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第13話アルロ・バーゲン

「試合開始!」


 これだけ人が集まると必要になるだろう、と理事長が用意した実況解説によって、試合が開始された。

 それまで煩かった声援も野次も黙り、静かな空間となった。それは毎年開かれる闘技祭に慣れ親しんだ王都の住民達が、せめてもの気遣いとして声を忍んだからである。


「…………」

「…………」


 試合開始からシオンもアルロも剣を抜かずに睨み合い、そのまま沈黙が続いていた。


 お互いに相手を観察する。


 シオンは学院の制服と腰に剣を差したものであり、唯一違和感があるとすれば首元に垣間見える金色のネックレスだろう。

 アルロも同じく学院の制服だ。腰に差した剣は品質の高い《聖銀剣ミスリル・ソード》で、貴族としての立ち位置を最大限利用して手に入れた逸品である。


 最初に動いたのはアルロだった。剣をゆっくりと抜き、シオンに歩み寄る。シオンが動かないのならば、自分が動いてシオンを動かしてやろう。そう考えたのだ。


 一歩、また一歩。

 ゆっくりと近付き、すでに剣を抜けば殺せる距離にまで来た。


「おい、斬るぞ」

「できるものなら」


 アルロなりの忠告だった。このまま決闘が終わっても面白くない。だと言うのに、身の程を弁えずにシオンは軽口を叩きやがった。


 カーッと頭に血が上り、アルロは抜刀する。この距離だ。腹を切り裂き、容易に臓腑をぶち撒けれる。


「は?」


 しかし、アルロの剣は空を斬り、シオンが切り裂かれる事は無かった。

 

 見ればシオンは腹部を後ろに反らしていた。薄皮どころか制服にすら、切られた跡はない。綺麗なものだった。


「っ、クソが!」


 続けて、アルロの袈裟斬り。

 シオンに向けて右肩から大振りに切り落とすが、避けられた。


 態勢を立て直し、三連発の突きだ。

 右胸、鳩尾、腹を狙ったがそれも避けられた。


「っ、どんな手品だ!?」

「教えないよ」


 シオンは内心、安堵した。

 修行が無駄にならなくてよかったと。

 

 シオンはこの一ヶ月の試験で、新たにスキルを獲得していた。


 その名も【紙一重】。

 あらゆる攻撃を直撃するスレスレで回避するスキルだ。


 【紙一重】はアリアが狙ってシオンに獲得させたもので、アリアは最初に言っていた通りに回避術を獲得させた。

 

 このスキルがある限り、並大抵の攻撃はシオンには当たらない。


「次はこっちの番だ!」


 そしてこの日、シオンは初めて剣を抜いた。


「グッ、!」

「うおおお!!」


 そこからシオンの怒涛の攻撃が始まった。


 アレックスに学んだ突きの極意、ブルースに学んだ剣に体重を乗せる方法、ベランダに学んだ絶対に落とさない剣の握り方。


 全てを、その剣に乗せる。


 シオンは正直言って、アリアから剣術的な指導は受けていなかった。何故なら、アリアが指導出来る時間のほとんどの回避の訓練に充てていたからだ。

 

 しかし、その分剣術は見て盗んだ。

 稽古を付けてくれる騎士達からも盗んだ。

 時には騎士達から直接教えてもらえる事もあった。


 全てが糧となっている。


 シオンからの三連撃。


 アルロの脳天から振り落とす、真向斬り。

 腹の骨がない部分を狙う、一文字。

 左肩から振り落とす、袈裟斬り。


 その全てをアルロは防いだが、力に押されて数歩退いた。


「学院124位のアルロが、301位のシオンに押されているぅうううう!!?」


 ここで、実況解説の大きな声が拡声器によって、闘技場に響き渡った。喋ってもいいのか、と騒めきが起き、次第に大きくなって行く。


「ねえ、アルロって人強いんじゃないの?」

「さっきから攻撃当たらないし、逆にカウンターも受けてるぞ」

「むしろシオンってこの方が飄々としてる感じで」

「何か強そうだよね」


 観客の声が耳に入り、アルロは高いプライドが傷付けられ、口の端を吊り上げながら、シオンに切り掛かった。


 この一ヶ月でシオンは避けた方が良い時、と避けない方が良い時、の見分けができるようになっていた。

 この攻撃は避けない方がいいやつだ。


 剣で受け止め、鍔迫り合いになる。

 この距離になると近場で会話が出来た。


「シオン〜? お前、どうやってそんな力を手に入れたぁ?」

「えっと、アリア師匠から……」

「はあ!? あの【紅剣】が師匠!?」

「うん。あの後、剣を教えてくれてね」


 そう言われて、今まで忘れていたシオンがアリアに告白したことを思い出した。


「なるほどなぁ〜、あのお前が急に決闘なんて言い出すから何だと思ったら、そう言う事だったのかぁ…………気に入らねえ!」


 瞬間、急に力を込めてシオンを吹っ飛ばした。

 

 アルロは剣を腰に構えた。

 

(何だ、“居合”? いや、距離が遠すぎる。一体何をーーーー)

「【縮地】!」


 瞬間、アルロはシオンの目の前にいた。

 目と目が合う。

 斬るぞ、とアルロが言っている。


 この距離じゃあ、いくらシオンであっても避けきれない。受けるか?いや、間に合わない。


「【ヒラメキ】!」


 それはアルロが獲得したスキル【閃】。

 横一文字に放つ攻撃は速く、速く、速い。

 

 目にも止まらぬ一閃に、シオンの胸元が大きく横に切り裂かれた。血が噴き出て、辺りは赤く染まる。


「ッ!」


 シオンもたまらず、膝を突いた。


「どうだぁ? これが俺の技だ! お前みてえな避けてるだけの奴とは違うんだよぉ!!」


 シオンは高笑いを上げて追撃して来ないアルロに感謝しながら、頭の中でアルロが使ったスキルについて考える。


 最初のスキルは【縮地】。確か、相手との距離を僅かに縮めることが出来るスキルだ。

 シオンの回避は反射的に避けるものではなく、予測に従って避けるものだから、厄介さはとんでもない。


 ではスキル【ヒラメキ】はどうだ? あれは普通の横一文字よりも速度が速まっている。普通に後ろに引いただけじゃ避けられない。


 でも、慣れれば良い話だ。


(この一ヶ月、僕は何をしていたんだ? 思い出せ、どうやって魔物の攻撃を避けた? どうやってアリア師匠達からの攻撃を避けた? それは、慣れたんだ。剣の速度、剣の威力、剣が当たる距離、それぞれの速度、身体能力、全てを視て予測した。これからだって変わらない。僕はただ、診て、慣れて、予測する。アルロに順応して見せろ、シオン!)


 ここに来てシオンの集中力は深まっていた。胸の傷から溢れ出る血の量はかなりのもので、このままでは出血し過ぎて気絶、最悪は死もありえる。

 いつ、立会人のエドウィスから試合中止の判定が出てもおかしくなかった。


 かと言って、傷が深すぎる。


 護るべきか?


 いや、違うだろ。


 危機を避けてるだけじゃあ勝利は掴めない。

  

 リスクを冒さなければ、勝利は無い。


「うおおおおおおおおお!!!」


 シオン、発走。

 この一ヶ月で鍛えられた脚力は凄まじく、一瞬でアルロの前にシオンは現れた。


「なっ!」

「おおおおおおおお!!!」


 アルロは慌てて剣を構えるが、遅過ぎる。

 シオンの烈火の如き剣戟の嵐が始まった。


 真っ向切り、袈裟斬り、紙一重、横一文字、刺突、払い除け、縮地、閃…………。


 双方が使える技の全てを出し尽くす、剣の嵐。


 会場には次第に金属がぶつかり合う甲高い音が鳴り響き、空間は支配されていく。


(っ、やっぱりアルロは凄い! スキルは獲得出来ていないとは言っても、皆さんから教わった技術を全て使ってるんだぞ! 何で倒せないんだ、これが天才か!? 天才なのか!?)


(シオンめ、この一ヶ月どこで何してやがった!? 認めたくねえが、こいつは強い! 1年生で俺以外でここまで出来る奴はそういねえ! くそっ、メチャクチャ楽しいだろうが!)


 濃密化された時間の中で、シオンとアルロは2人だけの世界を作り出していた。そこには最早、観客達の声援も罵倒も、何も聞こえてこない。静かな世界。


 アルロは同学年では敵う者がいない程の天才剣士だ。こうなにも長い間、斬り結んだ事は久しぶりだ。


 剣を振り、剣を避け、剣を流し、剣を受ける。


 剣による剣のための剣だけの、闘争。


 いじめっ子といじめられっ子。


 二人はかつてのその構図を忘れ、純粋に剣士として斬り合いを楽しんでいた。


 しかし、確実に終わりの時間はやって来る。


 アルロは【縮地】と【閃】で何度も決めようとするが、中々シオンに当たらない。


 シオンはすでに、アルロが【縮地】で縮められる距離を把握していた。それはつまり、急な奇襲も通用しないと言う事だ。


 ならばと、アルロは一計を案じる。


「縮地!」


 アルロの声に、思わずシオンは飛び退いてしまった。

 しかし、距離が縮まるはずのアルロがそこにはいない。

 

 なぜ?


「馬鹿がぁ!! スキル名を叫んだって、発動させるとは限らねえだろぉが!!」



 シオンが飛び退いた後に着地した瞬間、アルロの剣はシオンの眼前に迫っていた。その距離、およそ3cm。

 視界が剣先だけを映し出す中、シオンの脳内はある言葉を思い出す。


『トドメの一撃は、油断に最も近いんだよ』


 誰かが言った。

 いや、剣を教えてくれたみんなが言っていた。


 シオンは【紙一重】で眼球スレスレで避けた。


 一瞬にして、最大の隙。


 みんなが教えてくれた、危機を転じる大逆転の可能性。


 だから、このスキルを獲得出来た。




「【カウンター斬り】」




 パキンッ、甲高い音を響かせて、アルロの聖銀剣ミスリル・ソードの刀身がへし折れた。


 唖然とするアルロの首に剣先を当てる。

 これで詰み、チェックメイトだ。

 

 いまだに何が起こったか思考が追いつかないアルロは、自分が負けた敗因に気が付いて叫んだ。


「何だ、何なんだその剣はぁあああああ!!!?」


 事実、アルロの剣は聖銀ミスリル製の超硬度を誇る逸品だ。どんなに剣の腕が良くても、ナマクラでそう簡単に折られるはずがない。


 アルロの剣よりも格段に品質が高いその剣の銘はーーーー。


「銘は《くれない》。アリア師匠の気持ちが込められた、世界最高の剣だ!!」


 修行を付けてくれて、沢山の経験を積ませてくれて、そしてここでもシオンを助けてくれた。


 この剣は誰にも砕かれない。

 いや、誰にも砕かせない。


「勝者 シオン・トレス!!!」


 ガックリと項垂れるアルロと、自慢げに剣を掲げるシオンを前にして、立会人のエドウィスの宣言により、この決闘は終結した。





 この瞬間から周囲のシオンへの評価は一変する事となる。

 

 学院始まって以来の天才剣士を打ち倒した、同じく剣士の平民の少年。

 

 1年生でただ一人、2年生に割り込んで学院順位124位を獲得した、元無能。


 決闘を見ていた1年生は、シオンを馬鹿にしていた事を思い出し、青褪め、恐怖した。


 とある老人は言った。

 「これから面白くなりそうじゃのう」と。


 シオンはこれから、更なる苦難に巻き込まれることになるが、それすらもこれから起きる大事件の序章に済まないのは、誰も知らない話だーーーー。

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