第5筆 黄色の毛先
「悩ましいことになったな」
回廊を歩きながら、ジンが呟く。
「ナルキの彩色が本物かどうかの前に、暗殺未遂が仕組まれるとは」
前を行くリットが嗤う。
「俺は、お前の目の良さが怖い。ジン」
「これでも、ゼルド陛下から近衛騎士団副団長を拝命した身だからな。しかし……」
ジンがため息をついた。
「その仕組んだ本人が、フィルバード公爵となると、ディエス団長にどう報告すれば良いのやら」
「そのまま報告すればいいじゃないか。
『宮廷医薬師長の白衣に毒針が仕込まれていたフリをして、フィルバード公爵が自分の袖口から取り出しました』と」
ジンが唸る。
「証拠があるか、と言われたら弱い。おれが見ただけだ」
「ディエス団長は、お前が灰青の牙ということを知っているんだろう?」
「ああ。信じてくれるとは思うが、フィルバード公爵が否認したら終わりだ」
「証拠がないからなー」
リットが手で頭を掻く。
回廊の先。
蔦の装飾で飾られた扉を、リットがノックした。
「取り込み中のところ、悪い――」
リットが勝手に扉を開ける。
白衣を着た宮廷医薬師たちが、肩を落として椅子に座っていた。
「……はい」
年若の宮廷医薬師が顔を上げた。その顔色は幽鬼のように青白い。
「おいこら」
リットが眉をひそめる。
「まだ、ザイール宮廷医薬師長の仕業だと、決まったわけじゃないだろ」
「ですが!」
がたん、と椅子が倒れた。立ち上がった年若の宮廷医薬師が涙を流す。
「ザイール様は、投獄されて、しまいました……」
リットが横を通り抜けざま、彼の肩を叩く。
「今は辛抱だ。『真実は権力の花ではなく、時間の花』だ」
無言が満ちる大部屋を、リットとジンが通り過ぎる。
「ユヅキどの。いるか?」
奥の部屋の開け放たれた扉を、リットがノックする。
「入って。今、手が離せない」
部屋の中を覗けば、自身の長髪の毛先をルーペで観察している女性がいた。
「枝毛探し……では、ないようですね」
茶の長髪の毛先、手の平ほどの長さ。黄色く変色している。
「うーん。二回じゃ効果が薄いか」
「髪を染めたのですか? ユヅキ一級宮廷医薬師どの」
リットの言葉に、ユヅキは顔を上げた。彼女の緑の瞳と、目が合う。
「逆さ。リット一級宮廷書記官、兼、宮廷書記官長補佐どの……って、長い」
「あ、呼び捨てでお願いします。俺も長ったらしいのは性に合わない」
「これ、何色に見える? リット」
ユヅキが自身の毛先をリットへ見せた。
「……黄色、ですねぇ」
リットがジンを見る。ジンも同意して頷く。
リットが尋ねる。
「して、ユヅキどの。逆とは?」
「わたしも呼び捨てで構わないけど。職位は微妙にリットの方が上でしょ」
「いや、近衛騎士団の団長に斬り捨てられたくはないので」
リットが話を促すと、ユヅキは薬液が入った瓶を取り出した。
机上に置く。
「これ。ユルの木の灰を煮詰めて、クロジムシの虫こぶを加えたもの。毛皮とかの脱色に使う。意外と高価な薬液」
「この薬液を使うと、茶色の髪が脱色されて、黄色になる……と?」
リットの言葉にユヅキが頷いた。
「でも、駄目だ。二回じゃ弱い」
ユヅキが黄色い毛先を手に持って振る。
「金色にするには、三回以上薬液を使わないと」
ジンの目が丸くなる。
「ご自身で実験していたのですか!」
「うん」
あっさり頷く彼女に、ジンは深いため息をついた。
「……あとで、団長に、説教されますよ……」
「毛先だから、切ればいいかなって」
「髪は女性の命ですよ!」
ジンが叫べば、ユヅキとリットが口に手を添えた。
「まあ、お聞きになりまして? リット様」
「ええ、しっかりと。ユヅキ様」
ユヅキが言う。
「久々に聞きましたわ。裏表のないお言葉!」
「あら、うらやましい。いつも聞いていると、耳が蕩けてしまいますよ!」
頭痛と胃痛の二重奏に、ジンが頭を抱えた。
「ジンどの。薬をお出ししましょうか?」
普段通りのユヅキの声に、ジンが首を横に振った。
「い、いや。結構です……」
「いやー、楽しいな。ユヅキどのと、ジンいじり」
はっはっは、と笑うリットの、長い三つ編みをジンが引っ張った。
「う!」
「仕返しだ。これで終わりにしてやる」
「くっ、子どものような仕返しをしやがって……!」
後頭部を手で押さえるリットに、ジンはため息をつく。
「どっちが子どもだ。おれをからかって」
「ユヅキどのはいいのか?」
真顔でリットが指を差す。片手を挙げて応えるユヅキ。
「ユヅキどのは、いい。年上だし、一級宮廷医薬師だし――」
「俺だって一級宮廷書記官なんだが」
リットが不平を挟む。
「――ディエス団長の奥方だから」
リットは口を噤んだ。