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第33筆 父と子


「待て、リット!」

 薄暗い侍従用通路にジンの声が響く。


「ジン! 外へ繋がる出口はわかるか?」

「おれが知っているわけないじゃないか」

 かこん、と遠くで何かが開いた。


「……すまん。取り消す。出口を使ったようだ」

「案内してくれ、ジン」

 並走していたジンが、リットの先を行く。侍従や侍女には遭遇しない。二つ角を曲がると、風が吹いた。


 壁の一部が開いていた。

 ジンとリットがくぐる。


 視界に薄青の空が広がった。庭園の端。青い小花を咲かせるセルランタが、風に揺れている。


「サフィルド!」

「おや、リットか。早いな」

 サフィルドが振り返った。ジンの姿を見て、左手で頭を掻く。


「そうか。灰青の牙(ジキタリア)か。薄暗い通路でも()えるからな」

 ふっと、サフィルドは唇を歪めた。


「その目を忌まわしいと思わないのかい? 優れた身体能力と引き換えに、短命だ。君はあと何年、生きられるのかな?」

「守りたいものを守れれば、おれは後悔しない」

 ジンの言葉に、リットが目を見張った。


「くくく。ゼンもそう言っていたよ」

 白い手袋をした左手を口に当て、サフィルドが笑う。


「サフィルド」

 リットがジンの前に出た。


「魔書をラウルに贈りつけたのは、お前だな」

「うん」

 あっさりと頷く。


「事をややこしくしやがって……」

 リットが舌打ちをした。


「でも、万事解決しただろう? 見事、見事」

 サフィルドが拍手をする。

「お前は! 何がしたいんだ!」


 リットの叫びが薄青の空に吸い込まれる。

 風が吹く。

 青いセルランタの花が揺れる。


「……悲劇だと、思わないか」

 静かな声で、サフィルドが呟く。


他人(ひと)の都合で真実が曲げられる。悲恋の塔の話が、まさにそれだ」


 ――役人の身分違いの恋。

 ――先王に恋人との仲を引き裂かれた王女は、失意のうちに夏の離宮の塔から身を投げた。


「イリカは身投げなんかしていない」

 強い声に、びくりとリットは肩を震わせた。


「じゃ、じゃあ……何故、そう伝わっているんだ」

「人は皆、悲劇が好きだからだよ」

 だから、とサフィルドが続ける。


「俺は悲劇を書く。物語でも、現実でもな」


 王の悲劇を描いた〈アルバート王〉、身分違いの悲恋を描いた〈サンロマスの恋人たち〉、伯爵家の没落を描いた〈嵐の荒野でダンス〉。


「サフィルド! お前が(そそのか)したのか!」

 リットが叫ぶ。


「王族を騙れば、死罪だぞ!」

「実行に移すかどうかは、本人たち次第だよ。俺は、駒を置いただけさ」


 リットが唇を噛む。行動に移すかは、ナルキやフィルバード公爵の意思。


 ただ、陰謀の背中を押した。


「リット」

 鞘に納まった短剣を、サフィルドが腰から抜く。

 投げる。


「あっぶな!」

 それでも確実にリットは受け取った。


「あげるよ。お前が持っていたほうが、相応(ふさわ)しい」

「何を――」


 言いかけて、リットが固まった。手の中にある短剣。その柄元に彫られた紋章。


「じゃあ。元気で」

 ひらりと手を振り、サフィルドが去っていく。


「おい、リット! 追わなくていいのか!」

 ジンが焦ったように友を見る。


「……あいつのことだ。また、隠し通路か何かで、逃げるに決まって――」


 庭園に、何故か馬の嘶きが響く。蹄の音が遠ざかる。


「……王城内だぞ」

 呆れたようにジンが呟いた。






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― 新着の感想 ―
[一言] 親父さん本人は息子への贖罪という感じなんだろうけど 当人は王族という身分にそれほど価値を見出していないからなあ ただ母親の真実を伏せるところなんかはひねくれ者ですね
[一言] 捻くれ者のお父さんを持つと大変ですね。 悲劇の道筋を描きながら息子のことは好きなんだろうなぁ。 ……イリカ王姉どうやって口説き落としたんだろう。 (−_−;)素直な展開では無さそう。 残り…
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