第12筆 暗闇に月神の加護を
「うん?」
リットが城内のざわめきに首を捻る。
日が暮れた薄闇の中、回廊には蝋燭が灯されている。侍従や侍女たちの影が、せわしなく行き交う。
「これは、何かあったかな?」
リットの目配せに、トウリが頷く。壁の装飾掛布の裏にある、使用人の通路に飛び込んだ。
程なくして、戻ってくる。
「リット様。ニーナ神殿の大神官、ノール様が王城に到着されたそうです」
「ほー。そうなると、また謁見の間か」
「はい」
「っと。その前に」
リットが薄闇に沈む庭に出た。
息を吸う。
「ジン!」
藍色の空に向けて、叫ぶ。
「先に行っているぞ!」
庭に篝火を灯した衛兵が、何事かと目を丸くする。
「よし。行こう」
満足げにリットは歩き出す。
「え……、聴こえるんですか? あれで?」
「ジンはジンだから大丈夫だ」
「友の扱いが雑ですよ、リット様」
謁見の間の大きな扉の前で。
「リット!」
ジンと合流した。
「おー、早かったな」
「あのなぁ」
文句を言いたそうなジンを、リットは片手で制した。
「小言はあとだ」
職位のマントを羽織っていても、扉を守る二人の衛兵は長槍を交差させた。
「陛下より、謁見の間には誰も入れるなと、ご命令です!」
「ふーん。誰も入れるな、ねぇ」
リットが目を細め、二人の衛兵の顔を見て言う。
「近衛騎士団副団長でも、駄目か?」
「は、はい……」
ごくりと、衛兵たちが唾を飲み込む。申し訳なさそうに、ジンの顔を窺う。
「気にするな」
ジンが薄く笑う。
「お前たちは、お前たちの職務を果たせばいい」
「あ、ありがとうございます……」
二人の衛兵は、涙目になって長槍を戻した。
「中には誰がいる?」
ジンの疑問に、片方の衛兵が答える。
「陛下と、ラウル王太子様。ニーナ神殿のノール大神官様と、その付き人です」
「わかった。ありがとう」
ジンが引き下がる。リットとトウリも踵を返す。回廊を戻り、角を曲がった。
リットとジンが目配せをする。
「月神だっけ?」
「ああ。そうだ」
二人して頷き合う。
「……何の話ですか?」
トウリが怪訝そうにリットを見上げる。
「あー、トウリ。声を出さないという約束ができるなら、ついて来てもいいぞ」
「え、ええ。約束できます」
首を傾げるトウリに、ジンが困ったように眉を寄せた。
「おれとも約束できるか? 口外しない、と」
トウリが首肯する。
「では。いざ」
何故かとても楽しそうに、リットが壁の装飾掛布の裏へ身を滑り込ませた。
ジンが後に続く。
「えっ」
トウリが慌てて自分の口を手で塞いだ。周囲を見回して、誰もいないことを確認する。
装飾掛布の裏へ飛び込んだ。
使用人通路ではない、狭い小部屋があった。三人で空間が一杯になる。
「げっ。夜だと余計にわからん」
リットが壁のレンガを撫でている。
「これだ」
リットの背後から、ジンが腕を伸ばす。迷いなく、一つのレンガを手で押した。月神の紋章が刻まれている。
がこん、と横の壁が開く。
「おー、さすが。暗闇でも見えるのか」
「まあな」
現れた隠し通路に、リットとジンが入る。
ジンがトウリに振り向いた。
「近衛騎士団の隠し通路だ。口外するなよ」
「い、いいんですか? 謁見の間に、続いているんじゃ……」
小声で呟くトウリに、リットが返す。
「誰も入るな、とは命令されていなかった」
「屁理屈……」
トウリがため息をついた。