第12話 決闘当日
まだ空気が冷たい朝にシオンは出発の準備を済ませて、騎士団を出ようとした。
久しぶりに身に纏う学院の制服は懐かしく、そして肌に吸い付く感触があった。改めてこの制服は高級品で、戦闘を想定していると聞いた事もあったが、それもあながち嘘じゃないんだと思った。
騎士団を出てすぐに学院に行こう。そう思っていたが、そこにはアリアやフルビアを含む、騎士達がシオンを待っていた。
「やっぱり黙って出ようとしてたね」
「まあ、シオンは面倒かけさせたくないって思いそうよね」
「水臭いよ、シオン君」
「っ、皆さん……」
シオンが考えていることはみんなに筒抜けだった様だ。
騎士のほとんどが集まっていて、シオンに向けて激励の言葉を送ってくれる。
それだけで泣き出しそうだったのに、フルビアがシオンに近付いて来て、あるものを手渡して来た。
「シオン。これはお守りだと思ってちょうだい」
フルビアから渡されたのは、黄金で造られたチェーンネックレスだった。シオンは有り難く貰い受けて、首から下げた。
「シオン」
「アリア師匠」
アリアから一本の剣がシオンに渡された。
「《鍛治神》と呼ばれる、ヘファイストスが打った剣よ。そこらの剣よりもよっぽど上等なものよ」
それはアリアの瞳の様な緋色の剣だった。
見るだけでオーラがある。
握ってみると鉄の剣よりも重量感があり、手に馴染んだ。
「……シオン、君は王国最強の剣士である私の弟子だよ。だから」
バンッ、とアリアに背中を押された。
「胸を張って、行ってきなさい!」
「っ、はい!」
そしてシオンは走り出した。
決闘の会場に向かって。
三日前にフルビアがどんな手を使ってくれたのか、決闘の場所や細かいルール設定まで書かれた紙を入手してくれた。
そう言えば場所がどこに決まるとか、そういう事を考えていなったので正直助かった。
『へえ、場所は国立闘技場? 随分と派手な場所になったんだねー』
『何でも、決闘制度が使われるのは久しぶりだから、理事長が張り切ったらしいのよ』
『うわー、あの人ならやりそうだなー』
と言うのが学院卒業生のアリア、フルビア、アレックスの話だ。
国立闘技場は王国三大祭の一つである闘技祭の会場に使われる、由緒正しき場所だ。
そんな場所で学院の生徒同士の決闘なんて開いたら、おそらくは王国中の人々が観戦に集まるだろう。
買っても負けても、否応無しに注目を浴びる。
フッ、とシオンは笑った。
「上等!」
今、シオンは自信に満ち溢れている。
腰に差した緋色の剣も、首から下げたネックレスも、身体の節々の痛みも。それら全てがシオンの努力の証だ。
シオンは笑みを浮かべながら、闘技場に向かって走った。
「さあ、東の門から登場するのはこの男、齢12歳という若さで2年生に割り込み、学院順位124位の称号を手にした天才剣士! アルロ・バーゲン!!」
会場が揺れる程の大歓声を一身に受け、アルロは闘技場に一歩踏み込んだ。
闘技場には3万人が観戦に入る事が出来るが、席が全て埋まっている。王都の住民だけでは無いだろう。旅の商人や、偶々来ていた他国の人々も大勢いる。
必然的に、この決闘の結果は世界に広まる。
ここで勝てば、アルロの名声が世界中に広まるんだ。
鞘に差したままの剣を振り上げると一際大きく会場が湧いた。
「さあ、続きまして西の門! 彼は勇者か、果たして馬鹿なのか! 学院最下位の301位が1年生で一番の天才に挑んで来やがった! シオン・トーレスの入場だああああ!!」
シオンが入場した瞬間、溢れんばかりの歓声……では無く、大量のブーイングが降り注いだ。
「無能野郎!」
「引っ込めよ!」
「お前なんかがアルロの相手になるわけないだろ!」
流石にこれは予想しなかったアルロも、聞くに堪えない罵詈雑言を前にして唖然とする。
シオンは確かに無能で弱いが、それが何故こんなに広まっているんだ? 何かがおかしい。
あまりに酷いブーイングに苦い顔をしながらも、シオンは一歩一歩、アルロに向かって真っ直ぐに進んで来た。
「お待たせ」
「ふん」
まあ、いい。
考えるのはやめだ。
舞台は整えさせてもらった。
シオン、俺の踏み台になってくれ。
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