第21筆 長い小言、その先の閃き
リットが大部屋へ向かえば、セイザン宮廷書記官長が笑顔で待っていた。
「さっき、ラウル殿下の使いの者が来てね。部屋に来い、だそうだ」
ひくり、とリットの顔が引き攣る。
「こんな時に呼び出すなんて。何の用ですかね?」
「さあ」
セイザンが首を傾げる。
「何はともあれ、行けばわかるよ。何事も」
「……そーですね」
ため息ひとつ。リットは踵を返した。
いくつもの回廊を抜けて、何人もの侍従とすれ違い、何度も衛兵たちに頭を下げられながら、第一王子の執務室にたどり着く。
扉をノックすれば、入室許可の声。
「リット様。お待ちしておりました」
「やあ。ヤマセ」
黒髪の青年侍従が頭を垂れる。執務室内には、部屋の主の他に、逞しい騎士が控えていた。
「ディエス団長どの」
リットの目が丸くなる。近衛騎士団団長がいるとは。
「バッタリ偶然……、というわけでは、ありませんね」
リットへディエスが頷く。
「護衛だ」
「近衛騎士団団長どのが、直々に」
困ったように、ディエスが手で短い髪を掻いた。
「知っているだろう、リット。陛下が体調を崩されたことを」
「ええ」
ディエスの目が鋭く光る。
「この機に乗じて、不届き者が現れるかもしれない」
「陛下と殿下がいなくなれば、得する方々がいらっしゃいますからね。現に、ラウル殿下は厄災を招く魔書を贈りつけられましたし」
リットが肩をすくめた。
「お前も、得をする一人か? リット」
執務机に片肘をついて、ラウルが睨んだ。
「まっさかー」
満面の笑みをリットが浮かべる。
「主従契約がなくなって、悠々自適な代筆屋に戻れる! ……なーんて、思っていませんよ」
ラウルの眉間に皺。
「リット……」
深く、ディエスが息をついた。
「いくらラウル殿下に見出された書記官と言えども。一級宮廷書記官の肩書を与えられたのだぞ? 爵位なしだが、高い職位には変わりない。それ相応の言動を――」
「申し訳ない。ディエス団長どの」
頭を抱えて、リットが手で制した。
「長い小言は、ジンで間に合っています」
「む……。失礼した」
くく、と喉の奥でラウルが笑う。
「そのジンが先日、謁見の間で、面白いものを見たそうだな?」
ラウルが椅子の背にもたれた。
「ザイール宮廷医薬師長と、フィルバード公爵」
「お耳に届いている通りです」
リットが胸に手を当てた。軽く頭を下げる。
――宮廷医薬師長の白衣に毒針が仕込まれていたフリをして、フィルバード公爵が自分の袖口から取り出した。
「だが、証拠がない」
ディエスが口を挟む。
「おや。ディエス団長どのは、副団長の言葉を信じない?」
「そうではない、リット」
ディエスが首を横に振る。
「卓越した身体能力を持つ、灰青の牙。その灰青の目を、私は信じる」
「だが、証拠がない」
ディエスの言葉を、リットが繰り返した。ディエスが頷く。
「証拠……です、か」
ふっと、リットの目がラウルを見た。
第一王子。
王太子。
魔書。
「何だ?」
怪訝そうに尋ねるラウルに、リットは満面の笑み。
「違和感。そういうことか」
反対に、ラウルは不機嫌な声。
「何か気づいたのなら、言え」
「ラウル殿下」
リットが執務机に近づく。
「陛下の体調回復を願って、ノール大神官とナルキどのに、儀式を行ってもらいましょう」




