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起承

「キャー」


 けたたましい悲鳴が聞こえて来たのは、小峠が洋館に到着し一晩を明かした朝のことだった。


 季節の変わり目は天気が変わりやすいとはよく言ったもので、小峠は〇〇村へ向かう道すがら、雨に降られ、付近にあった洋館に身を寄せていた。


 洋館には小峠の他に6人の男女がおり、そのうちの誰かが叫び声を上げたのだろうと想像できた。


「小峠さん。開けてください。ご無事ですか!?」


 小峠が借りた寝室の扉がしきりに叩かれ、鍵の掛かったドアノブがガチャガチャと動いた。


 小峠は起き抜けの重い体を引き摺ると、打撃音の鳴りやまない扉の前へ移動し、扉から少し離れた位置で鍵を開けた。


 寝室の扉は勢いよく開け放たれ、息も絶え絶えに額に汗をかいた男が部屋の中へ前のめりに倒れ込んでくる。プギィと大きな声を上げて痛みに悶えたこの男性はこの館の主人である蓮板はすいたあずまであった。


「いてて。開けるなら開けると言ってください。体を打ち付けてしまったじゃないですか」


 小峠は努めて明るい笑顔で返した。


「ごめんなさい。突然だったので、何かあったんですか?」


「ああ!! そうだった。小峠さま食堂へお越しください。殺人事件が起きたのです」


 記事のネタになるかな? 小峠は寝起きでボンヤリとした頭で蓮板はすいたの声を聞いていた。


 小峠が蓮板はすいたに促され食堂へ降りると宿泊していた客達が長机に並んで座りながら談笑していた。


「全く、たまたま宿泊しただけだというのになんたることだ。警察はいつごろ来るのかね」


 根上ねがみ巳里尾みりおはそう言いながら忌々しげに葉巻の煙を吐いた。小太りの体に合わされた丸々としたタキシードと強烈な香水の匂い。口元に蓄えた『ハ』の字形の髭を指で整えている姿はアメリカ人を真似ようと背伸びした道化のようにもみえた。


「まあまあ、落ち着いて下さいよ。こんな山の中じゃ警察どころか猟師も来ませんよ」


 根上ねがみの吐いた煙に少し咳き込みながら栗見くりみ鳴尾なるおは笑った。すらっとした体型に合わされた皺一つ無いタキシード。ポマードで固めた長い前髪を気にするように撫で付けるナイスミドルであった。


「本当に野蛮で仕方ないわ。こんな館に泊まったとあっては、社交界で笑われてしまうことよ」


 根上ねがみ理央りおはそう言いながら棒切れのように細い手指で摘んだティーカップを机に置いた。病的なまでに白い肌とそれよりも白いドレス。表情が殆ど見えなくなるほどの厚い化粧で隠れなかった切長の眼は静かに小峠を捉えていた。


「あはは。奥さんそんなことありませんよ。奥さんの顔の方が面白いですから」


 棒切れのように細い根上ねがみ理央りおの体をへし折るように背中をバンバン叩いていたのは亜録堂あろくどう流無るむだった。ボサボサの髪にツギハギだらけのズボンとサイズ感の合わない半纏。目と口がくっついてしまうほどに屈託ない笑顔を浮かべるさまはタンバリンを叩く猿のオモチャを思い出させた。


「下賎な者とは口を聞きませんことよ」


 理央りおは高い鼻を突き出すと、フンと笑って見せた


「・・・君は礼儀というものがなっていないようだね。殺人事件が起きたのだよ。少しは口をつぐんだらどうかね?」


 隈によって際立った目をギョロつかせながら麻堕まだ英嗣ひでつぐは顎をしゃくった。皺一つ無い燕尾服に皺だらけの顔。丁寧に整えられた服装と髪型に一切の乱れはなく、病的なまでの潔癖さを窺わせた。


「あはは。礼儀じゃ飯は食えませんぜ。旦那」


 亜録堂あろくどうは弓なりに曲がった目を開くと、笑っていない氷のような目で麻堕まだを見返した。麻堕まだは眉根をピクリと振るわせると亜録堂あろくどうの肩から手を離した。


「・・・皆さま殺人事件があったところでピリピリとしてしまうことはわかりますが、出来れば警察が来るまでの間の辛抱ですので、出来うる限り喧嘩は避けるようお願いします」


 蓮板はすいたあずまは張り出した腹部を押し込むようにそう言って一礼した。額からとめどなく流れる汗を拭い、少し離れたところからでも熱気が見えるほど暑苦しさに溢れた男であった。


「全員が集まったようですね。それでは、始めましょうか」


 そう言って亜録堂あろくどうは立ち上がった。


「今回殺されたのは洲波すわ意次おきつぐさんです。洲波すわ巳里尾みりおさんの連れですか?」


 亜録堂あろくどうの言葉に巳里尾みりおは苦虫を噛み潰したような表情をした。


「ああ。そうだ。私の友人だ。私と栗見くりみ洲波すわの三人でゴルフへ行くところだったんだ。なんだ私を疑っているのか? 私では無いぞ」


 顔色の悪くなる巳里尾みりお亜録堂あろくどうが続ける。


根上ねがみ理央りお麻堕まだ英嗣ひでつぐは?」


 興味を失った顔をしている理央りおに目配せしてから、麻堕まだはおずおずと答えた。


「私がお答えします。隣町には香水専門店も開店したそうで、巳里尾みりおさまが隣町に行くのであればと理央りおさまと私も付いてきた訳でございます」


「ほーん。そうなんだ」


 亜録堂あろくどうは品定めをするように全員の表情を見ていた。


「なあ、洲波すわはどんな風に殺されていたんだ?」


 重い空気を破るように栗見くりみはそう言うと、客を睨んでいる亜録堂あろくどうに代わって、蓮板はすいたが答えた。


「客室の窓が開け放たれ、柄をロープで結んだ斧で胸を突かれて死んでいました。部屋の鍵は閉まっており、完全に密室だったものと思われます。第一発見者は理央りお夫人でした」


 ビクリ。理央りお夫人は肩を震わせた。死体を思い出したんだろうか? 小峠は疑問に思いながらもおずおずと口を開いた。


「密室殺人ということですか?」


 小峠の言葉に亜録堂あろくどうは首をグルリと回した。


「密室とはどういうことですか?」


 亜録堂あろくどうは何を言い出したのだろうか? 小峠は密室とはを語ることにした。


「密室は誰も入る隙間のない空間で行われた殺人だと思います。今回は窓が空いていたそうですが、この屋根の急斜面では洲波すわを殺す前に犯人自身落下してしまうと思われます。つまり密室で行われた完全犯罪と呼んでも過言ではないと思います」


 亜録堂あろくどうは自分の肩を抱く様な仕草をすると恍惚の表情をした。


「密室の説明をありがとう。だけど、この世に密室なんて存在しない事はご存知ですか? 本当の密室とは空気の穴一つ無いような空間のことです。しかしながら、今回は窓が空いていたので密室ではありません」


 いきなり流暢に話し出す亜録堂あろくどうに全員が唖然とした表情をした。


「あえていうならこの密室探偵には窓が空いているだけ、今回の事件を調べる事は容易いです」


 密室探偵と亜録堂あろくどうが口にした瞬間、麻堕まだは椅子から立ち上がった。


「君があの有名な密室探偵!?」


「知っているのか!? 麻堕まだ


 目を見開く巳里尾みりお麻堕まだは静かにうなづいた。


「ええ。密室で迷宮入りしそうな犯罪を現場を舐め回すことで解決する猟奇的探偵。彼が捜査した事件の殆どは彼が解決するものの、唾液や指紋をベトベトにすることから警察から煙たがれているただの変態。それが密室探偵です」


 空気が凍るとはこの事を言うのだろう。熱く語る麻堕まだに小峠はついて行けず眩暈がした。麻堕まだの言葉に亜録堂あろくどうは少し悲しい顔をした。


「そうです。変態です。ではどのように密室を調べるかですが、、、先ずは部屋の床を舐めます」


「いや警察に任せろよ」


 小峠は言葉を隠せなかった。


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