第25筆 内緒の内職
左右の大窓に、夜闇が張りついている。
無数の蝋燭が灯されていても、高い天井まで光は届かない。石造りの柱が並び、静謐な空間を支えていた。
正面の大きな円形窓の向こう。
満月が輝いている。
外陣には、貴族や高位の政務官たちが椅子に座っている。その頭上にフルミアの青い旗。国章の鷲大狼――鷲の上半身に狼の下半身を持った神獣が、銀の糸で刺繍されていた。
内陣から、朗々とした祈り。
白地に銀の装飾が施された、豪華な衣を纏ったノール大神官が聖句を唱える。月神の加護を請う。
ノール大神官の祈りに合わせて、傍らに控えたナルキがハンドベルを鳴らす。カラン、と澄んだ鐘の音が高い天井に吸い込まれる。
声を潜めたリットが、隣の席のセイザンに打診する。
「……眠気覚ましに、内職してもいいでしょうか?」
「……恋文代筆かい?」
「……ええ。まあ」
「……本職の、儀式記録はどうするんだい?」
「……慣例通りでしょう? ノール大神官がミスらなければ、慣例通り書いておきます」
「……宮廷書記官たちに、手本の飾り文字を書く条件で、許すよ」
にやっとリットが笑う。
「……ありがとうございます」
小声でも、耳の良いジンには聞こえていたようで、目が合った。
――寝るなよ。
ジンの口が動く。
――お前もな。
リットが言い返す。
正面の窓の向こう、空が白み始めた。
ルーリリリ、と鳥の鳴き声が微かに聴こえる。
ノール大神官がナルキを見た。彼が頷き、ハンドベルを激しく鳴らした。うたた寝していた貴族の何人かが、はっと目を覚ます。
「月神の守護よ、永久に。銀雪の国よ。栄え給え、輝き給え!」
ノール大神官が叫ぶ。
それは儀式終了の言葉。
しん、と礼拝の間が静まり返る。
ゆっくりとした足取りで、ノール大神官が退出した。ナルキもその後に続く。
一気に、礼拝の間の空気が弛緩した。
ラウルが席を立ち、ジンと共に控えの間へ移動する。タギも兄の後を追う。
「お疲れさまでした、セイザン様」
リットの言葉に、セイザンが強張った肩を解す。
「いやあ。長時間の儀式は、老体に堪えるね」
「何を仰います」
リットが笑みを浮かべた。
「本番はこれからですよ」




