第92話 反省会
前半は三人称視点での手合わせの様子になります。
自覚の無いままむちゃくちゃしているので主人公はよく怒られる。
ユウとラランの手合わせの話は瞬く間に広まった。
ユウがレニアから助っ人として来た冒険者であることを知っている職員たちが慌てて訓練場を貸し切り、両替金を用意する間にそんなことになっているとは思っていなかったトールが急いでガンジに伝えたのだ。
訓練場にいた子供たちとギルドホールにいた冒険者たちは、副ギルドマスターであり二つ名持ちのラランが見覚えのない冒険者に手合わせを申し込んだということで不思議そうに設置される会場を見ていた。
訓練場に移動してきたガンジが「結局儂が仕切ることになるんだよなぁ」とぼやきながら訓練場全体に向かって注意事項と勝利条件を伝える。
ガンジの話を聞いてから『戦乙女』に『血塗れの鎧』とそれぞれ名乗り合ったラランとユウを見て、ユウにぶつかった冒険者二人は顔を青くした。
「オリハルコンランク……しかも二つ名持ち……?」
愕然とする二人の横で、二人の監視のために立っていたガンジが深いため息を吐く。
「馬鹿共が。相手のランクなんて登録証を見たら一発でわかるだろう。私闘厳禁とは言ってもぶん殴るくらいはされても文句を言えんぞ」
「お兄ちゃんは優しいもの」
ガンジの言葉を受けてロボがよくわからない理論で胸を張るけれど、《烈火の戦士》は可愛いとその頭を撫でた。
「では、始め!」
ガンジの開始宣言を受け、ラランが駆け出す。
次の瞬間、観戦していたほとんどの人間には轟音と吹き上がる砂埃、そして最初とは反対に立ったラランと体勢を変えたユウしか認識できなかった。
「え……?」
ざわざわと訓練場に困惑が広がる。キルニスがパーティメンバーに声をかける。
「ジン、ディーナ。見えたか?」
パーティでも職種柄動体視力がいい二人に訊いたが、二人とも首を振る。
「ユウが蹴りを受けた瞬間からなら」
「私もそこです」
ジンとディーナが答えるとユイがガンジの方を向いた。
「ギルマスは見えましたか?」
「この距離で横からならなんとかな。対峙していたら消えたとしか見えないだろう」
肩を竦めたガンジが観戦している全員に聞こえるように声を張る。
「全員よく見ていろ。制限ありとは言っても、二つ名持ち同士の手合わせなんて滅多に見られるもんじゃないぞ。何も見えないだろうが「見えない」ということを見ていろ」
その言葉に、全員の視線が中央で砂埃を巻き上げている二人に注がれた。
ラランの蹴りの衝撃によって巻き上げられた砂埃が蹴りの風圧によってユウの後方に吹き飛ぶ。多くの観戦者にはそれしか見えなかったが、数人の高ランク冒険者は頭を抱えた。
離れたところからでも動きが目で追うことができないラランも、至近距離でそれを捌いてみせるユウも理解の外の動きをしている。
「よくアレに反応できるぜ」
「……ユウの動き的に、直感系のスキルのはずだ。体の動きに頭がついて行ってない」
ジンとガンジが話しているとき、ディーナがあっと声を上げた。
足払いを掛けられたユウが背中から地面に落ちかけたのが見えたからだ。しかし、次の瞬間には地面が一斉に隆起してラランが距離を取って回避する。
「今、何が起こった?」
キルニスがジンに尋ね、ジンは額を押さえた。
「さっきまでずっと上段蹴りだったのをラランが足払いしたんだよ。で、背中から落ちかけたユウが上半身捻って地面を殴った」
「体が浮いている状態から、あれだけの衝撃を出す威力で殴れるものなのかい?」
「俺には無理ですよ。上半身捻って転倒回避くらいはできるだろうけど、空中で姿勢制御しながら背筋と腕の筋力だけで殴ってあんな威力出せないです」
ガンジの執務室からの流れで一緒に観戦していたライヌに訊かれてジンは即座に否定した。
「そうなのか……ガンジはどうだい?」
「斧を使っていいならできるだろうが、無しだと無理だな」
「武器があればできるのか」
「そりゃあな。こちとら場数が違う。が、それを徒手でしてしまうユウは魔導剣士としては桁違いの火力だろうな」
斧があればあれができるのか?と話が聞こえた冒険者たちは自分たちのギルドマスターであるガンジの実力に心の中で驚いていた。
そんな場の空気を気にせず、ディーナが首を傾げた。
「さっきからユウさんは何をしようとしているのかしら」
「掴もうとしてるんじゃないか?」
「単純な腕力じゃ完全にユウが勝っているからな。掴んで動きを封じてしまえばねじ伏せるのは易いだろう」
見えている三人の解説で、砂埃の中心で打ち合っている二人の動向が探られる。
「ユウはじっくり攻略中か。ラランの勝ち目は?」
「初撃を受けられた時点で難しいだろう。技術も経験もスピードもラランが上だが、それらを持ってしても覆せない生まれ持った身体機能の差がある。その強さに胡座をかいて油断する奴ならどうとでもできるが、ユウは派手な見た目に反して慎重に考えながら戦うからな。初見の魔物を倒すならラランの方が速いだろうが、一対一の対人戦ではどうしてもユウに軍配が上がる」
唐突に砂埃が晴れ、再び二人が距離を取る。
「お兄ちゃん駄目!!!」
構え直したラランが走り出した瞬間、それまで大人しくしていたロボが大きな声で叫んだ。アースが声に反応して飛び出す。
次の瞬間、ユウは土の壁に激突していて、ラランがナイトに抱えられていた。
ロボがユウの元に走り、背中からネコとペンペンが転がり落ちる。転がり落ちたままきょとんと見上げてくるネコとペンペンたちはキルニスとユイが抱え上げた。
危ないでしょ!とロボに怒られているユウが立ち上がり、ラランを降ろしたナイトがユウに近づく。
「ユウ、あの勢いで殴るとヒトは腹部に風穴が空く程度では済まないのですよ」
ナイトの一言に突然首無し騎士が現れて混乱していた訓練場内がしんっと水を打ったように静かになる。
「……嘘だぁ」
「冗談にならない嘘を言ってどうします」
話している二人を他所に、ガンジが場を仕切って手合わせは終了ということになった。ナイトについても、ユウが随獣師であることと合せて説明をしていたのだが、お説教をされていたユウは気づかなかった。
ナイトたちの乱入により手合わせは終了となったので、俺たちは慰労会と反省会としてガンジさんの部屋でご飯を食べることになった。職員のトールさんたちだけでなく、ライヌさんとショウさんも参加するらしい。
絡んできた冒険者二人にはガンジさん監督の下丁寧に謝られた。別に俺はそこまで怒ってなかったから謝罪はよかったんだけど、あの感覚で本当の新人に絡んでも駄目なのでちゃんと謝らせるとのことで、そう言われると断れなかった。
「ユウ、食事にラランも呼んでもいいか? ついでにお前さんのことも教えておきたいんだが」
「ガンジさんが大丈夫だと思うなら私は構わない。レニアでも何人かには知られているし」
いつの間にかナイトが用意していた料理が机に並ぶ。ガンジさんがラランさんを呼ぶついでにダイナーからもおつまみとお酒も持ってきた。
ロボたちはローテーブルに皿を乗せてもらい、はぐはぐと夢中に食べて始める。そういえばだいぶご飯を待たせてしまったな。
乾杯をしたあと、ライヌさんが俺とラランさんを見た。
「しかし、すごかったね。魔物相手にしている時からすごいとは思っていたけど、ヒト同士であんな目にも止まらない戦いができるなんて」
「私は防御に徹してばかりでほとんど何もできなかったんだがな。ラランさんは本当に速い」
「いえ、ユウ様も、とんでもない反応速度でしたよ。直前まで完全に取ったと思っていましたから」
消えたとしか思えなかったもんなぁ。しみじみと思っているとガンジさんが笑った。
「防御できてるだけで化け物クラスなんだぞ。ラランの初撃を受け切れる奴なんて、この街では冒険者どころか騎士にも傭兵にもいない」
マジですか。ラランさんを見るとニコッと笑っている。マジなのか。
「そもそも、この街どころかほとんどの冒険者には無理だからな。みんな何もわからないまま吹っ飛ばされてるよ」
そんなレベルなのか……。俺、実はすごい? いや、調子に乗るのやめよう。ラランさんのお腹に風穴空けかけたところなんだから。
「皆様あまりおだてないでください。ユウはすぐ調子に乗ってやり過ぎるので」
的確だけど酷い。ちゃんと自戒します。
そんなことを話ながら食事をしていると、ハッと思い出した顔をしてショウさんが俺を見る。
「ユウ、もしかして鑑定したか?」
「ああ。父が帝城から鑑定鏡を借りてきたから」
「そっか、そうだよな……」
父さんの隠し子騒動の話かな? ショウさん騎士団の文官なら巻き込まれてそう。
ラランさんが首を傾げた。
「帝城の鑑定鏡を借りる?」
あれ? ガンジさんを見ると肩を竦める。
「口で説明すると冗談にしか聞こえんだろう」
なるほどです。
「私の父はこの顔をした人だ」
世界樹の種子が仮面からバングルに変わり、ラランさんが俺の顔を見て目をまん丸に見開く。
「……え?」
ガンジさんを見て頷かれ、《烈火の戦士》やトールさんたち、ショウさんとライヌさんを順番に見てそれぞれに頷かれたラランさんが両手で顔を覆う。
「だから直接ここまでいらっしゃったのですね……」
イエス。ご迷惑をお掛けしました。もういいと判断したらしい世界樹の種子が仮面に戻った。
ショウさんが頭を掻きながら愚痴を零す。
「少し前に噂が流れただろう? それで騎士団でも内密に調べたんだ。生まれたばかりの子供がいる家庭を探してもそれらしい子がいないわけだよ。こんな大きな子の鑑定を今更するなんて誰が思う」
「逆にバレないだろうと」
「本当にな。全く気づかなかったよ。ユウの話が広まったのはそのすぐあとだったのに」
ウィルの予想が当たってた。
「鑑定したということは、スキルなんかもわかっているのか?」
キルニスに訊かれてなんとか思い出す。
「天啓と、直感系の派生スキルが幾つかあったな。戦闘行動とか、魔力制御とか。あとは耐性が全部」
ガンジさんが手を打った。
「それだけあればあんなむちゃくちゃな動きもするか」
俺の動きはそんなに無茶な動きなんでしょうか?
ラランさんを見てみると苦笑された。
「防御や攻勢に転じるときの動きは素人同然ですのに、不意打ちに対する反応が異様に速い人だとは思っていました。おそらくですが、思考を介さず体が勝手に動いていることが多いのでは?」
咄嗟に体が動いていることはよくあります。あれもスキルのおかげだったのか。
食事もそこそこにネコを抱えていたヤルニさんがちょっと待ってください、と手を挙げた。
「あの、聞いていた限りではユウさん、攻撃系の強化スキル持っていないですよね?」
そう言われれば。どちらかというと防御寄りのスキルですね。
「あの超火力はどうやって出しているんですか?」
みんなに見られたけれど、よくわからないです。
「……普通に、力を入れて?」
「スキル関係なくお前さんは父親譲りの桁外れの身体機能なんだろうな」
なんでガンジさんそんな遠い目をするんですか。
「お前さんは自覚がないだろうが、キルニスたちを化け猫だとするとラランはタロス」
ガンジさんの中でもラランさんはタロスなのか。すごい不服そうな顔で見られていますよ。そう思っていると指を差された。
「お前さんは自分をジャイアントボアだと思い込んでいるフェンリルだ」
「……は?」
フェンリル? 俺が?
「さすがにそんなことはないだろう」
「そんなことがあるんだよ。お前さん、最後の一撃を受けるとき以外身体強化すらしてなかっただろう」
してなかったけども。いやでも、フェンリルってことは無いでしょう。しかも自分をジャイアントボアだと思い込んでるフェンリルって。お馬鹿じゃないですか。
ロボが尻尾を振る。
「お兄ちゃん、ぼくと一緒?」
「ロボのほうがよほどしっかり者ですね」
うるせいやい。
というかキルニスさんたちが化け猫って、もっと下のランクの子たちは一体何になるの?
もしかして父さんの竹槍と戦闘機の喩え合ってたの?




