第9筆 初めまして、愛読者様
陽は傾いても、夕暮れにはまだ早い。
王城の外。
それでも目と鼻の先にフィルバード公爵の屋敷はあった。
「ようこそ。リット・リトン一級宮廷書記官、兼、宮廷書記官長補佐」
広いエントランスで、フィルバード公爵本人が出迎えた。
「お招き、ありがとうございます。フィルバード様」
他所行きの笑顔を浮かべて、リットがフィルバード公爵と握手をする。
「侍従のトウリが、西領ソラド産の二番茶摘みの紅茶を、絶賛しておりましたよ」
トウリが頭を下げる。
「ははは。それは、嬉しい」
さあ、とフィルバード公爵が屋敷の中へと招き入れた。白々しいまでに、過去に触れない。
「ヴァローナ嬢はお元気ですか?」
ぴくり、とフィルバード公爵の眉が動く。
「ああ。王立学校で、楽しくやっているようだ」
エントランスを抜けて、階段があるホールへ移動する。木製の階段の手すりには、双頭の鷲の紋章が緻密に彫り込まれていた。二階へ上がる。
「会わせたい人が居る」
通されたのは、庭が見下ろせる客間だった。
大きく採られた窓から、青い小花が集まって咲く、セルランタの花が見えた。蜜を求めてか、蝶が四、五頭飛んでいる。
書物を読んでいた彼が席を立つ。
「初めましての気がしませんが、初めまして。リット・リトンどの」
金髪に紫目。爽やかな笑みを、ナルキが浮かべた。
「それとも、人気作家、トリト・リュート卿とお呼びしたほうが?」
リットがフィルバード公爵を見る。公爵は薄笑いを浮かべていた。正体をバラしたのだろう。
リットが青年へ向き直る。
「リットで構いませんよ。ナルキどの」
様付けではない呼び方に、ぴくりとナルキの眉が跳ねた。
フィルバード公爵が咳払いをする。
「リット一級宮廷書記官。畏れ多くも、そこにいらっしゃるのは、〈彩色の掟〉を持つ王族だ」
「ああ、これは失礼」
慇懃優雅に、リットが頭を下げた。
「ラウル王太子にも、よく注意されます。お前は言動が軽いと。道化のようだと」
「……思った通り。面白い方だ」
ちらりと、ナルキがフィルバード公爵を見た。
「私が〈白雪騎士物語〉の愛読者で。公爵に無理を言って、お招きしました」
小卓の上に広げられた書物は、〈白雪騎士物語〉。
「お会いしたかった」
「光栄です」
リットが微笑み、ナルキと握手する。