第7筆 魔書の所有
回廊の角を、リットはジンと反対方向に曲がった。
「どこへ行くんだ?」
ジンの問い掛けに、リットは振り返らずに手を振る。
「ご機嫌伺いさ」
肩をすくめたジンと別れて、リットは回廊を進む。
いくつもの角を曲がり、侍従たちとすれ違い、衛兵に頭を下げられながら、王城の奥へと向かう。
「リット様」
豪奢な木製の扉の前で、黒髪の侍従と出会った。
「やあ、ヤマセ」
リットへ、ヤマセが頭を垂れる。
「今、お呼びに行くところでした」
「はっはっは。呼び出しより先に参上したぞ」
ヤマセが苦笑して、木製の扉をノックする。
「失礼いたします。リット・リトン様がお見えです」
「――入れ」
ヤマセが扉を開けた。執務机に、ラウルが頬杖をついていた。
「ご機嫌麗しゅう、我が君」
リットが微笑む。が、ラウルは顔をしかめた。
「白々しい言葉を口にするな」
「これは失礼、ラウル王太子殿下様」
「……道化を演じるのなら、望み通り、胴と首を切り離してやる」
「うっわ。こっわ」
リットが笑みを引っ込めた。
「余裕ないですね?」
「あってたまるか。こんなものまで贈りつけられて」
ラウルの視線にヤマセが頷く。続きの間に行き、やがて一冊の書物を持ってきた。
リットへ差し出す。
「どうぞ」
ヤマセに促されるまま、リットが書物を手に取る。表紙に描かれた摩訶不思議な文様に、眉をひそめる。
「……ラウル殿下にしては、趣味が悪い」
「オレの趣味ではない」
「ふーん」
ぱらぱらと、リットがページをめくる。
「魔書ですか」
ラウルが首肯した。
リットが言う。
「本当かどうか知りませんが、なかなかに面白い内容ですね」
悪魔を召喚する魔法陣をはじめ、猫を使い魔にする方法、若返り薬の作り方、翼の生やし方、他者に変身する薬の材料、瞳の色を変える薬、ドラゴンの乗り方、一角獣の繁殖方法、嫌なやつを転ばせる魔法。などなど。
「興味あるか。リット」
「まあ、笑いのネタにはなりますね」
ふん、とラウルが鼻を鳴らした。
「では、くれてやろう」
「は?」
リットの翠の目が瞬く。
「……押し付ける、の間違いではなくて? 所有するだけで厄災を招くという魔書ですよ」
「それは噂だろう。ただの書物だ」
「そーですが。あ、ラウル殿下に『嫌なやつを転ばせる魔法』を使ってもいいですか?」
「どんな魔法だ」
「『さりげなく足を掛ける』」
「くだらん」
パタン、とリットが本を閉じた。
「まぁ、有り難くいただきます。……が、この魔書はどうやって手に入れたんですか」
「知らん。先の生誕祭の贈り物の中に混じっていた」
「へぇ」
リットの目が眇められる。
「贈り主は?」
「国内の貴族の誰か。としか、わからん。無駄にたくさん貢がれたのでな」
「さすが、王位継承権を唯一お持ちのラウル殿下」
ラウルの口元が歪んだ。
「皮肉か?」
「本心です」
リットの翠の瞳は、鋭い光を宿している。
「これもあれも。フィルバード公爵の戯れですか?」
「そうかもな」
ラウルが椅子から腰を上げ、リットの正面に立つ。
「お前に命じるは、ただひとつ」
ラウルの指が、リットの胸の中心を指差す。
「真実を綴れ。一級宮廷書記官、リトラルド・リトン・ヴァーチャス」
「……王前名で呼びますか」
リットが唇の端を吊り上げた。




