第14話 アリアの想い
「あ、あの!」
初めてのその少年との出会った時は、それはもう驚いた。
「す、好きです! 僕と付き合って下さい!」
出会ってすぐにそんな事を言われるなんて、今思い出しても笑っちゃう。
その少年はまだ子供で、アルカディア学院の制服を纏っていたから学生だろう。
すぐに気が付いたのは二つ。
まずは少し離れた建物の物陰にある、こちらを伺う視線と気配。それなりの手練れみたいで気配の消し方も出来ていた。
この少年を見て笑っている様だったので、これが罰ゲームだと分かった。
二つ目はその少年の努力の跡だ。手は豆だらけでゴツゴツとしていた。とても子供の手だとは思えない。
どれだけ剣を振るえばこうなるんだろう。少なくとも、騎士団の部下達にはこれほどになるまで剣を振っている者はいなかった。
それは間違いなく、この少年の努力の証だった。
しかし、努力に比例して結果があまりにも出てなさ過ぎる。というよりも努力が下手だったんだろう。
素振りは毎日しているみたいなので腕の筋肉は付いていたが、足腰に筋肉がダメダメだ。これじゃあ体重の乗った剣が触れない。
少し悩んだ結果、この少年の告白を受ける事にした。
上手く乗せて、剣を教えてしまおう。
結果的には上手くいった。
その少年は乗ってくれて、とりあえずランニングする事になった。
その少年の名前はシオン・トレスと言った。
シオンはキツイ山道にも着いて来た。
途中から段々と速度を落としているのにも気が付いていない。
うん、ちゃんと魂をすり減らして走ってる。
これなら体力が付きやすいね。
想像通りにシオンはちゃんと気絶した。
シオンを寝かせて、焚き火を焚いて、目が覚めると体力回復薬を飲ませて、二つの宿題を言い渡した。
学院に一ヶ月の休学期間を申請し、そして休学に見合う成長を見せつける舞台を用意する事。
これはシオンが自分でやらなくちゃいけない事だから、仕方ない事だ。
シオンが中々寝られない様だったので昔、弟にした様に目に手を置いてあげたら、眠ってくれた。
まるで本当に弟みたいで、やっていて楽しかった。
「はあ!? 何言ってるんですか!?」
次の日、シオンを弟子に取るからしばらく休むと言ったらフルビアに怒られた。
「良いじゃん別に! シオンが卒業したらうちに入ってくれるかもだよ!?」
「だから! どうして貴方はいつもそうやって身勝手なんですか!」
「うるさいなー」
「煩くない! 貴女は団長なんですから、もっとしっかり」
「大丈夫だって、フルビアなら私の代わりなんていくらでも出来るよ」
「だからっ、いつもいつもーーー!」
そんな言い争いをしているとシオンがアレックスに連れられてやって来た。
あ、何となく昨日よりも顔つきが良くなってる気がする。
結局フルビアが折れて、シオンの師匠になる事を許可してもらえた。
アリアの中で、シオンを育て上げるビジョンは出来ていた。
期間は一ヶ月。
一ヶ月後、シオンには回避しまくる、回避馬鹿になってもらう。
どう取り繕っても、シオンに才能はない。
才能が無いなら全部やるよりも、どれかに照準を合わせるほうがいい。
だから二つのスキルを獲得させる事に専念する。
一つは回避術の一つである、【紙一重】。二つ目は回避し続けて、一瞬の隙に斬り込む【カウンター斬り】。
この二つがあれば、シオンは誰にも負けない。
その決闘相手とか言うアルロにだって、勝てる可能性はある。
とりあえずシオンを崖に落として見た。
下には流れの激しい川もあるから、予想通り溺れたみたいだ。
【紙一重】を獲得させるには恐怖を飼い慣らす事が一番だった。恐怖は【紙一重】への足掛かりになる。
最初の修行では、シオンの足の骨をへし折って、元気なゴブリンと対決させた。
近くにあったゴブリンの住処を焼いて、適当に生きてた奴を連れて来ただけだけど。
獅子も鹿の足を折って子供に狩りの練習をさせるって言うし、大丈夫大丈夫。
ほら、ちゃんと勝ったよ。
次の日も、次の日も、少しずつ魔物を強くしたけどらシオンはしっかりと避け切って見せた。
何やら夜遅くにゴブリンが使っていた棍棒を使って、剣を振る修行をしている様だった。
師匠として過度な修行は止めるべきなんだろうけど、シオンが棍棒を振るう時に起きる風の音が心地良くて、注意する事ができなかった。
修行残り日数、3週間。
シオンは魔物相手の攻撃なら難なく避けれる様になっていた。
次の段階に移って大丈夫だと判断して、ランニングで王都まで走ったが、前とは違ってしっかりと着いて来ていた。
速度は一切緩めていない。これなら、例え斬り合いになっても一時間は剣を振っていられるね。
騎士団の本部まで戻って来た。
今度は対人戦だ。なるべく沢山の騎士と戦って欲しい。
とりあえずは騎士団最速の突きを持つ、アレックスだ。彼女ならシオンに良い指導をしてくれるはずだ。
私はフルビアに連れられて書類作業だけどぉーーーーいやだあああああああ!!!
団長室に入り、机の上で項垂れているとフルビアから封筒を渡される。
「頼まれていた、学院の内部情報です」
「あっ、調べてくれたんだね。ありがとう」
「いえ。団長の弟子になるのなら、我々としても身元をしっかりとさせておきたいですし」
早速封筒から書類を出して、目を通しながらアリアは眉を顰めた。
それはフルビアも同じで
「どうやらシオン君は学院でいじめを受けている様ですね」
「それにしてもこれ、酷いよ」
「ええ。表面上はバーゲン伯爵家の息子、アルロが暴力と罵詈雑言で身体的にも精神的にもシオン君を追い詰めています。クラスメイトは助けてくれるどころか、見て笑っているだけの様ですね」
「しかも教師まで加担してるの、これ?」
「はい。裏では数名の教師が彼の悪評を学院内に広め、そのせいでシオン君の周りには味方が誰もいない状況です」
はあ、とアリアは眉間に親指を立てながら、苦い表情を浮かべる。
「何ていうか、環境が悪いね」
「間違い無いかと」
「学院っていつからこんな場所になったのかな。クラスメイトだってさ、助け合うのが大切なんじゃ無いの?」
「私はまあ、例外的なあれがあったので何とも言えませんが。ですが、普通ならシオン君の努力を認め、助け、支える仲間がいる。それが何よりも大切だと思います」
少なくともアリアの世代では、助け合いがあった。
アリアは確かに突出した才能ではあったが、他の順位の低いクラスメイト達に教え、教えられて、今のアリアがいる。
アリアの世代の卒業生の数は168人。これからも破られる事がないであろう記録だ。
話が脱線したが、シオンを取り巻く環境は最悪だ。生まれと育ち、どちらも最高に最悪で、反吐が出そうだ。
今すぐ学院に乗り込んで、シオンをいじめたクラスメイト達と教師を焼き尽くしてやりたいが、それじゃあシオンのためにならない。
「……シオン、強くなってね。貴方ならそれが出来るよ。絶対に、なれるよ」
一ヶ月はあっという間だった。
シオンはすっかり逞しくなって、雰囲気も変わっていた。
覚悟を決めて、実戦を経験した剣士は一味も二味も違う。
シオンを見送り、シオンの姿が見えなくなった頃……。
「さて、と。みんな、国立闘技場行くよ!」
「「「やったあああああ!!!」」」
「流石団長!」「わかってるぅ!!」
ふふふ。もっと褒め称えなさい。
「貴方達も行きたいと言うと思って、全員分の席チケットを用意しておいたわ。フルビアが!」
「ええ。私が」
「「「副団長あざーっす!!!」」」
国立闘技場に入った。
ちなみに、アリアもフルビア、それと特別にアレックスだけはVIP席だ。
通常席の騎士達がブーブーと文句を言ってたので、ちょっと焼いてあげると大人しくなった。
それからしばらくして、シオンの対戦相手がやって来た。
「へえ、中々ね」
「あの歳の剣士であのレベルなら、まあ上出来ですかね」
アリアとフルビアの評価は、口に出した言葉だけでは分かりにくいだろうが、かなり高評価だった。
シオンが入場する。
次の瞬間、大ブーイングが起きた。
「あ?」
「ちょ、アリア、やめなさい。気持ちは分かるけど我慢しなさい」
「フシュー…………うん、分かってるよ」
一瞬、アリアの殺気が漏れて、慌ててフルビアに止められる。観客全てを焼き殺す勢いだった。
我慢して決闘の成り行きを見守る。
最初に仕掛けたのはアルロだった。
超近距離の攻撃をシオンは難なく避ける。
修行の成果が出ていた。
紙一重は私が最も獲得を急がせたスキルだ。
「んー、才能はある。あるんだけど」
「あれはサボってますね」
しかし、どんなにシオンが紙一重の習得を急いだからと言っても、たかが一ヶ月だ。才能ある人間とは天と地ほどの時間差がある。
だが、あの少年は修行をサボっているみたいだ。才能に比例して、剣を振る速度も筋力も足りていない。
基礎修行をしっかりと行ったシオンとは雲泥の差だ。
「良かった。あの程度ならシオンでも勝てるね」
そこからは試合の成り行きを見守った。
シオンの三連撃。どれも部下の騎士達に教わった技で、相手は押され気味だ。
しかし、試合の形勢はまた大きく変わった。
「っ!!」
「あっ、シオン!」
シオンの胸元が大きく切り裂かれた。
血飛沫が舞い、血溜まりが出来る。
あまりに派手な出血にアリアもフルビアも身を乗り出してしまった。
でも、シオンの眼は死んでいなかった。
諦めない。負けたくない。死にたくない。
これまで燻っていた大炎が私の言葉で紅蓮の爆炎となって呼び覚まされた。
シオンは何度もアルロと切り結んだ。
相手は天才剣士。
けれど、シオンとて最強剣士の弟子なのだ。
退かずに、剣をぶつけ合う。
ああ、何て綺麗な瞳なんだろう。
次の瞬間、試合は動いた。
アルロの縮地と見せかけた騙し打ち(ブラフ)。シオンは簡単にかかって、
少し前にフルビアと団長室で話した事を思い出した。
『シオンはもしかしたら“基礎だけだったのかも”』
『何を言って……?』
フルビアが不思議そうな顔で首を傾げた。その仕草、可愛い。
『シオンはこれまでずぅっっと、剣を振って生きて来た。でも、それは素振りとかの基礎修行だけ。剣術は誰にも教わってなかったんじゃ無いかな?』
『確かにシオン君には師匠がいたなどという記録はありませんが……』
『けれど、最強剣士と出会った』
『っ!!』
『そこで私はシオンに何を与えた? それはあらゆる攻撃を視れる眼さ』
シオンは魔物との戦闘でも、ずっと視ていた。
視て、攻撃を予測し、避ける様になった。
『例えるなら、シオンは色んな道具や食材が揃った厨房だよ。作り手次第でどんな料理でも作れる厨房だよ。そこに、騎士団は全てを注ぎ込んだ』
そう。
アリアの剛剣。
フルビアの黄金。
アレックスの神速。
その他、三百名の騎士達の技を、シオンは組み手の最中で視て覚えた。
直接稽古を付けてもらえるのなら、さらに視れる。
シオンは【紙一重】の最中、異常な程な観察眼を手に入れたんだ。
それは私達の技を視て、盗む事も出来る技術。
最強の回避技は、最強の盗人技になってしまった。
誰にも汚されなかった厨房は、色々な料理人によって染まる事だろう。
肉料理、魚料理、野菜料理、何だって良い。
シオンはスポンジの様にぐいぐいと技術を吸収してしまう。
つまり…………。
『「シオンはあらゆる剣士の技を視盗る!!」』
シオンの眼は、アルロの【閃】すらも見切る。
正しく紙一重でアルロの突きを避け、修行したもう一つのスキル【カウンター斬り】でアルロの剣をへし折った。
「美しい」
特にシオンの眼が好きだ。
綺麗で、格好良い。
思わず、シオンに見惚れたアリアは口からそんな言葉を漏らしてしまった。
『何だ、何なんだその剣はぁあああああ!!!?』
何なら、剣を折られたアルトが叫んでいた。
どうなら自分の剣が折られたのが納得いか無いのだろう。まあそれも仕方ない、あの剣はヘファイストスの作品だからな。ほら、シオンもそれを知っているからーーーー。
「銘は《紅》。アリア師匠の気持ちが込められた、世界最高の剣だ!!」
っ、もう!
シオンは女誑しの才能があるかもね!
「私、シオンが好きになっちゃったみたい」
「え、はあ!? ちょ待ちなさいアリア!」
「えー、なにー?」
「そんなこと許されるとでも!」
「だって私、もうシオンの告白OKしちゃってるし」
「なっ、聞いてませんよ!」
「言ってないもん」
「そ、そうですよ団長」
「フルビアもアレックスも何を焦ってるのかな?」
「くぅ〜!」
「団長、分かってるくせに!」
「そんなに嫌なら二人もシオンの彼女にして貰えば良いのよ」
「そんな、不純です!」
「だって王国は一夫多妻よ?」
「で、ですが」
「シオンがなんて言うか……」
「英雄色を好む、ってね」
「「?」」
「私がシオンを英雄にして見せるわ」
アリアの緋色の瞳に宿るのは、情熱だ。
弟子のシオンを最強に育て上げて見せる。
その覚悟が決まった。
そして、最強に相応しい最強に育て上げて見せる。
無才の英雄。ふふ、良いフレーズじゃない。
アリアは二人を振り切って、愛しの弟子に会いに走り出した。
一ヶ月くらい修行しただけじゃ才能の無いシオンが天才剣士のアルロに勝てるわけないですよね。実はこれまでの努力がやっと身を結んだのです。
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