第8話 第一段階修了
目の前にいるのは大型の魔物、オーガだ。
ゴブリンよりも素早く、オークよりも力が強い。
その手に持つ獲物は棍棒だが、当たれば一撃必殺だろう。
「まあ、当たればだけどね」
アリアが言った。その視線の先では、シオンがオーガの攻撃をひらりひらりと避け続けていた。
すでに千を超える攻撃を避け続けている。
オーガはゴブリンと違って武器に振り回されることは無い。連続して攻撃する事も出来て、他の魔物とは一線を画す。
崖に落とされ、川に流され、ゴブリンと戦闘をしたあの日から一週間が経っていた。
十種を超える魔物との戦闘を繰り返し、シオンの回避技術は一定のレベルを超えていた。
オーガ程度の単調な攻撃ならば、難なく避けれる程に。
アリアもこれ以上の魔物との戦闘は無駄だと判断し、即座にオーガを斬殺した。
オーガは灰となり、魔物の核となる魔石が落ちた。この魔石が魔物を倒した証明になるので、アリアは魔石を拾いながら言った。
「ひとまず、第一段階は終わりだよ。シオン」
「は、はい! アリア師匠!」
「さて、ここから街まで走って帰るよ」
「え、走って……?」
「ほら、行くよ!」
「え、ちょ、ええっ!?」
有無を言わせずに走り出すアリア。
慌てて後を追うシオン。
前に走った時と違ったのは、シオンの体力だった。
魔物の攻撃を避け続けた事で、かなりの体力が付いた。
前回と全く同じペースでアリアが走っても、シオンが息切れる事は無かった。
八時間経って、騎士団の本部まで戻って来た。
ちょうど訓練中だったのか、騎士団本部の庭にも当たる第一演習場で多くの騎士団が剣を振るっていた。
「「「お疲れ様です! アリア団長!」」」
アリアが来たことに気が付いて、訓練中だった騎士達が一斉に頭を下げた。
百人を超える騎士が声を揃える様は圧巻で、シオンは圧倒された。
と思ったら、すぐ隣から雷が落ちた。
「訓練中に余計なことしない! 罰として腕立て百回追加!」
「は、はい!!」
いつの間にかシオン達の隣に来ていた鬼教官、フルビアが騎士達を叱った。いかに上官が現れたからと言って、訓練を途中で中断する必要は無いと言う事だろう。
しかし、これは
「おかえりなさい、団長」
「お疲れ様、フルビア」
「全くよ。貴女がいないせいで、団長と副団長の業務を両方とも私がやる羽目になったんだから」
フルビアの悲痛に「あはは……」とアリアは苦笑いで返した。
徹夜しているのか、フルビアの目の下に隈ができている。相当お疲れみたいだ。
「それで、今日は何をしに来たの?」
「ん? ああ、そうね、誰にしようかな……。アレックス!」
フルビアの問いに一瞬口ごもりながら、アリアは名前を呼んだ。
すると腕立て伏せ中だった騎士の中から、一人が立ち上がりこちらまで駆け寄って来た。
見覚えのある騎士、先日の門番をしていた青年騎士だった。
「アレックス・ラインドル参りました!」
訓練中だったからか上裸の青年騎士、アレックスは団長と副団長に対して、ビシッと敬礼した。
「アレックスにはこれから我が弟子、シオンの組手相手をしてもらう」
「えっ、」
「何か質問があるの?」
「いえ、ありません!」
「そっか」
アレックスは一瞬戸惑っていたが、すぐに敬礼して了承の意を示した。
準備をして来ます、とアリアの許可を取って、どこかに去って行った。
続けてアリアはシオンに向き合った。
その視線が真剣なものだったので、シオンも息を飲んで、話を聞いた。
「シオン。君は魔物との訓練で、修行の第一段階を修了したよ。でも、修行はこれからが本番だからね」
「は、はい!」
「魔物には無い、人間だけが持つ力は何だと思う?」
「えっと……」
中々シオンが答えが出てこないでいると、アリアから答えを告げられた。
「それはね、技と駆け引きだよ」
技と駆け引き、とシオンは復唱した。
「技も駆け引きも魔物には無い技術だよ。幸いな事に、ここには技と駆け引きなら何千何万も訓練して来た騎士が沢山いる。ここで技と駆け引きを学びなさい」
シオンは師匠の指令を一言一句、聞き逃さ無かった。
この一週間でシオンは確かな自信を得ていた。それは自分自身に対してでは無く、努力は決して裏切らないという事だ。
これからやる訓練でも、いずれは努力は必ず結ばれる。
「まあ、私が見ててあげるから安心してーーーー」
「え?」
「団長が団長の仕事をするのは当たり前でしょう? 安心しなさい、シオン君の訓練は私が見てあげるから」
「ええぇぇ! シ、シオンーー!!」
そのままアリアはフルビアによって、ズルズルと本部の中まで引き摺られて行った。
流石にシオンもアリアの騎士団の仕事を休んでもらって、一週間もマンツーマンで指導して貰っていたので、ここでフルビアに「やめて下さい」とは言えなかった。