第10話 騎士フルビア
感想にて指摘されたので説明します。
学院順位は一年生だけのものではなく、二、三年生も合わさっての順位です。なので1学年は150人でも、3学年が合わさればちょうど301人になります。
騎士達の訓練も彼が来るまでは静かな物だったが、いつの間にかそれも変わっていた。
演習場を一望できる団長室の窓から、フルビアはその光景を眺めていた。
騎士の一人一人が声を張る様になり、普通の訓練でさえ意気込んで臨む様になっていた。
そして、彼等は時々、視線を向ける演習場の隅ではーーーー。
「はあ!」
「っ!」
騎士団団長のアリアの弟子シオンとアレックスが打ち込みをしている。
シオンがアレックスの袈裟斬りを避けながら、一瞬の隙を見つけて攻撃に転じる。流石に避けるのは難しいと判断したアレックスが件で受けるが、アレックスは騎士団で力が無い方だ。簡単に吹き飛ばされていた。
しかし、流石に現役な騎士なアレックスだ。すぐさま体勢を立て直し、シオンに向けて神速の突きを放つ。
シオンは三度の突きの内、一撃は避けたが他は食らってしまい、片膝を突いてしまう。
その隙にアレックスが剣先を首筋に当てて、終わりだ。
結果はアレックスの勝利。だが、その一言で済ませてしまうには惜しいほどのシオンの奮戦があった。
「ふう。じゃあ、休憩にしようか」
「はい!」
どうやら二人は休憩に入る様だ。アレックスがそう宣言すると一目散にシオンの下に騎士達が集まって行った。
「シオンく〜ん、はいお水だよ〜!」
「あ、ありがとうございます」
「もー、こんなに傷だらけになって!」
「むがっ、あの、ベリンダさん!?」
シオンは女の騎士達にもみくちゃにされていた。むさ苦しい場所だから余計に可愛いものに飢えているのだろう。
「ガハハハ! アレックス、お前かなりやばかったじゃねえか!」
「うっ……」
「もっと鍛えないとダメだな!」
アレックスは同僚から痛いところを突かれて、うんうんと唸っていた。
騎士達が大きな輪となって、シオンを中心にして囲む。
その光景は少し前のフルビアが見たのなら、きっと驚いて卒倒する事だろう。
シオンがやって来てから、かれこれ二週間になる。
最初の日のシオンの鬼気迫るアレックスとの打ち合いは、フルビアを含む騎士団の全員が目撃していた。
あれ以来、プライドの高い騎士達がシオンを認め、自分達の技を教えるほどに惚れ込んでいた。
それがあの結果だ。
「本当に、とんでもない子を弟子にとったのね。アリア」
「ふふん。そうでしょう?」
「あっ、そこ間違えてるわよ」
「ええっ!?」
何かドヤ顔をされたのでムカつき、軽くアリアに意地悪をしてやった。そんなに重要な点じゃない間違いだったのでアリアが可哀想だとも一瞬思ったが、意地悪なので普通だと考えた。
それからまたシオンについて考える。剣をいくら振っても、あの子は疲れない。体力はある方じゃ無いと思う。だが、団員達と素振りをどこまで続けられるか対決をしたら、きっとシオンが勝ってしまうだろう。そのくらい疲れ知らずな少年だった。
「……まるで巨大な基礎の塊ね」
「ふふ。素敵でしょ?」
アリアもまた、一度作業の手を止めて演習場を眺めた。その瞳はキラキラと輝いて、まるで宝石箱を見ている様だった。
しかし、フルビアは全くの逆で、危機的な危惧を込めた目でシオンの事を見ていた。
ハッキリ言って異常だ。最初は剣術の剣の字すら分からなかったのに、アレックスや他の団員と手合わせする事でみるみる内に吸収して行った。
「もしかするとシオンは…………………」
アリアの想像を聞き、フルビアはゾッとした。もしもそれが事実なら、シオンは……。
「ふ、ふふふっ……」
「え、どうしたのフルビア?」
「彼に私も稽古をつけて来るわ」
「それから私も」
「駄目よ、貴方まだ仕事が残ってるでしょう?」
「うう」
「それじゃあしっかりやるのよ」
フルビアは団長室を後にして、廊下で不敵に笑った。
「私も混ぜて貰えるかしら」
フルビアは直球にそう言った。
まだ休憩中だったので、多くの騎士がいたので、とても驚いた顔をしていた。それもそのはずで、フルビアは人前で滅多に剣を振わない。
そもそもこうして誰かに試合を申し込んだりする事も無かったのだ。
「え、と……」
シオンはどうしたら良いのか分からずに、アレックスに目線で聞くと「も、勿論です!」とシオンの代わりに返答してくれた。
これでシオンは試合を受けざるを得なくなった。
「それじゃあ、たまには真剣で対決して見ましょうか」
「えっ!?」
「あら。駄目な理由があるのかしら?」
「いや、でも、怪我をさせてしまうかも……」
「ふふ。アレックス如きにすら剣をまともに当てられない貴方が私の心配を?」
可笑しそうにくすくす笑うフルビアにシオンは見惚れ、逆に周りの騎士達は恐ろしそうに青褪めている。一体何でそんなに怯えているんだろう?とシオンは疑問に思ったが、それを口に出さなかったのは賢明な判断だった。
「でも、まあ、安心しなさい」
服の下から溢れるように黄金が出て来た。黄金は形を変え、固まっていく。いつしか剣と盾、そして鎧にと姿を変えて、フルビアは完全な重装備となった。
「これが私の完全鎧よ」
正しく、完全武装の重装備だ。こんな防御の前じゃあ、確かにシオンの攻撃なんて当たってもダメージを与えられないだろう。逆に剣を潰されてしまうかもしれない。
「貴方にはとりあえず、私の剣を使って貰うわ」
シオンの足元の地面から黄金の剣が生えて来た。それがフルビアの気遣いだと分かって、素直に使わせてもらう。
「あれ、重っ」
「純金は鉄よりも比重が重たいからね」
シオンにはフルビアが何を言っているのか分からないが、とりあえずこの剣が重たいのが普通だということが分かった。
グッと切っ先をフルビアに向けて、シオンは構える。その瞳には油断も隙もない。完璧な構えだった。
だが、次の光景を目にして、完璧は崩れ去る。
「さあ、始めましょうか?」
フルビアの足元の大地から黄金が滲み出た。
黄金は形を変え、無数の剣となり、連なる。
異様な威圧感と恐怖がシオンを襲う。
「え、あの」
「安心しなさい。怪我はさせないから」
ぎゃあああああああ!とシオンの悲鳴が演習場に響き渡る。しかし、誰も助けられるはずもなく、合掌をしてシオンの無事を祈った。
その日、シオンは思い知った。
王国騎士団副団長【千金】のフルビアの恐ろしさを……。