第90話 父、来たる
一旦眠って、30階がすっかり石畳の壁に戻り、二回りほど通路が狭くなったのと併せて魔物も普段30階に出現していた魔物に戻ったことを確認して地上に戻ることに。
結局ダンジョンの異常の原因はペンペンであるのだろう、ということはわかったけれどペンペンが何物なのかがわからないので大賢者さんに鑑定を依頼するとのこと。ギルドにある鑑定鏡では生きているものの鑑定はできないそうだ。
「別に俺たちの前だけなら顔出しててもいいんじゃないか?」
「うっかり忘れても拙いし、視界が悪いわけでもないから」
フルフェイスの鎧姿に戻したらジンさんに言われたけれど、うっかりミスを減らすためには癖を付けておかないと。俺は油断すると絶対にミスる自信がある。
まあ俺がミスったところで世界樹の種子がフォローしてくれるとは思うけれど。
「ナイト、アース。面倒だろうが頼む」
「はい、お任せください」
「ギャーウ」
「ネコ、二人の言うことちゃんと聞いて、危ないことをしてはいけないぞ」
「ぅるぐん?」
わかってないなこれは。
一時的に戻っただけの可能性も考えて、ナイトとアースは俺たちが戻るまでの間30階に待機して異変が出ないか確認してもらうことになった。ネコはナイトが見ていたほうが安全だろうということでナイトに抱っこされている。
「よし、じゃあ急いで戻るぞ」
おーう、という野太い声と共に来た道を引き返す。
不安はあるけれど、心配はないのでとりあえず帰ろう。
魔物がだいぶ弱くなっているのでサクサク進めた。最初はオリハルコンの剣を使っていたんだけど、火力過多だったのでミスリルに変えた。
各フロアの異常が元に戻っているかを確認しながら、途中でライズさんたちを拾って5日かけて地上に戻った。改めて大所帯だな。何かあったのか、5階にいたカッパーランクのパーティにガンジさんが早く帰るように言われた以外は平和だった。
久々に日光を浴びれると思ったのだけれど、外に出たのになんだか薄暗い。ダンジョン前は入ったときよりも賑やかだし、嵐が来ているとかではないんだろうけれど。
「まだ昼のはずだが……」
「ああ、二週間くらい潜ってたからな。もうこの辺りは降る時期だ」
降る時期? ガンジさんが指差すので上を見ると、モンキーポッドの枝に何かがこんもりと引っかかっている。
「……雪か?」
「ゆきー?」
雪が何かわからないロボにはあとで説明してあげよう。一度外に出たらすぐにわかるだろう。薄暗くてよくわからないけれど、日光が遮られるとなると数十センチは積もっているのだろうか? まだ11月半ばくらいなのに。あんなに積もるほど降るのか。
「この街はモンキーポッドのおかげで天気の影響をほとんど受けないんだが、雪だけはどうにもならん。冬場はほとんど日が差さないんだ」
外壁の外にあった大きな溝はこの雪が溶け落ちてきたのを受けるためだったのか。
「見た目ほど気温が下がらないのが唯一の救いだな」
おおぅ……雪国……。雪が滅多に降らない地域に住んでいたから雪は大好きなんだけど、この量は雪合戦とかしている場合じゃないな……。
「ごそっと落ちてきたりしないのか?」
「今のところ落ちてきたことは無いな」
ガンジさんが言い切るとショウさんが笑って鉄塔みたいなものを指差す。建物よりも背が高い。避雷針みたいだ。
「魔術で防いでいるんだ。一冬で拳大の魔石が五つ使われている」
避雷針ならぬ避雪針?でしたか。
「そうだったのか。てっきり枝が強いのかと……」
「さすがにモンキーポッドだけではちょっと。領主様の管理だから、騎士団と商人しか知らないんじゃないかな。嵐などに使わない分、このくらいは惜しんでいられないと」
いい領主さんだな。街の人に全く知られないままお金だけ出していたのか。
そんな話をしていると誰かがくしゃみをした。
「っと、すまん。気温が下がらんとは言ったが、雪が溶けない寒さではあるからな人間にはキツイ気温だろう。体が冷える前にギルドに戻ろう」
ドワーフは寒さに強いのかな? 見た感じ強そうではある。獣人は言わずもがな。
ダンジョンの入り口にいるギルド職員にはライズさんたちが説明してくれるということなので、任せてギルドに戻ろうとしたら誰かがガンジさんを呼びながら走ってきた。
……一瞬フリルの妖精かと。
ギルド職員の制服を着ているけれど、オリジナリティー溢れるフリル改造。金髪がクルンクルンの縦ロール。すごい。あれどうやって巻いているんだろうか。
「ギルマス! 急いでギルドに戻ってください! 皆さんもご一緒に!!」
「なんだララン。そんなに慌てて、暴動でも起きたか」
まさかの副ギルドマスターでした。そしてガンジさん、暴動起きてたらみんなしてダンジョンに来ている場合じゃないでしょうに。
「もっと非常事態です! リアム様がお越しなんですから!!」
グフとジンさんが吹いた。みんなが横目で俺を見るけれど、勘弁してください。俺は何もしていません。
それと、ガンジさんの背を押して急かすラランさん。一応は勇者である父の来訪は暴動よりも非常事態なんですか?
『父が来てるなら、ぼくナイトの所に行っててもいい?』
ロボが念話で訊いてきたので、ナイトへの説明を頼んでおいた。ロボは本当に父さんのことが嫌いだな。初対面の印象が悪すぎるから無理に仲良くしてほしいとは言えない。
それにしても、父さんのことだからと念話で訊いてくるの賢いなぁ。俺が小さい頃はそんな気は回らなかった。
ラランさんについてギルドに戻り、ギルドマスターの執務室に入ると、本当にいた。窓に向かって立っていた父さんが振り返る。うっわ、悪の親玉みたい。
「やあ、急かしたようですまなかった。まあ座ってくれ、と私が言うのはおかしいか?」
ガンジさんを見ながら父さんが言ったら、ガンジさんがため息を吐いて手で額を覆った。
「好きに言っててくれ。ララン、すまんが人払いを。お前さんも出てくれ」
ラランさんが頷いて部屋を出て行く。その後ろ姿を見送って父さんが指を弾いた。
「疑っているわけではないと断言しておくが、内容が内容だ。防音の結界を張らせてもらった。皆、気にせず座ってくれ。ユウはこっちにおいで」
みんなを促しながら二人掛けのソファーに座った父さんに呼ばれて隣に座る。俺をじっと見つめた父さんが両手をくるくると回すと、術式が組み上がっていく。
「万一のために結んでおいたが、役に立ったか。何が出たんだ?」
「スレイプニル。なんの魔物に反応したかまではわからないのか?」
「発動したという事実しかわからないな。神官や賢者ならその判断ができ術式を組むことも可能だろうが、そこまでは必要ないだろう。時間を稼げればナイトが間に合う」
手の中でできあがったらしい術式をぽいっと投げられ、俺にぶつかって消えた。
「お前が危機感を抱いてすぐにナイトを呼べるならこんな心配も要らないのだが……どうせいの一番に向かって行ったんだろう」
バレとる。
はあ、と深いため息を吐かれた。
「まずナイトを呼ぶことを一番に考えなさい。天災級以上になるとロボやアースではまだ相手は難しい。拙いと思ってから呼ぶのではなく、拙そうだと思ったときに呼ぶように」
「努力はする」
そうできるのが理想だとは思うんですけどね。スレイプニルと対峙したときにナイトのことを呼ぶことなんて頭に無かった。
「あと、その喋り方は寂しいので戻してくれ」
……あぁん?
「父さんが話し方を変えろと言ったのだろう」
忘れたとは言わせないぞ。脳内でシャーッと威嚇してみる。
「まさかお父さんの真似をするとは思っていなかったんだ。一瞬久々の反抗期かと」
反抗期は二年前くらいに終わったよ。たぶん。
俺たちの会話をしているとガンジさんが手を挙げた。
「どうした?」
「今の遣り取りを見ていると疑いようは無いんだが、一応確認だ。リアム、ユウは本当にお前さんの息子なんだな?」
「ああ。ユウ、顔を見せなかったのか?」
父さんが不思議そうに訊くけれど、俺もびっくり。俺の顔を見てまだ信じられていなかったのか。ガンジさんが挙げた手を振る。
「見たさ。見たからこそ、もしかして複製でも作ったか?という疑念が沸いた」
複製って。言われた父さんが笑う。
「その気持ちはわからないでもない。私も、妻の出産に立ち会っていなければ賢者が遂にやらかしたのかと思うだろう」
賢者さんはやろうと思えば人間の複製を作れるの?
「いや、本当に……似すぎだろう。母親の要素はどこだ」
「髪が黒いところだな」
母さんの要素だと断言できるのが髪の色しか無いの笑う。はは、笑えないよ。
「ガンジさん、俺がお父さんに似ている話はもういいですから。お父さんは何をしに来たの? 騒ぎになっているよ」
父さんとガンジさんの遣り取りをずっと聞いているわけにもいかないので声をかけると、口調を戻したせいか視線が刺さる。お気になさらず!
父さんが咳払いした。
「すまない、つい。ちゃんと来た理由はある。障壁が発動した以上、ユウが私の関係者であるということは否定できないだろう。だから、黙っていてほしいという「お願い」をしに来たのが一つ目」
お願い(圧)って感じ。わざと強調して言ったみたいだし。されたことも見たこともないけれど、圧迫面接ってこんな感じだろうか。ガンジさんたちみんな真顔になってる。
「もう一つは、ダンジョンの急な異常というのは元々気にはなっていたからな。ナイトはスパルタだが、危険地帯に放り込んだりはしない。それなのに障壁が発動したということは突発的なハプニングが起こったということだと考えられる」
姿勢を正した父さんの言うことは納得できる。
「本格的なスタンピードかとも思ったのだか、ダンジョンから魔物が出てこないし、何が起こっていたんだ?」
首を傾げる父さんに、どこから説明したものか。
「ダンジョンの異常の原因と思われる魔物を保護したら、通路の変質は戻ったんだが魔物が戻るのが遅くてな。階層ボスになっていたスレイプニルが扉を突き破って出てきたんだ」
俺がなんと言えばいいのか迷っているとガンジさんが代わって説明してくれたので、その間にナイトに頼んでペンペンを送ってもらうと、ネコがペンペンを咥えて出てきた。シロネコ宅急便。
ネコを抱えて、咥えていたペンペンを手に乗せて父さんに見せる。
「この子知ってる?」
「……可愛いぬいぐるみだな?」
お父さんも知らない魔物なのか。まあ、大人しくしていると完全に可愛いペンギンのぬいぐるみだもんな。
不思議そうにペンペンに伸ばした父さんの指に、ペンペンが結構な勢いで咬み付いた。
「ユウ、このぬいぐるみ咬むぞ」
「ぬいぐるみじゃないから咬むんだよ」
ガジガジと咬んでいるペンペンを見て、こっちを見てくる父さんに訂正する。ネコもついでのように父さんの手を吸っていた。カオス。
「ネコまで……お父さん、中年男性の出汁とか出てないだろう」
出汁言うな。
咬み付かれたまま父さんが反対の手で二人を撫でながら考える。
「この魔物が異常の原因だと?」
「うん。この子たちが土の壁を作ってたの。アースが言うにはそれで魔素が増えて、フロアに溜まったんじゃないかって」
「ダンジョンの中でフロアに魔素を溜め、魔物に変化を起こすほどの魔物か……幻想級ならともかく、この魔物がそんなにランクの高い魔物には思えん」
指を引っこ抜いて、ペンペンを持ち上げてくまなく観察した父さんが頭を掻いた。ペンペンはピヨーとなんとも気の抜けた声で鳴いていた。
「1体だけでか?」
「ううん。あと50体くらいいる」
「そうか……」
しばらく考えて父さんが立ち上がった。
「しばらくこの子を預かる。ガンジ、騒がせた詫びに陛下には私から報告しておこう。賢者にも私から頼んでおく。引きずってでも連れてくるから心配しないでくれ」
それだけ言って父さんが魔方陣を展開して出て行った。
いや、自由すぎる。




