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第7話 VS魔物(棍棒ゴブリン)


 シオンは崖を登り、再び森の中に戻って来た。


 そこにはさっきまでは無かった拓けた土地があった。どこか焦げ臭い匂いがするのは気のせいだろう。


 しかし、その拓けた土地はアリアによって切り倒された木でリングが造られていた。これから誰かが闘うようにして。


 その中央に、シオンはぽつりと立っていた。


「はあ。アリア師匠はどこかに行っちゃうし、僕はここで何をすれば……」


 風邪引くといけないから服を乾かしておくように、と言われたから、上着を脱いで乾かしているけれど。

 

 少し待つとアリアが、暴れる何かを閉じ込めた麻袋を携えて帰って来た。


「ただいま、シオン」

「あっ、おかえりなさい、アリア師匠。……それ、何ですか?」

「ああ。これ?」




 気になる麻袋の中身、それはゴブリンだった。


 ゴブリンは低級の魔物だ。

 緑色の体色で醜悪な面をしている。身長は人間の腰くらいの高さで、六十センチから八十センチくらいがほとんどだ。

 弱い魔物だが、その脅威は数だ。繁殖力が高く、人間の女を攫ったりして子供を産ませる。性格は凶暴で巣の近くに人が通りかかって襲われるケースが多々ある。

 アリアが連れてきたゴブリンは一体だけだったが、その手には頭を殴られれば気絶は必死であろう大きさの棍棒を握っていた。


 急にこんな場所に連れられて怒っているのか、その目は血走り今にも突撃して来そうだ。

 それをしないのはこの場に絶対強者アリアがいるからで、勝手に動けば殺されるという、生物的な本能がゴブリンに警告していたからだ。


「さて。シオンには、これからこのゴブリンと戦ってもらう」

「闘うって、僕だって学院の一員です! ゴブリンくらいなら簡単に倒せますよ!」

「ふむ。確かにそうだな、っと」

「痛ッ! アッ、アアアアァァ!?」


 シオンは仮にも、英雄候補が集まる学院の生徒である。その実力が最下位だからと言っても、最弱の種族に数えられるゴブリン程度には難なく勝てる実力はシオンにはあった。


 しかし、ならば同じレベルまで落とせば良い。


 アリアの野生的な指導理論によって、次の瞬間にはシオンの左足は折られていた。


「グゥ、アアアアアアァッ!!」

「これで同レベルだ。いや、それでもシオンの方が上だろうから、ゴブリンには棍棒を持たせた。それじゃあ、頑張ってね」


 痛みのあまりにみっともなく悲鳴を上げ、のたうち回るシオンを後目に見ながらアリアは言った。


 脅威的な跳躍力でアリアが去った後、その場は時が止まった様に静かになった。


 シオンは痛みで言葉を発せず、苦悶の表情でゴブリンの動向を見守った。





 そのゴブリンは群れでも目立つ存在では無かった。

 強くもなく、弱くもなく、捕まえた雌を自由にできる権利もあった。

 ある程度は満足している生活だった。

 

 しかし、ある時、厄災が舞い降りた。


 真っ赤な髪と目をしたその雌は、一目で極上の雌だと分かる。


 あれを堪能したい。


 ゴブリンとしての欲望がそう言うが、それ以上に生物としての生存本能が、あの雌の危険度を警告して来た。


 ゴブリンは直感的に頭を下げた。

 頭を垂れた訳では無い。

 それは回避だった。


 結果的にいうと、そのゴブリンは生き残った。


 群れは滅殺され、巣も焼かれ、ゴブリンの上位種も簡単に殺された。

 巣の中から孕み袋にしていた雌が、どこからか現れた人間の雄達に連れて行かれた。


 真っ赤な髪の雌、いや、強者はゴブリンの前に立った。


 全力で気配を隠していたが、気付かれていた。


 ゴブリンが死を覚悟した次の瞬間、麻袋に閉じ込められた。


 何がされるか分からないゴブリンは暴れたが、ほんの少しして暗闇から解放される。


 目の前にいたのは人間の雄、しかし子供だ。

 

 しかし、ここでもゴブリンは生物的な本能が、自分のこの人間の雄との戦力差を見抜いた。


 勝てない、と。


「アッ、アアアアァァ!?」


 しかし、次の瞬間には不思議な事が起こった。


 強者が子供の足を砕いたのだ。


 子供の悲鳴が森中に響き渡る。


 強者は子供に何かを告げるとどこかに去って行った。


 ここに残ったのは自分と、足の折れた人間の子供のみ。


 いや、ゴブリンと獲物だけだ。


 ゴブリンは獲物を食らうために、咆哮した。






 やばいやばいやばいやばいっ!


 シオンの頭の中は恐怖でいっぱいだった。


 折れてまともに動かない足を引き摺って、精一杯逃げる。


「ギャルゥ!」

「クッ!」


 ゴブリンの振り回す棍棒を転がりながらも何とか避けた。


 今回、シオンはゴブリンのお陰で何とか生きている。


 それは、ゴブリンが持つ棍棒が大き過ぎるのだ。そのせいで棍棒にゴブリンが振り回される形になり、攻撃が連続してやって来ることが無い。だから一撃を避ければ良いのだが、その一撃が相当な威力を持っていた。


 今、避けた一撃もゴブリンが精一杯振りかぶって振った一撃で地面にめり込み、その衝撃で土煙が昇っていた。


 左足が折れて踏ん張りが効かない。

 正直、いつ限界が来てもおかしく無かった。


 このまま死ぬのか?

 そんなの嫌だ。まだ死にたくない。


 限りなく不可能に近いって分かっているけれど、アルロに勝ちたい。


 まだ死ねない。

 死んでたまるか。


 じゃあどうする?


「避け続ける」


 例え足が折れ、激痛が走っていようとも。


 ふう、と深く息を吐いた。

 視覚、聴覚、五感全てをゴブリンの一挙手一投足から、次の動きを予想し、組み立て、自分が次にどう動くかを予測する。

 

 ゴブリンが棍棒を振るった。

 大振りだ、あれじゃあ攻撃の軌道は変えられない。


 シオンは足をほぼ動かさずに、上半身だけで仰反る様に避けた。


 足から伝わる激痛がシオンの思考を加速させる。


 ゴブリンが棍棒の先をシオンに向けて構え、突進した。それに対してシオンは左足を浮かせて右足でステップを踏み、流れる様に避けた。


 そこから先はあまり覚えていない。


 ただーーーー。





 避ける。

 避ける。

 避ける。

 避ける。

 避ける。

 避ける。

 避ける。

 避ける。

 避ける。

 避ける。

 避ける。

 避ける。

 避ける。

 避ける。

 避ける。






 シオンはゴブリンの攻撃を避け続けた。

 いつしか陽が落ち、辺りは真っ暗になっていた。

 

 シオンもゴブリンも息も絶え絶えで、次が最後の攻防になる事を、お互いが察知していた。


 睨み合い、互いに動きを伺う。


 ゴブリンが最後に選んだのは、大振りの一撃だった。動きが読み易く、これまでもシオンに簡単に避けられて来た攻撃。

 ゴブリンがそれを選択したのは本能的なものだったとしか言いようがない。


 しかし、その選択は正解だった。


 最早、シオンの体力は限界だ。痛みによって意識を保つにも限界があり、すでに気絶寸前でもある。


 足が動かない。

 上半身も動かない。

 身体が鉛のように重たい。


 これほど長く集中し、命の危険を感じたのはシオンにとって初めての経験だった。


 シオンの肉体には疲れが蓄積され、いつ倒れてもおかしくない状態だ。


 これから身体を動かすのは不可能ーーーー。


「ッテっアアアアアア!!」


 だが、シオンの身体は動いた。


 ゴブリンの攻撃に反応し、痛む左足で踏み込んで、ゴブリンの一撃を避けたのだ。


 それと同時に左足から奔る激痛。

 シオンは意識を保ち切れず、顔面から地面に倒れ込んだ。









 シオンは目を覚ますとバチバチッと何かが弾ける音がした。それが焚き火による音だと気がつくのに、そう長くは時間は掛からなかった。


「アリア師匠」

「おはよう、シオン。よく頑張ったね」


 アリアは優しく、シオンに微笑んだ。

 その笑みだけで身体の疲労が取れた様だ。


 アリアは焚き火の上で巨大な猪を丸焼きにしていた。ジューシーな香りが漂って来て、それを嗅いだだけで腹の虫が鳴った。

 派手に音が鳴ったのでシオンは頬を赤く染め、逆にアリアはくすくすと笑いながら「それだけ元気なら大丈夫そうだね」と喜んだ。


 肉を切り分けて、シオンに渡す。


「「いただきます」」


 二人で手を合わせて、食べ始めた。


 今日一日で色々あった。

 崖に落ちて、川に流されて、ゴブリンに殺されかけて。

 とんでもなく疲れていたけれど、肉を食べると不思議と元気になった。


「足、大丈夫?」

「え? あ、はい、痛みも無くて……。あれ、というか、治ってる?」

「ああ、完全回復薬フル・ポーション使ったから」

「ぶふっ!!」


 完全回復薬フル・ポーション

 一言で言えば、部位欠損や骨折まで完治させてしまう回復薬だ。一つで1000万ゴルドはくだらないって聞いた事があった。


 そんなものが僕に使われていたなんて、何で言えば良いのか。と唸っているとアリアから「いいから気にしないの。これも師匠の仕事だよ」と言って納得させられた。


 それから肉を食べ終わり、ひと段落ついた頃、アリアが言った。


「明日からも魔物との戦闘を続けるよ」


 やっぱり。


「あまり驚かないんだね」

「まあ、はい」

「私、今日結構酷いことしたと思うんだけどな」

「そうですか?」

「そうだよ」

「あんまり気にしませんよ。だって、アリア師匠が僕のことを考えてくれているのは、凄くわかりますから」


 シオンからそんな事を言われると思っていなかったのか、アリアがぱちくりと目を瞬きさせた。


 しかし、よく考えればアリアはシオンの事を第一に考えてくれている。


 そもそもシオンは赤の他人で、騎士団の団長としての仕事の方が圧倒的に大事だし、修行に付き合う事なんて無いのだ。


 それでも修行を付けてくれているし、話す時は真っ直ぐに目を見て話してくれる。

 

 見下したり、蔑んだりはしない。

 対等に人間として話してくれる。


 さっき目を覚ました時だって、アリアから安堵の溜め息が漏れたのだって、シオンは聞き逃さなかった。


 だからシオンはアリアを信用する。

 もうこの人以外に師匠をされるのは絶対に嫌だった。


 と、次の瞬間。

 目にも止まらぬ速度でシオンの後ろにやって来たアリアが、シオンに抱き着いた。


「可愛いやつめぇ! うりうり〜!」

「あ、ちょ、アリア師匠!?」


 アリアはシオンの脇腹をくすぐり、楽しそうに笑った。


 

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