第19筆 壁の裏で悲劇の話
「こんな、隠し通路があったんだ……」
ミズハが驚嘆の言葉を零した。
「侍従や侍女たちの通路です」
先頭のトウリが答える。
続きの間の柱の陰、垂れ幕の裏に通路の入り口はあった。
足元は平らなレンガ敷きで歩きやすい。等間隔でくり抜かれた明かり取りの窓が並び、暗くはない。
たまに侍従とすれ違う。
相手はユヅキ、ミズハの姿にぎょっとなるが、リットが笑顔で「やあ」と声を掛けると、諦めたように微笑んだ。
「探検ですか? リット様」
「うん、そう。内緒で頼む」
「かしこまりました」
次にすれ違った二人の侍女は、何も言わなかった。くすくすと笑い合い、リットへ頭を下げる。
「愛されているねぇ、リット」
ユヅキが呟く。
「働く人の味方、宮廷書記官ですからね」
「恋文代筆か」
一発で看破された。
「私も、頼もうかな?」
「ディエス団長宛ですか」
「そー。長い小言は勘弁してくれって」
ユヅキが一つに結った髪を手に取る。短くなった毛先。
「怒られました?」
彼女がリットへ頷く。
「ジンの目撃証言も伝えたけどね」
「ディエス団長どのは何と?」
「やっぱり、物理的な証拠がないとダメだって」
「そうですか」
うーん、と唸るリットをユヅキが横目で見る。
「リット」
「はい?」
「ナルキが偽物だと、一発で証明できる方法がある」
「ほう」
翠の目が大きくなる。
「……ユヅキどのは、偽物とお思いで?」
彼女が首肯した。
「だって。ザイール様は、衆人環視の中で暗殺なんてしない」
強い声音に、トウリは胸を打たれた。
上司に対する、深い信頼――。
「やるなら、就寝中の心臓発作だと思われるように、こっそり暗殺するぞ?」
違った。
トウリは、がくりと膝から崩れ落ちそうになる。
「こ、こわい……」
思わず呟くトウリに、ユヅキは鼻を鳴らした。
「宮廷医薬師をなめるなって話」
ユヅキが不満そうに頬を膨らます。
「それに、おかしい。謁見の間の一件から、私も含めて、誰も宮廷医薬師をナルキに近づけさせない」
「フィルバード公爵が、ですか?」
「そう」
リットとトウリが目を合わせた。宮廷医薬師と会わせない彼に、会っている。
「……なめられているのは、俺かもしれないな」
「何が?」
リットの呟きを、ユヅキが拾う。
「いえ、お気になさらず。……っと、話の途中でしたね」
リットが微笑む。が、その目は笑っていない。
「それで。一発で偽物と証明できる方法とは?」
「〈悲恋の塔〉の話は知っているか」
「まあ」
曖昧に答えるリットに、ミズハが口を開く。
「陛下の姉君、イリカ王女のことですよね?」
確か、とミズハが続ける。
「役人との身分違いの恋。先王に恋人との仲を引き裂かれ、失意のうちに夏の離宮――恋人と過ごした塔から身を投げた」
そうそれ、とユヅキが頷いた。
「イリカ王女の遺児が生きている、という噂は前からあった」
「もしかして、ユヅキ様」
ミズハが顔を強張らせる。
「ナルキ様が偽物だと、一発で証明できる方法って……」
「そう。本物の遺児が現れること。まあ、生きていたらだけどね」
リットの足が止まった。




