第8話 特例措置
思っていたより話が進まない。
ぼんやりと話の流れを見守っているとギルドから頭にタオルを巻いた男性が出てきた。
「ギルマス、ウィルを貸してくれ、グロテスクが硬過ぎて俺たちでも手に負えねえ」
おや。どうしようか。ウィルはさっき書類仕事をしてたみたいだったけど、ウィルってなんでもできるのかな。どうしようかとヴァネッサさんとウィルが顔を見合わせていれば、ナイトがロボを片腕で抱いて手を挙げた。
「私で良ければお手伝いいたしますが。力仕事ならお任せください」
「マジか! 首無し騎士が手伝ってくれるなら百人力だ。じゃあちょっと来てくれるか!」
突然のナイトに驚くかと思ったけれど、タオルの人は気にせずナイトが挙げた手を掴んで引っ張っていってしまった。ロボ抱っこしたままなんですが……勢いがすごい人だったな。ナイトは手伝いくらいなら問題なくこなせるだろうけれど、ヴァネッサさんとウィルが引いてるのが面白い。
「あいつ、どこかおかしいと思ってたけど、想像してたよりヤバかったわね」
「……人生楽しそうで良いじゃないっすか」
タオルの人っていつもあんなテンションなのかな? 遠い目をしているヴァネッサさんとウィルを見ていると盛大にお腹が鳴った。レオが俺を見る。イエス、俺です。
仕方ないでしょ! 俺は夕方4時過ぎの世界からここに来てもう4、5時間経ってるんだよ! しかも森を歩いたり草原を抜けてきたり、グロテスクと戦ったりで動き回ったし。お腹減った!! レオが笑う。
「元気な証拠だな。ギルドの横にダイナーが併設されてるから、そこで食事をしたらいい」
へー……ギルドにダイナーが併設されてるのか。冒険者ってお腹減らして帰ってくるのかな。
「じゃあ、飯食いながら登録も済ませちまうか。この時間なら人も少ないしな」
やったー! この世界初のご飯!
本当はそのままご飯を食べに行きたかったのだけれど、ウィルにそんな格好でダイナーに入るつもりかと言われて自分がグロテスクの血濡れだったのを思い出した。え、俺今まで血濡れのまま話し込んでたの? ヤバイ人じゃん。そりゃ冒険者の人たち遠巻きに見るよ。ウェストがいるからだと思ってたけど、純粋に俺自身のせいじゃん!
ダイナーの上の階はギルドが許可した冒険者が泊まることができる宿になっているらしく、ヴァネッサさんの許可をもらって俺も泊まれることになったので、まずは血を落とすことに。
ギルドからも上の部屋に行けるということで、とりあえずギルドを経由して部屋に案内してもらう。部屋は3階の角部屋だった。扉に首を垂れた白い花の絵が描かれたプレートが掛かっている。
「一応首無し騎士……ナイトだったか?の旦那も合わせてベットは二つの部屋だが、ロボの分も用意するか?」
「ありがとう。寝具はあるし、ベットで寝たがるならどちらかのベットに入ればいいだろう」
父さんが用意してくれたセットに絨毯みたいな物があったから、それを敷いたら問題ないはず。
「ん。わかった。じゃあ、私は書類の準備をしておくから、着替え終わったら降りて来てくれ。そこの階段からダイナーに降りられる」
「ああ」
部屋の目の前にある階段を指差したウィルに頷くとギルドの方の階段を降りていった。ちなみにウィルと一緒に俺の説明に付いてこようとしていたレオは東の森の調査の件でヴァネッサさんに引きずられて行った。色々決める話し合いに強制参加らしい。すごい気軽に接してくれてたけどレオって実はすごい冒険者だったのでは? 今更どうしようもないので渡された鍵で部屋に入る。
部屋はホテルみたいに二つベットが並んでいて、壁際に机と椅子、小さめのクローゼットがある。横に扉があったので開けてみるとミニキッチンと、その奥にトイレとシャワールームがあった。全部壁で仕切ってあるのでちょっとほっとした。脱衣所が無いけれどトイレのところが広いので脱衣所を兼ねているのだろう。棚もあるし。
一旦ベッドに鞄を置いて、着替えとタオルを持ってシャワールームへ。
シャワーヘッドがないと思ったけれど、どうやら天井にそれっぽい穴がいくつも空いているので一体型なのだろう。蛇口には赤色と青色の魔石が嵌め込んであるのでそれぞれお湯と水だろうと見当をつける。
血は水で洗わないとタンパク質が凝固するとかなんとか聞いた気がするので、棚に着替え類を置いて服を着たままシャワールームへ戻る。タオルはシャワールームの中にある棚に置く。服を脱いで確認してみたが、想像以上に血塗れだった。なんで誰も言ってくれなかったの! 世界樹の種子を一度バングルに戻して、よし。洗うか。
水を被りながら服を洗っていて思ったのだけど、桶か何か用意しておけば良かった。溺れそう。想像より水の降ってくる範囲が広い。そして寒い。全裸で頭から水被ってたらそりゃ寒いよな。そして背中がジクジクと痛む。たぶんグロテスクの尻尾にはたき落とされたんだろうな。完全に油断した俺の自業自得なんだけれども。防御性能が高いらしい服で助かった。雑に手洗いしてしまったが傷んでもなさそうだ。服を洗っている間に髪についていた血も落ちただろう。
しかしあの時は世界樹の種子が鎧になった衝撃で忘れていたけれど、思い出すと肩まで痛くなってきた気がする。人間って単純。
シャワールームの中に渡してある棒に服を絞って干し、お湯を出して体を温めてから着替える。着替えると世界樹の種子は勝手に仮面に戻ってくれた。
武器の登録をするとかアリサさんが言っていたし、一応鞄ごと持っていっておくか。
部屋の鍵を閉めたのを確認して階段を降りると、ダイナーは落ち着いた雰囲気の食堂のような感じだった。正直もっと荒くれ者の巣窟みたいな感じかと。カウンター席とテーブル席があり、テーブルの一つにウィルが座っていた。
「ユウ、こっちだ」
はいはい。
「料理は適当に頼んどいたが、食えないもんとかあるか?」
「いや。なんでも……ゲテモノ以外なら」
蜂の子とか出てきたらちょっと困る。
「好みがわからん状態でそんなもん頼むか」
ですよね。ウィルが常識人で良かった。というかこの世界でもゲテモノって呼ばれる料理はあるのか。あんまり聞いたことない料理を頼むのはやめておこうかな。
「ウィルちゃん、その子噂になってる子かい?」
「ああ。ユウだ。ユウ、彼女はナヒカ。ギルド職員でダイナーの責任者だ」
カウンターの中から声をかけてきたのはブラウンヘアの女性で、ふくふくとした柔らかい雰囲気を纏っている。絶対ご飯美味しい人だ。軽く会釈をする。というか、噂?
「噂というと」
「ギルドの真正面で西の森の主に名付けといて噂にならないなんて思うなよ。とんでもない魔力を持った仮面の魔導士が現れたと早速広まってるぞ」
マジかよ、最悪。全面的に俺が悪いので誰にも文句は言えないんだけども。
「あとは、数百年ぶりに本物の随獣師が現れたってね。本当なのかい?」
ナヒカさんに訊かれて頷くと、へぇーと目を見開く。
「じゃああの話は嘘だったのかねぇ?」
「そもそも数百年前の文献だろう。そのころは混血の随獣師しかいなかったんじゃないか?」
あの話? くそ、この世界の基礎知識がないから話がわからん。
「ユウは知らないか? 随獣師の伝承」
ハテナを浮かべていたらウィルが気づいてくれた。伝承なんてあるのか、随獣師。
「さっきまでテイマー的な能力だと思っていたからな。随獣師がなんなのか全くわからん」
素直に答えるとウィルに呆れた目で見られた。しょうがないでしょ! 心の中で抗議しているとナヒカさんが料理を運んでくれた。ワインか何かで肉を煮込んだっぽいものと、オムレツだ。美味しそう。コトンと水の入ったグラスも置かれる。
「古い文献でね『曰く、随獣師は膨大な魔力を持っている。曰く、随獣師はその力を誇らぬ者である。曰く、随獣師は混血の者である』っていうのが伝わってるんだよ」
「そ。んで、魔力はさっきので証明されたし、力を誇らないってのも、そもそも自分が随獣師だと知らなかったら誇りようがないってこともわかるんだが、最後だ」
ナヒカさんとウィルが説明してくれる。最後と言うと。
「『混血の者である』?」
「ああ。実際、実在した本物の随獣師だと伝わっているのはハーフエルフや半獣人ばかりなんだが、ユウは人間だろう?」
「ああ。父も母も間違いなく人間だな」
って父さん言ってたし。……ん? いや? 二人とも人間だけど次元規模で言えば混血ってことになるのか? この世界と地球のハーフだけど。言うわけにはいかないので黙っておこう。文献はたぶん正しいんじゃないかな。
「まあ、随獣師の話はここまでにしておこう。特例措置について説明するから食べながらでいいから聞いてくれ」
「ああ」
パンも並んだところでウィルが姿勢を正す。イエッサー! ラム肉のワイン煮込みっぽいの美味しいです! ちぎったパンをソースを浸したらさらに美味しい。足りなかったら言ってねと笑ってナヒカさんがカウンターの中に戻っていく。どうやら夜に向けての仕込みがあるらしい。
「特例措置ってのは呼び方のとおりなんだが、ギルドマスターが持つ権限を行使して冒険者のランクを手順を踏まずに上げることだ。本来冒険者は年齢関係なく登録するとウッドランクから順にランクを上げていくもんなんだが、たまーにお前みたいにしょっぱなから飛び抜けた実力持ちが現れるからな。そういうのに対応するためにできた措置だ」
そうなのか。
「正直お前ほどの実力者は滅多に出てこないが、前例がないわけでもない。今回ユウはシルバーランクとして登録することになった」
シルバーランクか。どのくらいのレベルなんだろうか。
「前例とは?」
「元騎士とか、傭兵とかだな。まあもっとも顕著な例は勇者パーティか。当時勇者は14、5歳だったらしいがその時点で最高ランクの冒険者パーティがどこも手も足も出なかったらしい。その時まで冒険者のランクはオリハルコンが最高だったんだが、勇者パーティが化け物すぎて更に上にアダマンタイトランクが設定されたんだ。まあ設定されたと言ってもアダマンタイトランクは勇者パーティ以外はまだいないんだが」
父さん何してんの!? 勇者が化け物呼ばわりされてるけど!? 顔に出ないタイプで本当に良かった!
「勇者も冒険者に登録しているのか?」
「ああ。一応勇者はここの国に所属はしてるんだが、勇者宣誓ってのをしててな。大規模対人戦闘……要は国同士の戦争なんかには関わりませんよって宣言してるんだ。だから冒険者として登録して、対魔物の戦闘では要請があればどこの国にでも出向いて行けるようにしてるんだそうだ」
へー父さんそんなことちゃんとしてたんだ。あれ? でも戦争の抑止力的なこと言ってなかったけ?
「勇者は戦争には介入しないのか」
「基本的にはな」
基本的には。
「なんでも、勇者宣誓では、世界に害なさない限りはって付いてるらしい。私も直接聞いた訳ではないから詳しくは知らんが「戦争には基本的に関与しない、ただ、その戦争によって世界の均衡が崩れるようなことがあると予測される場合はその限りではない。私が全力で潰しに行くから国が滅ぶ覚悟をしておけよ」的なことを言っているらしいぞ」
こっわ。強権政治かよ。え、何? 本当に単独で戦争止めれるような感じなの? しかも国ごと滅ぼす気だ。
「勇者のことは、置いといて、今はお前の話だな。さっき言ったがユウはシルバーランクとして一旦登録するが、そのうち昇格試験を受けてもらうことになるだろうから、頭の端に置いといてくれ」
「昇格試験?」
「おう。あの規模の氷魔法を扱い、天災級のワイバーンに名を付け幻想級に格上げするくらいだ。随獣師なことを抜いてもミスリルランクは確定なんだが、どうにもお前は知識がないからな。シルバーランクで一旦止めておいて冒険者としての基本を学ばせようって話になったんだ」
マジで。それは有難い。本当に何も知らないからとても助かる。ミスリルランクってどのくらいのランクなの?
「んで、今思い出したがこれ飲んどけ」
そう言ってウィルが小瓶をテーブルに置いた。
「これは?」
「回復薬だ。あまりにもピンピンしていたから忘れていたが、お前派手にグロテスクに叩き落とされてただろう。念のため飲んどけ」
「すまない、ありがとう」
落とされたの見られてたのか。情けないところを見せてしまった。少し甘いような苦いような不思議な味の薬を飲み干すとスッと痛みが消えた。この世界の薬すごいけど怖い。