第18筆 王の不調
「リット様!」
ノックを忘れて、執務室にミズハが飛び込んできた。
ミズハの慌てぶりに、リットの顔から表情が抜け落ちる。
「何があった? ミズハ二級宮廷書記官」
感情のこもらない声に、ミズハと控えていたトウリがびくりと体を震わせた。
「へ、陛下が……体調を崩されました」
「何?」
「熱と咳です。寝室でお休みになり、王妃様が看病されていますが――」
ミズハが言い終わらないうちに、リットが席を立つ。職位のマントを羽織り、白鷲の三枚羽根を胸に留めた。
「行くぞ」
「はい」
トウリが頷く。
リットとトウリが廊下に出れば、ミズハの声が飛んだ。
「お、お待ちください!」
「何だ?」
素晴らしい歩幅を披露するリットに、ミズハは駆け足になる。
「陛下が、人払いをされています!」
「だろうな」
あっさりと認めて、それでもリットは足を緩めない。
「リット様」
小走りで並走しながら、トウリが心配そうに見上げる。
「呼ばれてもいないのに。陛下に謁見はできませんよ」
「行けばわかるさ。何事も」
長い回廊を抜けて、王城の奥へと進む。
出会う政務官たちが、全員リットに道を譲った。城内を守る衛兵たちが頭を下げる。貴族たちがたむろしている。
回廊から続きの間に入る。
侍従たちがせわしなく行き交う。
王の居室、その手前の控えの間で、衛兵に行く手を遮られた。
「申し訳ございません、リット一級宮廷書記官様。お通しできません」
長槍が進路を阻む。
「今、寝室に誰がいる?」
鋭い翠の光に気圧されて、衛兵の顔が強張る。
「王妃様か?」
「お、王妃様と。ユヅキ一級宮廷医薬師様が、診察中です」
「ふーん」
リットが呟き、大人しく引き下がった。ほっと、衛兵が息をつく。
微かに扉の開く音がした。
退出の言葉が聞こえる。ほどなくして、ユヅキが姿を現した。一つに結った、その茶色の髪は、以前より短い。
「おや、リット。サボり?」
「ユヅキどのの出待ちをしておりました」
胸に手を当て、リットは芝居がかった仕草で貴族礼をする。
「へぇ。私の熱烈な信奉者だったとは、知らなかったよ」
「俺以上に、ユヅキどのとお話ししたい貴族たちがいます」
「だろーね」
ユヅキが手で頭を掻いた。
「医薬室まで、お送りしますよ」
微笑むリットに、ユヅキが意図を覚る。このまま回廊へ出れば、貴族連中に囲まれ、王の容態を根掘り葉掘り聞かれることは必至。
「お願いしようかな? 騎士どの」
「では、参りましょう。淑女」
二人のやり取りに、ミズハが目を丸くする。
トウリが小さく肩をすくめた。