Waltz at the end of the universe
「はい、お前チョコ好きだっただろ? コンビニで安くなってたから買ってきたよ」
ニコニコ笑顔の同居人が俺にピンク色の箱を渡したのは三月十五日だった。このやり取りを先月もやった記憶がある。確か二月十五日で、あの時もコンビニで半額になっていたチョコを買ってきた。去年や一昨年もそうだった。
うちの近所のコンビニは結構思い切っているから、バレンタインの翌日になると売れ残ったチョコをすぐ半額にしてしまう。ただまあ、そんなことでもしないと一箱千円以上のチョコなんて売れないだろう。半額でもちょっと高いくらいだ。
「サンキュ。一緒に食おうぜ」
「いいよ。俺が甘いの苦手なの知ってるだろ?」
「たまにはいいだろ」
渋る同居人を説得しつつ包装紙を破いて箱を開けると、甘い香りがふわりと広がった。いくら四桁すると言っても所詮はコンビニの商品だ。デパートや通販で売っているものに比べたら大したことがない。
それでも美味そうだと素直に思えるのは、同居人が買ってきてくれたという事実が嬉しいからだ。年上の恋人は真面目過ぎるくらい真面目で、おまけに意地っ張りな部分がある。当時まだ学生だった俺を人生を狂わせてしまったと言いながら悲しげに笑う時もあった。
家族も友人も捨てて、見知らぬ土地に引っ越して、互いに仕事を見付けて二人ぼっちで暮らしている。俺は幸せだと感じているが、こいつはちょっと後悔しているのだ。
俺の両親に付き合っていることがバレて、親父はこいつをボコボコにするまで殴った。お袋は色んなところに俺を誑かした最低な男がいると言い触らして、こいつの居場所を奪った。
前から俺に付き纏っていた女は、「私にしなよ」と気持ち悪い声で言い寄ってきた。押し付けられた胸がぶよぶよしていて気持ち悪かったのを覚えている。
そして、こいつが俺の前から姿を消した。
「なあ、これ抹茶味だって。お茶好きなんだし、これならいけるだろ」
「お茶が好きだからって、抹茶味のお菓子が食べられるとは限らないんだけどな」
「食ってみて駄目だったら、そのまま俺にくれよ」
そう言って口をパカって開ければ、同居人は顔を真っ赤にして側にあったクッションで俺の頭を殴った。痛くないし、可愛い。
そう、世界一可愛い。年上の男なのに可愛い。そうじゃなかったら俺は何年もかけてこいつのことを探さなかったし、男の抱き方を調べたりもしなかった。
「おっ、コンビニのくせに意外と美味い……」
「……そっか」
「ん? やっぱ食いたくなったか?」
聞くと首を横に振られた。
「そんなに喜ぶなら、来年は半額じゃないのをちゃんと買うよ」
「んー、俺は安くなった後でもいいけどな」
本当は安いから買ってきたなんて理由を付けず、十四日にチョコを買って俺に渡したい。同居人がそう思っていることくらいとっくに気付いている。俺がチョコを食べるところを見て、すげえ嬉しそうな顔をするから。
俺だってそっちの方が嬉しいけど、一度男同士の恋を全否定されたこいつにとってはわりと勇気のいることだ。だから代わりに、俺が二月と三月の十四日には花を買ったり、デパ地下の惣菜を買いまくって軽いパーティーみたいなものをする。それでこいつが喜ぶなら、それで十分だった。
チョコを食べていたら、同居人が寄りかかってきた。女と違って柔らかくもない体。そこから伝わる体温がひどく愛しい。
「……お前の気持ちは嬉しいけどさ」
「…………」
「本当は俺だってお前のために何でもしてあげたいんだ」
顔が見えないように俯きながら言われる。頬が熱い。それから目の奥がじくりと痛んで、視界が滲んだ。
こいつはたまにネガティブなことを言うけど、それと同じくらい俺への愛情がたっぷり詰まった言葉を静かに零す。それがどれだけの破壊力を持っているかなんて、多分自覚していない。俺だけが知っている。そして、そのまま誰にも渡さず、墓まで持って逝くつもりだ。
あらすじのは同居人の独白みたいなものです。