第26筆 疑惑
控えの間で、ナルキが素早く点眼薬をさす。
瞬きをして、息をついた。
「ノール大神官様。ナルキ様」
ヤマセが微笑む。その後ろにトレーを持ったトウリがいる。
「お疲れ様でございます。紅茶をご用意しました」
ヤマセがトウリへ頷いて見せる。椅子に座ったノール大神官とナルキへ、トウリが紅茶のカップを手渡す。
よく冷えた紅茶を、ノール大神官は一気飲みする。
「ああ……、生き返った心地だ」
ノール大神官が呟いた。トウリが空のカップにおかわりを注ぐ。
「儀式が無事に終わり、一安心しました」
そう言って、ナルキが視線を投げた。視線の先、壁際にはタルガとユーリが控えている。
「ナルキ」
フィルバード公爵が、ニーナ神殿付き書記官を伴って現れた。
「体調は……、大丈夫そうだな」
ナルキがカップを置き、立ち上がる。天窓からの光に、ナルキの薄紫色の瞳がきらめいた。
「そのようです」
ナルキが頷けば、フィルバード公爵が椅子に腰を下ろした。侍従よろしく、書記官は控えの間の隅に移動する。トウリが口を開きかけると、書記官は口元に人差し指を当てた。トウリが口を噤む。
「ご苦労だった。ノール大神官」
「はっ」
フィルバード公爵の労いに、ノール大神官が会釈で返す。
「陛下の体調も、回復するだろう――何事もなければ、な」
フィルバード公爵が笑みを浮かべる。
「下がるのが早いな、フィルバード公爵」
かつん、と靴音が響く。
「ラウル殿下」
フィルバード公爵が椅子から立つ。紫の瞳が、公爵を射る。
「急ぎの用でもあったのか?」
背後にタギとジンを従えて、ラウルが冷笑を浮かべた。
「いえ……。ナルキは初めての儀式だったので。疲れていないかと」
「陛下より、神官見習いの体調を気にするのだな」
険のある声に、フィルバード公爵が眉を寄せる。
「畏れながら。ナルキは〈彩色の掟〉――王族である証の、金髪に紫の瞳を持っております。臣下として、体調が気になるのは普通のこと」
「本当の王族として、認められたわけではないぞ」
ラウルの言葉に、フィルバード公爵は口を閉じた。だが、その瞳は雄弁にぎらついている。
「リトラルド・リトン一級宮廷書記官」
ラウルが振り向いた。
「儀式記録は完成したか?」
ひくり、とリットの顔が引き攣る。
「焦っては事を仕損じますよ」
「寝ていたのか?」
ラウルの紫の目が尖る。
「違います」
「内職か」
「……儀式記録は、まだ草書です。後日、清書してお持ちいたします」
慇懃にリットが一礼をする。ふん、とラウルが鼻を鳴らした。
「聖なる儀式の最中に内職とは。首を刎ねてもいいのだが」
「ラウル殿下は、恐ろしいことを仰いますねぇ」
惚けた様子で肩をすくめたリットに、フィルバード公爵が声を上げた。
「不敬だぞ、リット!」
ここぞとばかりに、糾弾する。
「陛下のための儀式を蔑ろにするとは! さては、何か企んでいるな!」
フィルバード公爵がリットを指差す。
「陛下の体調不良も、さてはお前が仕組んだことか!」
控えの間に驚きが広がる。
「リ、リット様は! 何もしていません!」
堪らずにトウリが叫んだ。
「侍従の言うことなど、信じられるか」
フィルバード公爵に睨まれ、びくりとトウリは体を震わせた。
それでも、反論する。
「リット様は、陛下にお会いしていません!」
「どうだかな」
フィルバード公爵が吐き捨てる。
「あのユヅキとかいう女宮廷薬剤師と結託しているのだろう。もしかしたら、毒を盛ったのかもしれぬ。儀式を終えても、陛下の体調が回復されなかったら、お前たち二人の首を刎ねてやる!」
「――私がなんでしょう?」
礼拝堂とは反対側の扉が開く。
ユヅキが王と王妃とともに、姿を現した。




