転結
「そういえば先日までの洲波氏を最後に目撃した人を確認していなかったのですが、どなたが最後ですか?」
洲波の部屋へ向かう廊下で亜録堂が質問を投げかけた。巳里尾は咳払いをしてから答える。
「洲波は私と栗見の三人で遅くまで飲んでいた」
「巳里尾氏の他に洲波氏を見た方は居ますか?」
目を細くしながら巳里尾を見た亜録堂はもう一度質問をした。
「洲波さまは見てませんが、洲波さまの部屋の前で扉を叩いていた栗見さまなら見ています」
蓮板が自信無さげに答えると、亜録堂の目が見開いた。
「本当ですか? 栗見さん?」
栗見はうなづいた。
「ええ。本当です。洲波の部屋から物音がしたのでずっと扉を叩いていたのです。結局洲波の声で大丈夫と聞こえたので眠ってしましましたが」
「ふーん」
亜録堂が納得できない様な声を出したころ、洲波の部屋についた。
室内は桜の花びらに溢れていた。窓は開きカーテンが揺れている。外から降り込んだ雨が室内を濡らし、散り始めた桜の花が部屋内に散らばるその真ん中で血に塗れた洲波が眠っていた。
「部屋は鍵が閉まっていた。俺は扉を壊して開けたんだ」
栗見はそう言って肩を落とした。
亜録堂はそんな部屋の中へずかずかと踏み入れると、地面へ這つくばった。
「それでは床を徹底的に舐めます。舐めるほどに見ていると見えてくるものがあります。例えばこの桜の花びらの下に隠れた床が焦げた跡」
「舐めるなって言ってるのに聞いてないな」
小峠の声は誰にも届かなかった。代わりに麻堕が亜録堂へ詰め寄る。
「洲波さまはヘビースモーカーだ。タバコの灰皿もひっくり返っていることだし、タバコの火がおちたんじゃないか?」
亜録堂は顎をさすりながら答えた。
「違いますね。灰皿から落ちたタバコの火であればこんなに広範囲に広がらない。壁まで焦がすほどの燃焼であれば、タバコの吸い殻を壁に押し付けない限りは起こり得ないでしょう?」
何かに気づいたようで亜録堂の動きが止まった。
「この桜の花びら、、、」
「どうしたの?」
何かを言おうとする亜録堂へ小峠が声を掛けた。気のない返事しか返ってこなかった。
「いえ、次は窓際を見ましょう」
揺れている焦げたカーテンの裏を亜録堂が開くと、木とロープで作られた何らかの装置が見えた。
「燃焼が不足していたようですね。カーテンの裏に木材とロープが残っています。本来完全燃焼させることで犯行の痕跡を全て焼き尽くすつもりだったようですが、雨が降っていたことで湿気てしまったのでしょう」
「密室殺人の舞台装置ですか。面白くなってきましたね」
巳里尾の問いに亜録堂は首を傾げた。
「そうですか?私にはわかりません。次は遺体を舐めます」
「遺体の指や顔を舐めとります。毒物による殺害であればここで大体わかりますが、、、違いそうですね」
うえ。小峠は嗚咽を抑えた。おじさんが死んだおじさんの手を舐めているのだから18禁だ。
「遺体に刺さった斧を確認しましょう。大きい斧ですね。この斧なら自由落下させても威力はあるでしょう」
「この斧は長いこと外に置いてあったわけでは無さそうですね。ロープの湿気具合を見ると、夜間半に雨が小降りになった頃に設置されたのでは無いでしょうか?」
亜録堂は遺体に背を向けると窓の外へ向き直った。
「次は屋根を舐めます。綺麗な桜の木ですね。舐めても良いですか?」
亜録堂の言葉に蓮板は悲鳴を上げた。
「やめてください。枯れます」
「そうですか。残念です。屋根には何も無さそうですね」
「最後に扉を舐めます」
亜録堂の言葉に小峠が止めに入る。扉を舐められると大変なことになる。後々誰かがそのトラップに引っ掛かる。
「扉は鍵が掛かっていましたよ」
「鍵はわかるのですが、、、ああやっぱり鍵は掛かって居ますね」
亜録堂はまた考える仕草をするとボソッとつぶやいた。
「ふう。一通り舐め回せたと思いますので、事件を解明します。皆さま食堂へお集まりください」
全員が食堂の椅子に座ると亜録堂は話し始めた。
「まず、桜の木の下に落ちていた蝋燭。この蝋燭にはマグネシウムリボンが混ぜてあります。マグネシウムリボンは蝋燭が中間まで燃焼した際、マグネシウムリボンに着火、煌々と燃え広がるようになって居ます」
「また、足元に散らばるこの花びら、何枚かは窓を開けて居たことで入ってきた花びらですが、残りはジェット燃料が塗布されて居ます。多分犯罪の証拠を隠滅するために焼却用の材料として用意したのでしょう。ジェット燃料は引火点が38℃と低く着火しやすいものとなっています」
「さて問題です。足元にはジェット燃料漬けの桜、手元にはマグネシウムリボンで燃えている蝋燭。あなたならどうしますか?」
亜録堂の問いに小峠が答えた。
「蝋燭を廊下か窓に捨てる?」
「正解です。ちなみに窓には舞台装置が残っています。この斧です。この斧は窓を開けた際に斧が開けた本人の胸部に当たるよう調整されていました。つまり、この殺人はこのように成されたのです」
なるほど。その理論で言えば確かに密室は作ることができるが、、、。小峠は疑問を口にした。
「だけど作った本人であれば洲波氏は回避できたはず。何故死んでいるのですか? 自分で舞台装置を作って自分で死んだようにも見えるではないですか?」
「それを解説するにはまず洲波氏の計画を語る必要があります。洲波氏は殺人の計画を立てていました。彼の考えはこうです。洲波氏は巳里尾氏を自分の部屋に招きます。洲波氏が用事を思い出し部屋を出ると、部屋の蝋燭が燃えます。足元に散らばった桜は蝋燭の炎で着火。部屋は火の海となります。火の海となった部屋から出ようとする巳里尾氏は入り口へ逃げようとしますが、そこには巳里尾氏を心配したように見せかけた洲波氏が待ち構えています。巳里尾氏は窓から逃げるしかなく、斧で胸をつかれ死んでしまうでしょう」
「なんでわしが殺されねばならんのだ?」
「それは後々お話しします」
亜録堂は、戦慄した巳里尾を諌めた。
「ならば、ミイラ取りがミイラになった訳か。話は終わりだな」
栗見は納得した様にうなづいたが、亜録堂はそれを遮るように笑った。
「ところが残念。洲波氏はもう一人別の人物と殺人を企てていたと思います。しかしながら、もう一人の人物は、舞台装置が完成した後マグネシウムリボン入りの蝋燭を仕掛け、洲波氏を先ほどの要領で殺そうとしたのです」
「それができる人物は夜中に洲波氏の部屋で物音がしたと、扉を叩き続けていた栗見氏です」
「あなたは洲波氏と殺人の舞台装置を作った後、洲波氏に脅しをかけ、部屋から出た後永遠と扉を叩き続けていたのです」
「はめられたことに気付いた洲波氏は最期に出来るだけ証拠が残るようマグネシウムリボン入りの蝋燭を外へ投げ、自らは死を選んだのです」
栗見は静かに亜録堂の言葉を聞いていたが、ニヤッと笑った。
「私が怪しいと思う証拠は何ですか?」
栗見の言葉を聞くと亜録堂は笑い出した。
「あなた。理央夫人と不倫されてますよね?」
瞬間、巳里尾と理央夫人そして栗見が苦い顔をした。
「強いて言うなら理央夫人は栗見氏だけでなく洲波さんとも不倫されていたと思います。だから洲波氏と巳里尾氏を殺して、理央夫人を自分のものにしようとしたんですよね?」
栗見はその言葉を聞くと自分の罪を認めた。
洲波氏と巳里尾殺害を企てたこと。
洲波氏も理央夫人を独占したくて殺人を犯そうとしていたことに気づいたこと。
巳里尾より先に洲波氏を殺そうと考えたこと。
小峠にはそんな綺麗な人に見えない理央夫人がモテることが意外であった。
とはいえ、一番問題となることは。
「お前まだ不倫している男がいるのか!?」
「文句あるの!?」
巳里尾氏と理央夫人の夫婦喧嘩を警察が来るまで聞かなければならないことだろうか?
根上巳里尾→巳里尾根上→ミリオネア→金持ち
蓮板東→ハズバンド→主人、オーナー
栗見鳴尾→クリミナル→殺人鬼
亜録堂流無→アロックドルーム→密室
麻堕英嗣→マーダー→殺人鬼
根上理央→ビリオネア→金持ち
洲波意次→スファー→被害者