悪夢と出会い
小説のリハビリかねて前から書きたかったホラーやってこうと思います。
無双ものではないので、時折後味がわるいかもしれません。そこ含めて楽しんでいってください。
最後に安眠したのは何歳のころだろう。
コンクリートの地面から生える無数の白い手に服をひっぱられながら、そう思う。
ここは俺の夢の中だ。現実でこんな手があったら大事件だし、そもそも車に轢かれて辺りはグロ画像になってるだろう。これに骨とか肉とかあるのかは知らないけど。
だから服をひっぱられたり、空を飛んでる人面の鳥にケタケタ笑われたりしても、俺が安らかに眠れないだけで世間は今日も平和に回っている。
何年もこんな夢を見続けてノイローゼになっていない自分を褒めつつ、ふと視界の端によぎった黒い塊を見る。
あぁ、あれはいけない。
あれが実際に白いのか黒いのか青いのか赤いのか、はたまた極彩色なのかは知らないが、あそこまで濃いと日常に侵蝕してくるだろう。
この場所は、近所のアパートか。
とはいえこんなの所詮は夢の話。アパートの住民に知らせる義理はないし、言っても狂人扱いされるのが関の山。不審者として通報されなければ御の字だろう。
だから、起きたら忘れてしまえばいい。
そう思っていると、アパートの一室の扉が開き、人が出てくる。
驚いた。俺の夢は基本的に奇妙奇天烈な存在ばかりが出てくるから、こうもまともな人は初めてだ。
まともと言っても全身が黒いシルエットなんだが、この濃さはきっと現実にいる人間か、それに近い何かだろう。
それがアパートを覆っている黒い塊に驚いたかのようにビクリと肩を跳ねさせ、次いでこちらを見てまた驚いた。
何だか知らないが厄介ごとに絡まれる前に逃げよう。
ピピピピピっと甲高い電子音を鳴らすスマホを止める。
目覚めたのは6畳一間の万年床。目覚ましアプリを止めながらそのままスマホを見ていると、近場のアパートで住民が怪死したという事件がニュースアプリに流れてくる。
いつものことだ。ああいう濃いのを夢で見ると、現実のその場所で何かが起きる。
不気味で嫌な夢だと思いながら、俺自身はそこを避けて生活していれば厄介ごとに巻き込まれないので便利な夢だと思うのはわがままだろうか。
そうしていつも通り、朝からバイトへ出かけた。
いつも通りの日常を過ごし、その帰り道、背後から服のすそを掴まれる。
夢の中で白い手に捕まれたことを思い出し、ゆっくりと振り返るとその手は白かった。
白かったが、まだ人間の美白で済まされる白さだった。
掴んでいたのは少女だ。前髪は目が見えるかどうかのラインで切りそろえられた黒髪で全体的にはセミロング。ジトーっという擬音がマッチする完璧なジト目でこちらを見上げてくる。来ている制服からして、高校生だろう。
「あなた、見捨てたでしょう」
「……何の話かわからない、離してくれないか?」
「うちのアパートの人、見捨てたよね?」
あぁ、いつもの日常が恋しい。