③ この結婚が既定路線でした。
あの日から、社交界はこの話題で持ちきりのようだ。
「あなたの遠隔通信魔法はすごいわね……」
現在、研究所のカフェでアンドレとランチタイム。
彼が私に預けたカーテンは、あの部屋で起きたすべてを捉え、王都中の透き通る鏡、池などの水面に、リアルタイムで映し出した。
つまりあそこで起きていたことは、王都中の人間が知ることになったのだ。どんな言い逃れもできやしない。
「まだ試作段階です。この魔具をもっとブラッシュアップして、いつか離れたところにいる人間同士が顔を見ながら会話できるようになるといいな」
「どんな天才よ……」
あと10年ほどで成し遂げてしまいそうだわ。
結局あの後、ふたりは口論の末、手が出そうになっていたので家来たちが取り押さえた。
そこから先が私にとっては重要で、まず私の家から正式に婚約破棄を通達した。あの映像が動かぬ証拠。めいっぱいの慰謝料を支払っていただく結果に。
ここまで大事になり、当然ニクラスは跡取りの座を追われ、弟君が領主の座に就くのだとか。私にはもはや関係のないことだが。
「さて。合格、いただけますか?」
ん? ああ、そうだった。課題の一環だったわね。
「そんなの当たり前じゃない。今となってはゴタゴタが片付いたことより、これから大躍進する魔具のスタートに立ち会わせてもらえたことが喜びよ!」
「とぼけてるんですか?」
「へ? ……えっ?」
身体がふわっと浮いた。転移魔法!?と思ったそばには、彼の両腕で抱き上げられていた。
「な、なに!?」
「午後はふたりで早退すると所長に話をつけてあります」
「ええっ!?」
でも午後の業務が! どこへ連れていかれるの!?
早急に馬車で連れてこられたのは。
「まさかの王宮……」
私は宮殿の入口でその荘厳な建築美をぽかんと眺めた。
「今から王陛下のところへ」
「!? ちょ、ちょっと待って!」
さすがに何の準備もなしに、王陛下??に謁見なんて大それたこと……。
まず王宮の応接間で話を聞くことに。
私の実家も侯爵の名に恥じない立派な応接間を持っているが、王宮のそれはやはり格が違う。
「アンドレ……あなたはいったい……」
彼は少しためらいがちに、身分を明かし始めた。
「僕は現王の甥にあたります。王位継承権は5位。まぁお鉢は回ってこないけれど」
なんと王家の方でした──! 高位貴族の私から見ても尋常でない高貴な容姿と立ち振る舞いは、国家最高権力者の血が成せる風貌でしたのね。ずっと研究室に籠っていて王家の方の顔を知らず、すみませんでした──!
そこで彼はさっと私の隣に来て。
「もうあなたは僕のものということで、対等な言葉で話をするね」
「ひゃ、ひゃぁい!」
変な声出た。
だって王家の人が、こんな顔近づけて、そんな陶酔した目で見つめてくるから……。
あら? 今、僕のものっておっしゃいました? ……待って!
「どうしてこうなったの!? ……なったんですか」
「だって、僕は合格しただろう?」
「ん?」
「あの魔法が成功したら、あなたの生涯のパートナーとして合格だって」
「そんなこと言ってません、その大事なところ言ってません!」
「あれ、おかしいな。映像見る?」
証拠品用意してる──! その上きっと改ざんしてる! この人絶対それくらいの魔力ある!
彼は小さなため息をついて、また目を細めて私を見た。そして手を取り、今度ははっきりと言葉にしたのだ。
「ずっとあなたを目標に走ってきた」
「?」
以前、会ったことあったかしら。
「幼い時、魔法に目覚めて夢中になっていた頃にね。屋敷で学習していたいのにパーティーに連れ出され、令嬢方とやれ会話だダンスだと延々せがまれ、よく抜け出して庭の池で水遊びしていた」
そこで私に出会ったと。私も同じような状況で、よく抜け出していたかな。
「あなたの見せてくれた水魔法に魅了されたんだ。清らかで、華やかで涼しくて。違う世界に連れていかれたような期待感、爽快感。夢のような一時だった。それから調べてあなたが王立学院の特待生だと知った。僕はずっとあなたを目指して自身の魔力を研磨して……」
私に刺激を受けて……。彼はそう熱く語った。
「ずっとあなたの背中を追いかけていた。やっと追いついたんだ。これからは並んで、手を繋いで、遠い未来へと共に歩いていきたい」
「そ、そんな……」
……熱のこもった目で言われて、断れる女性がいると思うの!?
「と、言いたいけれど」
「?」
彼はぐいっと顔を寄せてきた。
「しばらくは前でも未来でもなく、僕だけをまっすぐ見ていて」
お、押し倒っ……顔が近いです──! 笑顔が眩しいです──!!
side: アイノ 《新妻アイノの憂鬱な日常》
私は今、中流貴族の集まる晩餐会に出ているのだけど、居心地が悪いわ。私は元伯爵家令嬢、私がいちばん貴いのに。
例の話し合いの結末に、彼と大喧嘩して「もう別れる!」と叫んだはいいものの、翌日にはすべて人々に知られていて……。
両親に厳しく叱責され、しばらく謹慎処分になったのだけど、結局彼と結婚するしかなかったの。王都中の貴族に知られてしまって、ド田舎にでも行かないともう嫁ぎ先がないからって。
なのにニクラス様は私の夫になった途端、廃嫡の憂き目にあい追放は免れたものの、今ではレーヴ家のごくつぶし。彼の弟の婚約者から、私も一緒に邪魔者扱いされてて。私が弟の妻になりたいのに、婚約者の女のガードが固いの。私の方が若いのに……。
そういうわけで晩餐会に出ても、私のドレスがいちばん地味で居たたまれない。
「みなさま、アンドレ様とシルヴィア様のご婚礼、どういったお召し物で出席いたします?」
「聞いて。私はベージュのエンパイアドレスを仕立てましたの」
「あらいいですわねぇ」
えっ……。
「シルヴィア様って?」
まさか、あの……。
「それはもちろん、ハルネス侯爵家のシルヴィア様よ」
「あ。ねぇ、こちらの方は……」
「あ、あら、そうでしたわね。でも、あなたはあなたで今お幸せなのでしょう?」
「婚礼でのシルヴィア様、お美しいでしょうねぇ」
……なによそれ。王家の方に鞍替えですって? 年増のくせに!
ああ羨ましいわ!! 私も王家の方と結婚したい!!
私の夫はもう侯爵でも何でもないのだもの! 家では酒を呑んでいるばかり。だから酒太りしてしまって。それに最近では他の女と遊んでるみたい。
「あんなに仲良しだったのに。あんなにかっこよかったのに。どうしてこんなふうになってしまったのかしら!」
私の腰巾着、貧乏子爵家のマレーナには本音を見せてもかまわないので、彼女とふたりになってこの行き場のない感情をぶつけてみた。
「他人の婚約者だからよく見えていただけでしょう? これに懲りて、せいぜい旦那様を大事にすることね。あ、フランソン様だわ」
「あら、フランソン伯爵様、素敵な方よね」
「私の婚約者ですから」
「ええ!?」
いつの間に!? ……私の方が綺麗だし若いし、私の方がお似合いよね。
「あなたに奪われるようなことありはしないけど、私もこの春フランソン家に嫁ぎますし、もう子どもじみたあなたに付き合うのは御免ですから」
彼女は私に笑顔で手を振った。そして、
「どうせふたつしか違わない私のことを年増のくせにって思っているのでしょうけど、それならあなたもすぐに年増よ。残念でした」
ですって? なによその勝ち誇った顔!
ああっもう帰りたい!! けど帰りたくもない……。
~ FIN ~
最後までお読みくださいましてありがとうございました。
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