第15話 高みを目指して
弱者を蹂躙するだけの決闘だったはずだ。いつもの様に勝てる試合のはずだった。
その日、アルロは無能に負けた。
「貴様、良くもバーゲン家に恥をかかせてくれたな! 二度と戻ってくるな!」
父に怒鳴られながら家名を剥奪され、家を追放された。母も助けてくれず、貴族としてのアルロは終わった。
街を歩けば決闘に負けた男だ、と後ろ指を刺された。
しかし、アルロは全てを失って、逆に清々しい気持ちになっていた。
敗因も分かっている。
圧倒的な練習量の違いだ。
一ヶ月前にアイツと試合をした時は、いつも一方的にアルロが蹂躙するだけの試合だった。
しかし、その一ヶ月でシオンは変わっていた。
筋力や体力の基礎的なものも桁違いだったが、さらに剣術まで納めていた。流派は分からなかった、と言うよりも無数の流派が混ざり合っていた様に感じた。
流派ごとの『形』が普通は存在するのだ。普通はその『形』を見て、次に来る攻撃を予測する。
しかしシオンには『形』が無かった。
読めない。読みにくい剣で、俺は負けた。
あそこまでになるのに一体どれだけの訓練が必要なんだ?
それをたった一ヶ月でシオンは成し遂げて見せた。
俺はどうだ?
この一ヶ月、真面目に素振りした事があっただろうか。そもそも学院に入ってから、何度素振りをしただろうか。
シオンは毎日剣を振っていた。
その差が、丸々決闘の結果に現れたんだ。
俺は周りの目も気にせずに生徒手帳を空に掲げて、刻まれた『301位』の数字を見て思い出す。
あれは教室で決闘の日付と景品として与えられる命令を決めていた時のことだ。
『あー、それじゃあ決闘の賭けを決めてくれ』
『俺が勝ったらお前は学院を退学しろ!』
『うん。いいよ』
『で、お前は何を望む? 何でも良いぜ、金でも女でも……』
『じゃあさ、僕と友達になってよ』
『ーーーーはぁああ!!?』
今思い出しても、頭に来る命令だ。
そんな事を約束させて何の意味があるのか。
そして大きなため息を吐いて、呟く。
「はーあ、これからアイツの友達かぁ……」
メンドーだなー、と言いながらもその口角は上がっていた。
アルロはそれから森林公園でひたすらに剣を振るった。
ただ、いつの日か、ずっと昔に忘れていた初心を思い出しながら。
いつの日か、シオンに勝つ為にーーーー。
誰も来ない、見晴らしの良い丘があった。
その場所を知っているのはアリアだけだったが、新たに愛しの弟子がその場所を知る事になった。
決闘が終わり、その日は学院で授業も行われる事もないので僅かな時間の暇が出来た。アリアはシオンに二人で話すのにどこかいい場所はないか?と聞かれたので、この場所を教えたのだ。
「あの、アリア師匠……?」
「っ、な、何だね、シオン!」
「あの、今日までありがとうございました!」
そう言って、シオンは頭を深々と下げた。
アリアは突然のシオンの奇行にぽかんとしている。
しかし、シオンの滝の様に流れる涙と嗚咽を前にして、何を考えているのかが思い浮かんだ。
「はあ、シオン。もしかしてこれで師弟関係が終わりだと思ってるの?」
「え……?」
今度はシオンがぽかんとする番だった。
何せ、決闘までの期間限定だと勘違いしていたのだから。
「そもそも、シオンが私に告白して、私はシオンの彼女になった。忘れたとは言わせないぞ」
あっ、と思い出しながら、羞恥心で顔が真っ赤に染まった。
今まで忘れていた自分が馬鹿みたいだ。殴りたい。
いつの間にか修行しか頭に入っていなくて、事の経緯を忘れてしまっていた。
そうだ、僕はアリアさんに告白して、そしてーーーー。
「それとももしかして、忘れちゃったのかな〜?」
「わ、忘れてませんっ!」
ごめんなさい嘘です、と内心謝る。
ここで忘れてましたと言えば叱られるだけじゃ済まない気がする。
「ふふ。まあ、そういう事だから」
ペシっとシオンの額を指で弾いた。
「私の旦那様になるんだから、私くらいはかる〜く、超えてくれないと困っちゃうよ」
夕陽が後光の様に輝き、まるで女神様の様にアリアの笑顔は美しかった。
突然の不意打ちにドキッとしているとアリアから木剣を手渡された。
「じゃあ、修行しよっか」
「は、はい!」
二人は剣を振るう。
高みを目指してーーーー。
一章 完結。
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