第34筆 おいしい紅茶
日暮れの柔らかな光が、執務室を照らしている。
「返上します」
「お前が持っていろ」
取り合わないラウルに、リットが眉を寄せた。
「俺が持っていたらだめでしょ。これ」
「丁度いい手綱だ。持っていろ」
「馬じゃありません」
「知っている」
執務机で、ラウルが報告書にサインをした。文箱へ入れる。
「お前の血統については、陛下が箝口令を出した」
「知っています。ありがたい」
肩をすくめるリットに、ラウルは机上に肘をつく。
「その短剣は、まぎれもなく王族のもの」
柄元に彫られたフルミアの紋章。リットの手の中で光る。
「忠誠の証として、お前にやる」
ラウルの紫の目が鋭い。
「反旗を翻す時、オレに返せばいい」
「……うっわ」
心底嫌そうに、リットが呟く。
「何の殺し文句ですか、それ」
「オレに殺されるなら本望だろう?」
「いえ、御免です」
くく、とラウルが笑う。
「お帰りなさい」
リットが自身の執務室へ戻ると、トウリが出迎えた。
その手に、紅茶のポット。
「疲れた……」
リットが椅子を引き、座る。その腰に短剣がある。
「結局、ラウル殿下にお返しできなかったんですね」
「手綱だってさ。持っていろってさ」
「〈白雪騎士物語〉みたいに、跪きました?」
「俺が騎士礼を執ると思うか?」
「思いません」
「だろー?」
くわっ、とあくびを一つ。リットが目をこする。
「仮眠をとられたのに、まだ眠いのですか」
トウリがカップへ紅茶を注ぐ。冷やされた金色が光を弾く。
「中途半端に目が冴えてな。今になって眠い」
「子どもみたいですよ」
「十四歳にそう言われると、ちょっと傷つく」
「それは僕の台詞です」
トウリがソーサーごと、紅茶のカップを手渡した。
リットが口をつける。
冷たい紅茶がするりと喉を通る。花のような香り。ふぅ、と息をついた。
窓の外に目をやれば、穏やかな黄昏。
風に城壁の旗がなびく。青い鳥が二羽、さえずりながら飛んでいく。
「もうひと眠りしようかな」
リットの呟きに、トウリが顔をしかめる。
「夜、眠れなくなりますよ」
「はっはっは。子どもみたいだな。そうなったら、ジンのところへ夜這いに行くかな。酒を片手に」
「夜這いって……」
トウリが首を横に振った。
「また返り討ちに遭いますよ」
うーん、リットが唸る。
「ずるいよなぁ。酒も強いんだから」
「リット様」
じとり、とトウリが目を据わらせる。
「現実から、逃げようとしていません?」
「はっはっは。何のことだか」
笑いながら、リットは視線を窓の外から外さない。部屋のある一点を見ようともしない。
「儀式記録の清書、まだですよね?」
「……焦っては事を仕損じるぞ、トウリ」
ずずず、とリットが紅茶を飲み干す。
「やる気はあるのですよね?」
「さあ? どうかな」
「リット様」
びし、とトウリが執務机を指差した。
「働け!」
終




