第15筆 言葉の毒
サフィルドが目を細めた。
「そっちは、ジンかい? 大きくなったなぁ」
しみじみと言われ、ジンは反応に困る。
「灰青の瞳。ゼンとよく似ている」
「父を……知っているのですか?」
「うん。我が友だったよ」
自ら口にした過去形に、サフィルドの目が僅かに陰る。
「おい、ジン」
リットの声が険しい。
「こんなヤツに敬語を使うな。口が腐る」
「いや、しかし……。お前の父君だろう?」
「それは事実」
「なら――」
「だが! 彩色だけしか、恩は感じていない!」
びし、とリットが指を差す。
「お前のせいで、俺はニンジンが嫌いになった!」
「え、嘘?」
サフィルドの目が丸くなる。
「本当だ!」
「えー? 小さい頃は普通に食べていたじゃん」
「毎食毎日ニンジンを食わされてみろ! 嫌いになるわ!」
「仕方ないだろう。お金がなかったんだから」
白い手袋をした左手で、サフィルドは頭を掻く。
「でも。十歳ぐらいになったら、お前、短弓を覚えて、山鳥や兎を仕留めてきただろう? 毎食ニンジン期間は、そんなに長くなかったはず」
ジンとトウリが憐れみの視線を投げた。
「ふざけるな!」
恨みのこもった声で、リットが叫ぶ。
「大体、何でもかんでも、ややこしくしやがって! スコット家ご令嬢との文通や、シンバル第二王女の手紙代筆! 覚えていないとは、言わせない!」
「うん、うん。覚えている。大丈夫だ」
「大丈夫じゃねえ!」
リットがジンの背を叩く。
「行け、ジン! あれが諸悪の根源だ。叩き斬れ!」
「……親子喧嘩に、おれを巻き込むなよ」
ジンが長剣の柄から手を離す。
サフィルドが胸の前で腕を組んだ。
「と、言うか。どうするんだ、お前?」
「何が」
噛みつきそうな目で、リットがサフィルドを睨む。
「俺に対して口が悪いのは、横に置いておいて」
「恩着せがましい」
おや、とサフィルドが小首を傾げる。
「恩にカウントしてほしいのかい?」
「ぐっ。……揚げ足取りは醜いぞ」
「うん。アゲアシドリという瘤の持った鳥がシンバルにいるねぇ。食べられないけど」
「どうでもいい!」
「お前が言ったんだろう?」
非難がましく言うサフィルドに、リットは頭を抱えた。
「……おれの頭痛と胃痛の気持ちがわかったか?」
ジンが呟く。
「ああ。わかりたくなかった」
「おい」
二人のやり取りに、サフィルドが小さく笑う。
「いいなぁ。俺とゼンも、そんな感じだったよ」
「思い出に浸るのはひとりでしろ」
険しいリットの言葉に、サフィルドは肩をすくめた。
「手厳しいね。それで、話を戻すけれど」
サフィルドの目に、鋭い光が宿る。
「王姉の遺児を名乗る青年が現れた。いいのかい? リット」
「お前は、フィルバード公爵側だろう」
ふっとサフィルドの口元が緩んだ。
「さぁね」
懐から小瓶を取り出す。
中の液体が星灯りに揺れる。
「早くしないと、これの出番になっちゃうよ? 飲めたものじゃ、ないけどね」
サフィルドが小瓶を振った。
「王と王太子。二人が居なくなったら、誰が得をする?」
リットが息を呑む。
「――させるか!」
ジンが動いた。長剣を鞘に納めたまま、振るう。
「おっと」
サフィルドが身を翻す。避ける。
「さすが、灰青の牙。動きが速いね」
至近距離で、サフィルドの翠と目が合う。
「君は、あと何年生きられるのかな?」
「ジン!」
リットの声に、ジンは飛び退いた。鞘に収まった短剣が襲う。
「おお、避けられた」
右手に短剣を持ったサフィルドが嗤った。
「何!」
斬手されたはずの右手がある。
「義手だよ」
驚くジンに、サフィルドが告げる。
「その様子じゃ、知っているみたいだね。リットが王姉の子だと」
ジンが眼差しを尖らせる。
「正直者だね」
サフィルドが小瓶を投げた。ジンが掴み取る。
「君にあげるよ。使うといい」
「毒などに用はない」
「ふふ。面白いことを言うね」
サフィルドが短剣を腰に差す。
「俺は一言も、毒なんて言っていないよ」
「なっ!」
ジンが驚き、その手の中の小瓶を見た。
蓋を開ける。インクの香り。
「ニーナ神殿付き書記官、サールド・フィルドで通っているから」
サフィルドが踵を返す。
「よろしく、若者たち」
振り返らずに、去っていく。