大根のフルコース
どうもこんにちは、涼と申します。ちょっと料理ができるだけの大学生です。
僕は今たいへん困惑しています。
友人が泣きついてくるからです。
「お願いしますこの野菜を料理してください」
「先月かぼちゃのフルコース作ったのは記憶にあるよね?」
「お見事でございました!」
同じアパートの、空室を挟んだ隣に住む友人⋯⋯英斗が、我が家の玄関に居座っている。
野菜が詰まった段ボールを引っさげて。
親からの仕送りで野菜が届いたという彼は、しかし自炊ができない。覚えろと言っても頑張れない。
それなのに先月、僕がかぼちゃのフルコースを拵えたの自作発言してしまったという。
おかげで今月の仕送りに、大根をはじめ、使い勝手のよさそうな食材が詰め込まれている。
僕に泣きつくより先に、嘘を真にする努力をしてくれと思う。
しかし僕も生活が楽なわけではない。たくさん野菜を買うだけの余裕はない。
そして英斗の元に野菜があったとしても腐って捨てられる未来は予想できる。野菜に罪はない。
というわけで台所に立ち、食材をじーっと見つめながら献立を考えている。
調理の間、英斗にはゲームでマイルを稼いでおくよう言いつける。働かざる者食うべからずだ。
「⋯⋯あれ作るか」
僕は調理に取り掛かった。
主役は大根に決めた。この大根は、ヒゲ根が真っ直ぐ生えているのでかなり美味しそうだ。他の食材でも思ったことだが、英斗の親は目利きが優れている。
まずは大根を切り分ける。葉を落とし、ピーラーで厚めに皮を剥く。
この皮も後で使うからザルにとっておき、僕は上部からおろし金にかけた。
上部は辛味が少ないので、食べやすい大根おろしができる。ここに蜂蜜を加え、よく混ぜて鍋へ。水を注ぎ、火にかけ、小さな泡が上がってきたら寒天を振りかけてヘラで混ぜる。
寒天が溶け、粗熱が取れたら、ラップを敷いたタッパーに注ぐ。冷蔵庫に移して冷やしておく。
さて、次は時間のかかる主食に取り掛かろう。
大根の葉っぱを塩茹でにする。その間に米を研ぎ、研ぎ汁はフライパンにとっておく。
米を炊飯器の釜に移し、仕送りのひとつであるサバ缶の、汁だけを入れる。そこにめんつゆも加え、メモリの少し下まで水を足す。炊き込みご飯を作るのだが、水より調味料を先に入れることで、水加減が失敗しにくい。
それから葉っぱを刻み、いちょう切りにした大根と人参、サバ缶の身を入れて、炊飯をスタートした。
次は前菜にしよう。
ザルにとっておいた皮を千切りにし、残しておいた研ぎ汁で茹でる。
フライパンに油を引き、塩コショウ、千切りにした人参、薄切りの玉ねぎを炒め、玉ねぎが透き通ってきたら湯掻いた大根の皮を入れて、サッと加熱する。
仕上げに油を切ったツナを足せば出来上がり。
一品め、ツナ炒め。捨てがちな皮を利用する、環境に優しいひと品。シンプルだけど飽きのこない味付けで、常備菜にもいけそうだ。
次は箸休めだな。
大根と人参をピーラーでフリル状に切る。
これをやると、野菜は削れて不思議な形になった。
フリルの形が崩れないよう、電子レンジで短く加熱し、塩とレモン汁で和える。ヒラヒラとした見た目を意識して盛りつければ、仕上がりはかなり華やかだ。
二品め、紅白レモンマリネの完成。酢を使わないので、なますより食べやすいひと品。
三品めはボリューム重視で作ろうか。
僕の家にあった鶏肉を、少し大きめの一口大に切り、鍋で弱火にかけ、油を引き出す。
油が出たところで、輪切りの人参を入れて炒め、その間に、残った細い大根をおろす。白菜もあるから切っておこう。
鶏肉と人参の表面が焼けたら、大根おろし、和風だし、醤油を入れて煮る。沸いてきたら白菜も加える。
食材に火が通れば出来上がりだ。
三品め、みぞれ煮の完成。鶏の旨味を含んだ大根おろしでご飯が進む。
四品めは、炊飯器におまかせした炊き込みご飯だ。
いい匂いが蒸気に混じって立ち込め、炊ける前から食欲をそそる。タイマーが終わるのを今か今かと待ち侘びていた。
炊きあがりのメロディが鳴るや否や、英斗が俺がやると張り切って茶碗に盛った。手伝ってくれるのであれば有難い。
四品め、炊き込みご飯の完成。大根の甘みとサバ缶の塩気がマッチするひと品。
英斗に出来た料理をテーブルに運ばせている間、僕は冷蔵庫から五品目を出して切り分けていた。
五品め、黄昏寄せ。蜂蜜の黄金と、大根おろしの綿雲が風流を感じさせるひと品。
「なにそれ、めっちゃ綺麗!」
英斗が感嘆をもらした。僕は得意になって答える。
「黄昏寄せ。叢雲寄せからヒントもらって作ったんだ」
「へぇー! どっちも初めて聞いた!」
「喉にいいんだよ、これ」
「大根ってすごいね!」
英斗の素直さに、以前家族に作ったときのことを思い出す。彼らも、綺麗ですごいとよく喜んでくれていた。おかげで風邪も治ったよ、と言われた日には、調子に乗って次の日も作ったっけ。
でもまぁ、今回は英斗に乗せられた気がするけれど。
テーブルに並んだ料理を眺め、張り切りすぎたなぁ、とちょっぴり反省するのだった。
――――しかし、反省するのは英斗も同じだろう。
また一ヶ月が経とうという頃。
「お願いしますこちらを料理してくださーい!」
親の仕送りという名の、野菜の詰め合わせを抱えた英斗が我が家にやってきて、僕は頭を抱えるのだった。
《続》
2021/01/18
短編をシリーズ化して投稿しようと思います。
料理する涼くんと、食べて後片付けする英斗くんをどうぞよろしくお願いいたします。