第24筆 いざ、立てよ礼拝の間へ
身支度を済ませたラウルが、仕事の報告書を読んでいると、私室の扉がノックされた。
「タギ・スコット統括官です」
「入れ」
改修中の夏の離宮から馬を飛ばして来たらしい。
一応は整えたのであろう金髪が、僅かに乱れている。彼の紫の目には、焦りが浮かんでいる。
「ラウル殿下。陛下の容態は――」
「タギ」
ラウルが言葉を遮った。
「二人きりの時は、兄上でいい」
「ありがとうございます。兄上」
王族から臣籍降下しても、同腹の兄弟には変わりない。
「父上の容態は?」
「夏風邪だ。母上とユヅキ一級宮廷医薬師がついている」
「ユヅキどのが?」
タギが首を傾げた。
「ザイール宮廷医薬師長では、ないのですか」
「聞いていないのか? ザイールは投獄された」
「何ゆえ!」
驚くタギへ、ラウルは今までの経緯を説明する。
王姉の遺児を名乗るナルキが現れたこと。彼の暗殺を企んだとして、ザイールが投獄されたこと。
王の体調回復を願って、夜通し儀式を行うこと。
「ナルキという男が〈彩色の掟〉……、我らと同じ金髪に紫目なのですね?」
「そうだ」
「ラウル殿下」
タギが床に膝をつく。
「私も、儀式に同席させてください」
真摯な弟の目が、ラウルを映す。
「同席して、どうする? お前に王族の真贋がわかるのか?」
「わかりません。けれども、行けばわかる、見ればわかることもあります」
じっとラウルはタギの目を見返す。同じ紫の瞳に宿る、強い意志。
「……スミカは息災か?」
「え? ええ、はい」
唐突な伴侶の名に、タギは動揺する。
ラウルの唇の端が吊り上がった。
「立て、タギ・スコット統括官。儀式への同席を許可しよう」
「ありがとうございます!」
破顔した弟に、幼さはなかった。
控えの間に、二人の騎士が現れた。
「近衛騎士団所属、タルガです」
「同じく、ユーリです」
黒髪の騎士タルガ、茶髪の騎士ユーリが揃って、椅子に座るナルキへ頭を下げた。ナルキの表情が曇る。
「ディエス団長は、どうされたのだ」
「陛下のお傍に」
タルガが答えた。
「ナルキ様とノール大神官様の御身を、我ら二人がお守りいたします」
優雅な物腰で、ユーリが騎士礼を執った。
ナルキとノール大神官が顔を見合わせる。
「フィルバード公爵は、いずこに」
ノール大神官が不安げに目を泳がせた。
「フィルバード公爵様は、先に礼拝の間でお待ちです」
答えたタルガが微笑む。
「若造二人で心もとないかもしれません。しかし、ディエス団長の命令を受けております」
ユーリがタルガの言葉を引き継ぐ。
「それに、ご安心を。礼拝堂にはジン副団長が控えております」
「国内随一の剣の腕を持つ、〈剣の鷲大狼〉――ラウル殿下のお傍に、か」
ナルキの呟きに、ユーリが首肯する。
「さあ、参りましょう。日は沈み、月が昇ります」
ユーリの言葉に、ナルキは椅子から腰を上げた。




