第6筆 偽物、本物、作り物
ユヅキが大机にカップを置く。
「あれ、トウリは?」
「侍従詰所です。情報収集」
リットが答える。
「ふーん」
書物が山積みになった大机の上を、がざっと雑に開ける。ジンの前にもカップを置いた。
「あ、ありがとうございます」
「いーってこと。お喋りにはお茶が必要でしょ」
自分で淹れた紅茶に、ユヅキは早くも口をつける。
「大変な時に申し訳ない」
ジンが軽く頭を下げた。
大机に山積みの書物。
それだけではない。
薬の処方箋、薬草の在庫状況のメモ、書き損じメモ、使用済みの乳鉢、空の瓶が六本転がっている。
「ザイール様が投獄されてしまったからね。医薬室は大打撃」
ユヅキが肩をすくめた。
「物理的に、精神的に?」
リットがカップを持つ。
「そー」
すっと、ユヅキの緑の目が鋭くなった。
「権力抗争に、医薬室を巻き込まないでもらいたいわ」
「御尤も」
リットが紅茶を飲む。満足そうな息をつく。
「それで、この結果だけど」
ユヅキが一つに束ねた長い茶髪を見せた。その毛先が黄色い。
「さっきも言った通り。茶髪を、三回以上脱色しないと金色にはならない。そして、そのためには、高価な薬液が大量に必要」
「瞳の色は?」
リットが尋ねる。
「そこなのよね」
ユヅキが髪を背に払う。
「瞳の色を変える薬なんて、今のところ思い当たらないわ」
「では、ナルキの目は、本物の紫色ということですか?」
ジンに、ユヅキは首を横に振って見せた。
「今のところ、よ。文献をひっくり返している最中」
「ユヅキどのは、ナルキが偽物だと思っているんですね」
リットの声に、ユヅキは唇の端を歪める。
「……まあね。陛下のご命令だからね。彼の彩色が真か否か、確かめろと」
「ふーん。今までも、偽物騒ぎがありましたよね」
優雅に紅茶を飲む所作とは程遠い、リットの不穏な言葉。
「六年前と、二十年ほど前」
ユヅキが机上に肘をついた。両手を組み、その上に顎を乗せる。
「よくご存じで。一級宮廷書記官どの」
「さすがに、大事件は知っていますよ」
「六年前の偽物騒動は、おれも聞いたことがあるが……」
ジンが唸る。
「二十年前の事件は知らないぞ?」
「刑罰が記された罪科帳なんか、お前には縁遠いからな。ジン」
灰青の目が瞬く。
「調べたのか、リット」
「気になるだろ」
ジンが口を噤む。
リットの父が騒動によって斬手されたことを知っている。
「俺の記憶が正しければ。二つの事件に関わっていますね? ユヅキどの」
「うん」
リットへ彼女が頷く。
「二十年前の事件は、行方不明だった、生まれたばかりのイリカ王女の子が見つかった、という件。下級役人の虚偽だったけど」
「……その役人は、どうなりましたか?」
真剣な表情のジンに、ユヅキは言う。
「死刑。担ぎ出した赤子も」
「むごい」
ジンが顔をしかめた。
「先王は苛烈なお方だったからね」
ユヅキがため息をつく。
「敵も多かった。最期は病死だったが、毒を盛られたなんて噂が公然と流れた」
「ふーん。ありえますねぇ」
リットがカップを机上に置く。
「風邪をこじらせたには、急な容態の変化だったとか」
「医薬室も散々疑われたよ。誰それの依頼で毒を盛ったとか、わざと治療をしなかったとか。それらの醜聞に、毅然と立ち向かったのは、ザイール様だった」
「へぇ。あの爺さんが」
目を丸くするリットに、ユヅキが苦笑した。
「普段は優しすぎるんだよ。だが、治療に関しては頑固さ」
だから、とユヅキの目に力が入る。
「ザイール様を陥れたヤツを、許さない」
「それなら。貴女もこちら側だ」
リットの言葉に、怪訝そうにユヅキは眉を寄せた。
リットとジンが頷き合う。
「フィルバード公爵が、宮廷医薬師長の白衣に毒針が仕込まれていたフリをして、ご自身の袖口から針を取り出した瞬間を、見ました」
「何だって!」
ジンの言葉に、ユヅキが立ち上がる。慌てて椅子に座り直す。
「本当か、ジン?」
「はい。ただ、証拠がありません」
むう、とユヅキが唇を尖らせる。
「でも、灰青の牙だろう? あまり知られていないが、視覚や聴覚、身体能力に優れている」
ユヅキが人差し指をジンに突きつけた。
「灰青の瞳は、その証。わたしにとって、十分な証拠だ」