学へと行くことにした。
でも、黒鐘は本当に金輪際俺と関わらないと言えるのか、正直疑っている気持ちはある。
「あぁ、てかなんの部活に行くんだ?」
そういえば聞いてなかった。
「あぁそれはねー」
黒鐘は謎に溜めてから言った。
「あれだよ!」
ん?黒鐘は体育館の正面を指さした。そこにいるのは……
「吹奏楽部?」
そこには、部活動紹介中に何曲か演奏し、片付けをしている吹奏楽部がいた。
「うん!私、中学の時から吹奏楽やってたからね」
おいー、よりにもよって吹奏楽部かよ!俺はうるさいのが嫌いなんだよ。いや決して吹奏楽が嫌いって訳じゃないぞ?単純に大きな音が嫌いということだ。
「吹奏楽部ね〜、ちょっと意外だな」
「意外なのは分かんないけど、こう見えて結構演奏できるんだよ」
「楽器は?何やってんだ?」
「フルートだよ」
フルート、細長くて横向きに持って吹く楽器か、まぁ特に珍しいって訳でもないのかな。
「んじゃ早速行こっか」
黒鐘にそう言われ、俺は片付けをしている吹奏楽部へと向かった。
……吹奏楽部って何人くらい体験入部に来るのかな…あんま来ないで欲しいけど強豪校だから吹奏楽部狙って来てる人も多そうだし、結構来そうだな……
「なぁ、吹奏楽部の体験入部ってどんぐらい時間────」
「あれ!?詩音ちゃん!?」
俺が黒鐘にどれくらいの時間かかるのか聞こうとしてた時、遠くから駆け寄りながら、他のクラスの女子生徒がこちらへと向かってきた。
「花咲ちゃん!?久しぶりじゃん!」
「詩音も綾東高校だったんだ!まさか一緒だったとは!もしかして詩音ちゃんもまだ吹奏楽やってる?」
話聞くに、幼なじみって感じか?しかもその反応から中学は違くて小学生の幼なじみって感じか。
「まぁね、花咲ちゃんもやってたんだ〜楽器は?まだアルト?」
「んん、中学からフルートやってる」
「フルート!?私と同じじゃん!」
「へー、詩音ちゃんもフルートだったんだ!」
おいおい勘弁してくれよ俺放ったらかしで話に夢中になってるけど、それなら俺帰っていいかな?
「……ところで、隣にいるのは?」
花咲と言う人は俺に聞こえないように、小声で黒鐘に質問した。聞こえてるけど。
「あぁ隣にいるのは……クラスメイトの仁君、今日は一緒に部活動見学に行くことになってねー」
……クラスメイト、か。気を使ってなのか、それとも本当にただのクラスメイトという立場で見ているからなのか分からないが、友達と言わなかったのは、良かった。
俺は黒鐘のこともこれから関わる誰のことも友達とは思はない、いや思ってはいけないのだから。
「ふーん、仁さんは、吹奏楽に興味あるんですか?」
「……無いよ」
俺はできるだけ話を伸ばさないために、一言で済ませた。
そして、察したのか、黒鐘は話を変えるように花咲に言った。
「さ!早く部活動見学行こ!あ、仁君も来るんだよ?」
やっぱり行くんですね……仕方ない、俺の特技、『いないフリ』で乗り越えよう。
そう思い、俺は黒鐘について行こうとした時、花咲と目があった。俺は反射的に目を逸らした。
目を合わせるのは苦手だ。目が合うってことは相手のことを少なくとも意識してるってことだ。俺は少しでも相手のことは意識してはいけないのだ。逆に「なんかこっち見てるな」とかも思わせたくない。理由は承知の通り。
そして、一瞬だけ見た花咲さんの目は、真顔とも言えない、何かを企んでいそうな目をしていた。
片付けの終わった吹奏楽部の指揮者、つまり顧問の前には最終的に17人の生徒が集まった。
やっぱ多いなー、まぁ仕方ないか。
「これで全員かな?よし、じゃあ早速音楽室に行こうか」
吹奏楽部の顧問であり、吹奏楽を2連覇に導いた綾東高校の音楽の先生は、男性で歳は30代くらいだろうか?あまり歳はとっていないように見える。
パッと見はそんなに厳しくなさそうだけど、まぁそう見えて本当は厳しいパターンはあるあるだからな、一応変に目つけられないようにしとこ。
その後俺は音楽室へと向かった。
何気に入学してから初めて入った音楽室は、さすが全国常連校、小中の音楽室とは比にならないほどガチな音楽室だ。
てか広ー。奥行30mくらいあるし横は40はありそう。楽器はもちろんたくさんあるし、金かけてるなー。
「じゃあーとりあえず自己紹介から始めようか?」
そう顧問の先生が言うと、最初からいた、恐らく3年生だろうか?その人たちが前へ出てきた。
「はい、皆さんこんにちは!3年A組松浦琉奈です!吹部の部長をやってます!よろしくね!」
吹奏楽部って何故か可愛い人多いよな。この先輩は例えるならネコみたいな?けどどう見てもカーストトップだし、裏では以外と性格悪い感じにも見える……関わんないとこ、てか関わりたくない。
「えーっと、吹部の副部長の、白昼夢です、あっ!クラスは3Dです、よろしく、」
…………いや名前すご。
先程とは違い、落ち着いた感じの先輩だ。例えるならうさぎみたいな?
これまたかわいい先輩だ。陽キャと陰キャの中間みたいな雰囲気がある。そう言う人は嫌いでは無い、まぁ関わんないけど。
「そして私が吹奏楽部の顧問の松林だ、今日は吹部の見学ということだけど、みんなはこれからどんなことをするのか気になっている人もいるでしょ?」
そう聞くって事は、これからめんどくさいことするんだろうなー。よく考えたら全国常連校の吹奏楽部だぞ?体験入部からいきなり演奏しろと言われてもなーんもおかしくないからな。
演奏しろってなったら俺なーんもできないから、帰れるんだけどなー。
「それじゃあ一応聞くけど、今まで吹奏楽やってなかった人いる?」
………………………………え?俺だけ?
俺だけ手を上げていた。
まさかの俺以外全員吹奏楽経験者だった。おい変に注目されたしゃないか?どうしてくれるよ?
「ははは、そんなに怒んなくても大丈夫だよ」
あれ?なんで俺が、怒ってるの分かるんだ?あぁそう言うことか。
「『他人がいつ怒るのかわかる』能力ですか?」
俺は松林先生に質問した。
「うーん、正確には違うな、私の能力は『他人の感情がいつ変わるか』なんだよ、君の感情は私がさっきの質問をする時変わるタイミングだったから、変わるとしたら怒りか恥ずかしいかのどっちかと思って、2分1で怒りって言ったんだけど、当たってたかな?」
…………まぁさすがに全国常連校の顧問なんだから、そこら辺の教師とは違うわな。
「そうですか……」
「もちろんこの部活は初心者も歓迎しているよ?だから是非とも入学部を考えてほしいね」
俺みたいな未経験者が入ったところで邪魔なだけだろ。なんで入学部進めんだよ。
「いえ、僕は無理やり連れてこられたみたいに感じなんで、多分、入学部はしませんよ」
「あーそうなの、それは残念」
松林先生はそう思っても無さそうなことを言うと、席を立った。
「さて、それじゃ今からみんなで合わせて演奏してみようか、楽器はここにあるから、みんな好きなの持っていっていいよ、あ、もちろん綺麗な状態だから安心してね」
そう言われるや否や、俺以外全員が楽器を取りに言った。
そして残された俺の元へ松林先生が来た。
「君は、とりあえず鑑賞するということで」
…………ほんとに俺いる意味あるのかな……?もうこっそり帰ってもバレないんじゃね?黒鐘さっきの、花咲さんだっけ?その人と話してる、し……?
確かに黒鐘は花咲と話しているように見えるが、ただ話している様ではなさそうだ。
「詩音ちゃんってさー、私の予知能力がなんだか覚えてるー?」
「えーっと確か、『他人がいつ泣くのか』が分かるんだよね?」
さすが詩音ちゃん、よく覚えている。
「そうそう、よく覚えているねー。ちなみに詩音が泣くまではあと────7分後だよ?」
「え?」
黒鐘の周りには花咲さんを中心に何名かの女子が集まっていた。
なんだなんだ?ただ話している訳じゃないよな?明らかに取り囲んでるし、俗に言ういじめか?
「詩音ちゃん、私ね、小学生の時からずーーーっと悔しかったんだ。どれだけ練習しても、楽器は違ったけど詩音みたいに上手く演奏できなくて」
黒鐘は黙って花咲の話を聞いているしかなかった。
「どーしても詩音ちゃんより上手く演奏できるようになりたくて、中学に言ってからも必死に練習したんだ。そしていつの間にか勝手に詩音ちゃんをライバルみたいに見て、楽器も同じフルートにしてね」
「花咲ちゃん……」
「全国大会に出場したことも、何回か見たよ?すごいと思った。でも、また詩音ちゃんの方が私の上に行っていると分かって、もっとライバル意識は強くなった」
「そんなことを考えているうちに高校生になっちゃった」
「詩音ちゃん、詩音ちゃんがこのまま吹奏楽部に入られると、私すっごく”邪魔”だと感じちゃうから……入部するのやめてくれない?」
そう言うと花咲の近くにいた女子生徒は、黒鐘へ距離を詰めた。
それを遠くで見ていた仁は。
………………絶対いじめじゃん。
いじめなんて初めて見たぞ。しかもちょうどよく楽器選んでる生徒に隠れているから、今顧問のいる位置からだと黒鐘達がよく見えないんだよな。しかも顧問、体験入部の生徒と話してるし。
止めた方がいいかな、とは思わない。なぜならただの陰キャ男子にそんな行動力は無いからだ。
むしろ、いじめの現場を見て、止めに入る行動力を持っている人なんて、ほとんどいないんじゃないのか?
あと、あのまま黒鐘が折れてくれれば、俺に付きまとわなくなるんじゃ──なんて、最低な考えを持っている俺がいた。
だがこの時の俺は知らなかった。黒鐘という人間の事を。
「花咲ちゃん……そんなこと思ってたなんて……」
黒鐘はプルプル体を震わせていた。
「あ、ごめん、私酷いこと言ったよね?ごめんねー泣いてもいいんだよ?ちょうど時間も0秒になるし」
「ふふ、ふふふ、あははは!」
黒鐘は、笑っていた、“涙を流すほどに“、ただただ、おもしろそうなモノを見るような目で。
「な、何笑ってるのよ……」
花咲の隣にいた女子生徒が言った。
「いやーごめんねー、あんまりにも急過ぎてびっくりしちゃった、そっかそっか!花咲ちゃんとは中学違かったから知らないのか」
一体詩音は何を言っているんだ?私と中学が違うから知らない?なに?なんなの?そして、周りからのこの視線は何?
花咲は、花咲達を見ている視線から、ただ傍観者として見ている視線とは、違う何かを感じていた。それはまるで、集団で獲物狩るような視線だった。
「私ね実は中学の時、自分で言うのも恥ずかしいんだけど、中学の中ではカーストトップだったんだ?」
カーストトップ?詩音は何言っているんだ?
「だから友達がめちゃくちゃいてねー、なんなら今この体験入部にもたくさんいるよ?」
「え」
「分かる?私に入部するなって言うことは、ここにいる私の友達全員の反感を買うってこと。そんな中、部活やっていけると思う?」
罠にかかった動物を見るかのように、黒鐘は花咲のことを見ていた。
花咲達の周りには、何人もの女子生徒が集まっていた。
花咲は、心の底から後悔していた。詩音が、こんなにまですごい人になっていたとは。一体何が詩音をこんな人間にしたのか。
その理由はすぐにわかった。
「でも私は誰かが不幸になるのは嫌いだから、花咲ちゃんをいじめるなんてことは絶対にしない」
「え?」
「私を部活に入れさせたくないなら勝手にすればいい、まぁそれでも私は部活に入ると思うけどね、でも私から花咲ちゃんと友達に何かすることは無いから」
黒鐘は少し間を開けてから言った。
「私はただ、昔みたいに仲良く花咲ちゃんと演奏したい」
詩音ちゃん……そうか、単純なことだった。詩音ちゃんに友達が多い理由。それは優しさだ。ただ誰にでも優しくして、不幸を与えない。それだけなのだ。
「詩音ちゃん、ごめん。私、勝手に詩音ちゃんのことをライバル視して、こんなことも考えて」
花咲は、涙を流していた。
「いいよいいよ、私、なーんにも気にしてないから!さ!もう気にしないで昔みたいに一緒に演奏しよ!」
黒鐘は満面の笑みで花咲に言った。
「うん!」
何が起こったのか全く分かっていない仁は、ただただその様子をぼーっと眺めていた。
…………あれ?なんかいい感じな雰囲気になってるけど、解決したのか、な?よくわかんないけど、まぁよかった?
体験入部に来た生徒は、みんな楽器を持って、こちらへと戻ってきた。
やっと演奏するのか。全国常連校の吹奏楽部に入部する人達の演奏か、仕方ない、聞くか。
俺はそう思いながら、並んでいる生徒達を見た。
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