① 彼との出会いは職場でした。
「ニクラス様! 女性と遊ぶのはいい加減になさって!?」
今日という今日はもう頭にきた。今月に入って3度目の情報入手だ。
私の婚約者レーヴ侯爵家嫡男ニクラスが、女性を連れジョッキークラブの催しに参加していたと。そこで人目もはばからず懇ろにしていたと、私に同情する友人らが伝えてくれた。
「シルヴィア、私はまだ君と結婚していないよ? 挙式まであと三月。残りわずかな独身時代を謳歌させてくれ」
結婚したら改心して人が変わったようにおとなしくなるなんて、そんなことありえませんから!
「大体、君はもう24だ」
「だから何ですか?」
「君は王立学院で最高の成績をおさめ、議員らから嘱望され王立総合魔法研究所に進み、今や国中の期待を一身に集めるエリート研究者。しかしそのおかげですでに24」
「だからそれがなんなんですか?」
あなただってもう28でしょう!
「私にそんな生意気なクチ利いてもいいのか?」
「!」
もう貰い手ないだろって意味ですか!?
「私はね、愛情深い男なのだ。どんな女性も可愛がってあげたい。しかし、君がいちばん愛らしいよ。清楚でしなやかな体躯の君。この私が君の美貌を認め正妻の座に据えようとする事実を誇ってくれ」
「もう結構です!」
私は頬に寄せられた彼の指を振り払った。
結婚後、研究所に入り浸ってレーヴ家には帰りませんから!
どうせ親が無理やり決めた結婚だ。私はこの国の発展に生涯を捧げるとの覚悟で魔道研究の道に進んだのに。
「独身は外聞悪いから……。名ばかりの結婚でいいから……。子どもはちゃちゃっと産めば使用人が育てておくから……」
こんなこと言う家族親族なのだ。何を言っても無駄。耐えなくては……。
そんな頃、職場の研究所に新人がやってきた。
「この子も王立学院をトップの成績で卒業したんだ。鍛えがいがあるよシルヴィア君」
所長に紹介された新人・アンドレの顔を見て少々驚いた。希少なアメジストカラーの瞳。流水のような、うらやかな銀髪。これほど気高いのに親しみも感じる……。
以前見かけたことがある? こんな目立って綺麗な人、一度見たら忘れないか。ずっと研究で忙しくて社交界にも顔を出していなかったから、遠い昔にすれ違ったことがあるくらい?
「よろしく。あなたおいくつ?」
「18になりました」
卒業直後ね。6つ離れてるから学院でも在籍が被らなくて。
「シルヴィアさん、お噂はかねがね」
「噂?」
「ええ、非常に有能な女性が、この国の明日を牽引すると」
「大げさよ」
「僕も負けずに精進します。どうぞご指導ご鞭撻のほどを」
彼は深々と礼をした。直属の部下というのは初めてなので、私も身が引き締まる思いだ。
一月が経ち、私は実感する。彼・アンドレは天才だ。魔力量も知識量も、記憶力も器用さも、創意工夫も、これほどの人物を見たことがない。私も周囲には天才と揶揄されることあるけれど、そうではないから。
「天才、いいなぁ……」
こっそりつぶやいた。でも業務仲間とは張り合わない。協力スタイルでいく。
ああ、折角の才能なのだし、もっとベテラン勢の揃うチームに私が推薦するのはどうだろう? 彼の考えを探ってみようかな。
私は考えを話してみた。彼の実力を認めていること。そのうえで、私の下でより、もっと……。
「僕は、あなたと働きたい」
「え?」
「あなたの元で一月仕事させていただいて、勉強になることが非常に多くて。忙しいけれど充実した新生活でした」
「そ、そう」
「もっとあなたから学びたいのです。迷惑でなければ」
「迷惑なんて!」
彼はにっこりと笑った。笑い顔はまだまだ18の、少年から青年になったばかりの、可愛らしく屈託ない表情だった。
そして、あと一月で挙式という頃。
ここのところ婚約者の遊び目撃情報が飛び込んでこなくて、気が楽であった。しかしそれには、新たな火種がくすぶっていたのだ。
「シルヴィア!」
友人のアグレル公爵夫人カロラが私の職場にやってきた。
「どうしたの血相変えて」
「婚約破棄したって本当? 社交界でひどく噂になってるわよ!」
「え?」
彼女は私に捲し立てる。ニクラスの新しい相手、ルディーン伯爵家令嬢アイノが、「ニクラスが私を選んでシルヴィアとの婚約を破棄、来月の花嫁は私でーす」と吹聴してまわっていると……。ニクラスもなかなかの入れ込みようで彼女には逆らえないのだとか。
10も年下の女性相手に情けない。いや、10も下だからか。
さすがに私も気が動転して、友人カロラを止める気配りもできず。この部屋で業務を行っていたアンドレには聞き苦しい話を耳にさせてしまった。
「ありがとうカロラ。ルディーン伯爵家の方とは私からお話しさせてもらうわ」
「気を確かに。助けが必要なら言ってね」
彼女を見送るために、休憩時間にさせてもらった。
ご訪問くださいましてありがとうございます。
続けてお読みいただけましたら嬉しいです。