第4筆 王姉の遺児
昼下がりの陽光が、大窓から降り注ぐ。
謁見の間の中央に立つ青年の髪を、金色に輝かせる。
広い謁見の間は騒めきに満ちていた。
一階のフロア左右には、貴族たちが居並ぶ。毅然とした表情で王を待つ青年を指差し、ひそひそと会話を交わす。
――金髪に紫の瞳だ。
――王位継承権の条件、〈彩色の掟〉通りじゃないか。
――歳はラウル王太子より二つ、三つ上か?
――見ろ、あの堂々とした佇まい。王族に相応しい。
――王族と認められたとしても。王太子はおひとりだ。
二階のバルコニーから、職位が高い政務官たちが見下ろしている。
――あれが、〈噂の三番目〉か。
――また、偽物なんじゃないのか?
――しかし。あの有名な〈悲恋の塔〉の、イリカ王女に似ていないか?
――亡くなられた王女の面影があるのか。
――待て。本物の王族なら、今までどこに隠れていたんだ。
――それがどうも、西のニーナ神殿らしい。
政務官たちの中に、ジンとリットが滑り込んだ。
「やあ。来たね、リット一級宮廷書記官」
バルコニーの最前列で、初老の男が微笑む。
「セイザン宮廷書記官長」
ジンが頭を下げる。
「お待たせしました」
「うん。呼びに行かせて悪かったね、ジンどの」
「いえ。私もリットも気になりますから」
当の本人がジンの背を叩く。
「ジン。場所を交代しろ。腹立たしくも、お前の長身で見えん」
ジンが身を避ければ、リットがセイザンの隣に並んだ。一階のフロアに立つ青年を眺める。
「ふーん。やや長めな金髪ということはわかるが、この距離では瞳の色はわからんな」
ちら、とリットがジンを見る。ジンが頷く。
「光の加減もあるが。スミレのような可憐な薄紫の瞳をしている」
「装飾された言葉はいらんぞ、友よ」
リットが眉を寄せる。
ジンが言い直した。
「ラウル殿下より色彩は薄い。青みがかった紫だ、友よ」
「ジンどのは目が良いねぇ」
ふっふっふ、とセイザンが笑う。
トランペットを手にした三人の楽人が現れた。荘厳なファンファーレが鳴り響く。
「夜空を統べる月神の守護を! ラウル王太子殿下の御成り!」
式部官が声を張り上げれば、無表情のラウルが現れた。フロアで一番玉座に近い場所に立つ。
「夜空を統べる月神の守護を! 国王陛下、王妃殿下の御成り!」
王と王妃が玉座に座れば、人々は声を揃える。
「月神の守護よ、永久に! 銀雪の国よ。栄え給え、輝き給え!」
人々の声が消え、静けさが謁見の間に満ちた。
「……さて」
王が口を開く。
こほん、と少し咳き込む。
「余の、前に立つ、汝の名は?」
青年が唇を吊り上げた。
「ナルキ・フルミアと申します」
ざわ、と人々が驚く。臆することなく国名を名乗ったナルキに、視線が集中する。
「不遜な隠し名だな」
ラウルの言葉に、ナルキが首を横に振った。
「隠し名ではありません。正式名です」
ナルキが紫の目を細めた。
「疑うのも当然です。ラウル殿下にとって、私は目障りな存在でしょう」
「ほう」
ラウルが面白そうに息を吐いた。
「王太子の座を脅かされるから……か」
「しかし。それは誤解です」
ナルキが床に膝をつく。
「私は、王太子の座など望んでいません」
「では、何を望むか?」
朗々とした王の声が響く。はい、とナルキが答える。
「ただ、亡きイリカ王女の遺児と認めていただければ。それ以上のことは望みません」
「王族と偽ることは死罪ぞ」
厳しい王の声に、びくりとナルキの体が震えた。
「お、畏れながら。私は……王族の彩色を持っております」
「それが偽りでないことを、示せ」
王が宮廷医薬師長を呼ぶ。
白衣を着た老爺が頭を垂れる。
「宮廷医薬師長よ。そこの青年の彩色は、真のものか?」
「はっ」
王の問いに答えるために、宮廷医薬師長は膝をつくナルキに近づく。
「待たれよ」
フィルバード公爵の声が響く。
「その白衣に仕込まれているものは、何か?」
「へっ?」
宮廷医薬師長がきょとんとする。厳しい表情で、フィルバード公爵が白衣の襟を掴んだ。
「な、何をなさいます!」
「こちらの台詞だ」
フィルバード公爵が手を放すと、宮廷医薬師長がその場に尻もちをついた。
「これは、何だ!」
フィルバード公爵が掲げる。
大窓から差し込む光を、大針がきらりと弾く。
ナルキが目を見張った。
「それは……、毒針でしょうか」
「し、知りません!」
宮廷医薬師長が悲鳴を上げた。
「ほほほ本当です! まったく身に覚えがない!」
「この愚か者が! 王族を暗殺するつもりだったのか!」
フィルバード公爵の言葉に、謁見の間に居並ぶ人々が凍り付いた。




