第10筆 同じ彩色
ナルキに促され、リットが椅子に座る。
フィルバード公爵がナルキの隣の椅子に座った。トウリは壁際に控える。
「たくさん作品を書かれていますね」
紫の目を眩しそうに細めて、ナルキが言う。
「〈世直し伯爵~この紋章が目にはいらぬか~〉や、〈獅子王が参る!〉とか。恋愛ものの〈花の名は〉や〈世界の果てで真実を誓う〉も興味深いです」
「よくご存じで」
はっはっは、とリットが軽く笑った。
「全部、読みました」
「ありがとうございます」
「すべて、幸福な結末ですね。悲劇はお書きにならないのですか?」
ナルキの問いに、一瞬、リットは笑みを消す。
「――悲劇は間に合っています」
室内の気温が下がった気がした。ぶるり、とナルキが体を震わせる。リットは無表情だと、鋭い威圧を感じさせる。
だが、すぐ笑顔に戻った。
「トウリが教えてくれたのですが。サールド・フィルド卿の〈アルバート王〉が人気の悲劇だとか。お読みになりましたか?」
「え、ええ」
ナルキが頷く。
「初版を読みました」
「おお、お早い。ナルキどのは、悲劇もお好みで?」
「ん、んん!」
フィルバード公爵が咳払いをする。
「リット一級宮廷書記官。重ねて言うが……」
「失礼。ナルキ様、でしたね」
言葉だけでリットが謝ると、気にしないでくれ、とナルキが片手を挙げた。
「悲劇も好きです。ただ、一番に読むことができたのは、偶然ですよ」
「偶然と、おっしゃると?」
リットと、壁際に控えるトウリの目が、不思議そうに瞬く。
ナルキの口元が弧を描いた。
「新しく来た、ニーナ神殿付き書記官が、サールド・フィルド卿なのですよ」
「へぇ!」
リットが声を上げた。リットを驚かせたことに胸がすく思いなのだろう、フィルバード公爵が嗤う。
「ああ、そういえば」
ナルキが気づく。
「似ていますね」
「そのサールド・フィルド卿と私の作風が、ですか?」
リットの言葉に、ナルキは首を横に振った。
「いえ。容姿です。サールドもあなたと同じ、茶髪に翠目ですよ」