第1話 アリア・ベルファーム
やがて辿り着いたのは、街外れに位置する山の山頂だった。シオンは降ろしてもらうとそこには綺麗な景色が広がっていた。
街の中では見られない景色に感動しながらも、アリアが何故こんな場所に連れて来たのかが気になった。
すでに夕飯の時間に近付き、刻々と深く暖かい色に変わる陽射しに身を焼きながら、シオンはアリアと向かい合った。
「改めて、はじめまして。私は王国騎士団の団長をしている、アリア・ベルファームよ」
「あ、えと、アルカディア学院のシオン・トレスです」
「わあ! じゃあ、私の後輩なんだね!」
シオンが学院の後輩だと分かるとアリアは嬉しそうに笑った。その笑みには嘘偽りなく、本当に喜んでいた。
しかし、冷静になってみるとやはりおかしい。
(だって、僕さっき告白したんだよ? それなのに、アリアさんは名前すら知らないって……。どうして告白を受けてくれたんだろう?)
それが一番不思議だった。
「あ、あの」
「ん? 何、シオン」
うわ、アリアさんに名前で呼ばれたよ。
めちゃくちゃ嬉しい。
「どうして僕の告白を受けてくれたんですか?」
「うーん……。まあ、理由は色々とあるけどさ。だって君ーーーー努力してるでしょ」
アリアはまず、シオンの手を優しく持ち上げた。
「その手の沢山の豆は何? 歩き方も変だったね、足の裏も擦り剥けてたりするんじゃない? 腕の動かし方が変だったから、筋肉痛かな? それだけじゃなくて、節々に違和感があるよ」
それから足、腕、腰、胸、身体中の節々を指差した。そのどれもが、シオンが剣を振り過ぎて痛みを感じている場所だ。
「君は誰よりも努力してるよ。この私が言うんだから、間違いない」
アリアのその一言にシオンは胸の奥底から喜びが込み上げた。
その通りだ。シオンは何度も、何度も剣を振るった。
手から血が出て、腕から変な音が出ても一日中、剣を振った。
雨の日だろうと嵐の日だろうと剣を振るった。
どんなに体調が悪くて熱が出ていても剣を振るった。
全ては強くなる為に。
「大事なのは、シオンがそこから進めるのか、進む気があるのかだと思うの」
「でも、僕には、才能が無くて……」
「才能? そんなのどうでも良いわ。大切なのは気持ちよ。貴方はどうしたいの?」
どうしたいの?
アリアの優しい声色の言葉が、シオンの心の奥深くに語りかけてくる。
剣を振るった日々が、鮮明に浮かび上がった。
あの時、僕は何を思って剣を振るった?
何故、剣を振るっていたんだ?
僕は、全てを諦めたのか?
いや、違う!
「つ……く……たい!」
「聞こえない」
「………なりたい!」
「聞こえない」
「強く、なりたい……!」
「聞こえない」
「僕は、強くなりたいっ!!」
それはシオンが初めて、人に向かって自分の気持ちを伝えた瞬間であった。
「僕はもう誰にも虐められたくない! アルロの言いなりにもなりたくない! 学院のみんなを見返してやりたいっ!」
これまで我慢してきた記憶が蘇る。
アルロの気分次第で殴られる事もあった。
嫌な事を言って、命令されて逆らえなかった。
ずっと見下してきた学院の生徒達にも嘲られた。
嫌だ。僕は、もう虐げられるだけの生活は送りたくない。
強くなってやる。
何よりも、誰よりも。
学院一位。
その席を奪い取るまで、僕はもう止まらない。
「よし!」
パンっとアリアが手を叩いた。
たったそれだけでこの場の全ての音を消し去り、シオンの意識を奪った。
「これから修行を開始する!」
「っ、お願いします! アリアさん!」
「私のことは師匠と呼ぶように!」
「はい! アリア師匠!」
「よし、まずは走り込みよ! 着いてきなさい!」
「はい!」
アリアに流されるがまま、いつの間にかアリアに師事する事となっていた。
その事実にシオンは気付かない。
今はただ、高揚するままに、アリアの背を追ってどこまでも走った。
これが後にたった一年で学院十席の座を奪い取り、幾つもの世界の危機を救う事となる、英雄シオンの物語の始まりである事を誰も知らない。
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