第6話 ぼんやりとした至高の領域
「っ!!」
瞬間、覚醒。
シオンは危険を感じ取り、すぐさまその場所から転がった。
次の瞬間にはシオンがいた場所で何かが爆発した。あのまま寝ていたら、シオンの身体に風穴が空いていただろう。
時間にして、シオンが気を失っていたのは三十秒にも満たないと思う。
けほけほっ、と咳き込みながら、シオンはそれを投げた人物を見た。
「良い感じよ、シオン」
「……何の、つもり、ですか、アリア師匠?」
アリアは不敵に笑いながら、手の中で石ころをじゃらじゃらと弄んでいた。
落ち着いて周りを見てみると、暗かった。周囲は高い岩壁に覆われ、僅かに入る太陽の光があんなにも遠い。シオンにはよくは見えないが水が流れる音が聞こえるので、ここは川のすぐ近くなのだろう。
シオンがアリアを目視出来たのは、不思議と太陽の光がスポットライトとなって、シオンとアリアの二人を照らしているからだ。
「これは修行だよ」
また、石を投げた。
目にも止まらぬ速度だが、薄皮一枚を掠めてシオンの後ろに激突した。
その速度と何も出来なかった自分。
シオンはただ呆然としてアリアを見ている。
微かに聞こえた「……流石にまだ会得は出来なかったか」と言う呟きも、すぐにシオンの脳内から排出された。
「さっきからやっているのは、人間の本能的な危機感を煽る為のものだよ」
言いながら、アリアは石を全て手から落とした。
「ハッキリ言おうか、シオン。君は凡人だ」
「……っ!」
「あの学院は天才が集う場所。この時期まで残っている生徒は、紛れもない天才達だろう。シオンが付け焼き刃の剣技で叶う相手では無いと思うよ」
厳しい指摘だった。
だが、シオンにとっては図星もいいところだ。
天才と凡人の差。
凡人が一歩進むところを、天才は四歩も五歩も進んでしまう。
追い付ける訳がないんだ。
普通のやり方なら。
「だから、この一ヶ月間の全てをシオンの回避術に費やす」
アリアはシオンの目を真っ直ぐに見て、そう言った。真紅の瞳には、天才と凡人の差への諦めなんて一切写っていなかった。そこにあるのは希望。ただそれだけだ。
「これからシオンには、色々な恐怖を体験してもらう。そして、見てもらう」
恐怖を体験する?
それに何の意味があるんだ?
嫌な記憶が蘇ってくる。
『臆病者め』
『腰抜け』
『意気地なしが』
シオンは拳をぎりっ、と握った。
「シオンは崖に落ちた時と溺れた時にどんなことを感じた?」
「それは……。とても、怖かったです。死ぬかと思いました」
「うん。それで良いと思うよ」
「っ、でも、怖がってちゃいけないんじゃ無いんですか!?」
「それは違う。恐怖は剣士にとって、味方なんだよ」
「恐怖が味方……? そんな、そんな事……」
これまで会ってきた大人はみんなシオンに言った。
恐怖を捨てろ、恐怖などするな、と。
「恐怖は人間が生存するための術だよ。「あの崖は落ちると危ない。じゃあ、あそこに行ってみよう!」ってなるかい? ならないだろう」
その通りだ。
人間はいつも恐怖を感じている。
あそこに行くと危ないからやめよう。
あれをすると危ないから、少し遠回りしよう。
刃に触れると危ないから触らない様にしよう。
恐怖を感じない人間なんていないんだ。
それが分かって、シオンの肩は少し軽くなった。
「恐怖を乗りこなせ。そうすれば、誰もシオンに攻撃を当てられない」
アリアの言葉を聞いて、シオンは目指すべき、目標にすべき道のようなものが見えた気がした。
恐怖は悪では無い。
アリアが言った様に、乗りこなせばいい。
本当に怖いのは、ただの臆病者になる事だ。
シオンが目指す、ぼんやりとしたその至高の領域。
その第一歩が、恐怖を乗りこなす事。
「っ、よろしくお願いします! アリア師匠!」
シオンは姿勢を正して、頭を深々と下げてそう言った。
この修行を成功させれば、シオンはずっと先に行ける。だからまずはこの修行から、怖くなっても逃げない。それが一つ目の目標だ。
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