第22筆 毒も薬も紙一重だから
「ユヅキどのはいるか?」
医薬室をリットが訪れた。傍らに荷物持ちとして控えるトウリは、緊張の面持ち。
「はい……、いらっしゃいます……」
青白い顔をした、年若の青年が奥の部屋を指差す。
「邪魔するぞ」
すれ違いざまに、リットは青年の肩を叩く。
「絶望するには、まだ早い」
「ですが……、ザイール様は、まだ牢の中です」
「でも墓の中じゃない」
リットが不敵に笑う。自信に満ちた声に、青年が目を見開いた。
「ユヅキどの。邪魔するぞ」
「どうぞ、入ってー」
奥の部屋には、薬草の青臭い匂いが充満している。
「今度は何ですか?」
「んー? 点眼薬」
オイルランプでビーカーを熱しながら、ユヅキが答える。視線はビーカーに注がれたまま。
「六年前の偽物は、特殊な蝋燭の光のもとで、瞳の色が紫色になったんだけど。今回は、昼夜場所問わず、紫だからねー。難しいねー」
「おや。一級宮廷医薬師どのでも、難題ですか」
含みのあるリットの言葉に、ユヅキの眉が跳ねた。
「……リット」
ユヅキが顔を上げる。緑と翠の視線がぶつかる。
「何か、掴んだな?」
リットの唇が弧を描いた。トウリを見る。
ユヅキへ、トウリが持っていた物を差し出した。革の装丁、表紙に描かれた摩訶不思議な文様。
「魔書?」
「所有しているだけで、厄災を招くという、物騒な代物です」
「どうして、リットが持っているんだ?」
魔書を受け取り、ユヅキがぱらぱらとページをめくる。
悪魔を召喚する魔法陣をはじめ、猫を使い魔にする方法、若返り薬の作り方、翼の生やし方、他者に変身する薬の材料、瞳の色を変える薬、ドラゴンの乗り方、一角獣の繁殖方法、嫌なやつを転ばせる魔法、などが書かれている。
「本当は、ラウル殿下に贈りつけられたのですが。俺に押しつけやがりました」
「なるほど。贈り主は」
リットが首を横に振る。
「さあ? 国内の貴族の誰か、としかわかりません」
「贈り主は判明しているようなものだろ」
彼女の鋭い目が、リットを射る。
「魔書は希少書。高価な書物。これだけ状態の良い魔書だ。金貨の価値がある。財力がないと手に入れられない」
ユヅキはページをめくる手を止めた。
「所有しているだけで、厄災を招く。生ぬるい方法だが、政敵を蹴落とすには、証拠が出ない方法だ」
「ラウル殿下がいなくなれば、得をする人物。と、お考えで?」
「お前も同じ考えだろ」
リットはわざとらしく肩をすくめた。主人の様子に、トウリが冷ややかな目で見る。
「それで?」
ユヅキが微笑んだ。
「もしかしなくても。私に、これを作れと?」
彼女が、薬の作り方のページをリットへ見せる。
「その通りです」
「ふーん。色は、紫だね」
とんとん、とユヅキがページを指で叩いた。
記されているのは、瞳の色を変える薬の作り方。




