第85話 マンティコア
首無し騎士の逸話を聞いてから一つ気になることが。
「その、ナイトのことが恐ろしかったりはしないか? 大丈夫か?」
俺は気にしないけど、この世界の人的にはあり得ない事態なんだよね? 訊いてみるとみんな笑って否定してくれた。
「こんなに世話になっといて、今更怖いとかあるか」
「そもそも、そんなことを言い始めるとフェンリルやドラゴンはもっと怖い魔物ですからね」
そうなの?
「ぼく怖くないよ」
「ギュー!」
「そうだな。ロボ君もアース君も怖くないよ」
フフンと胸を張るロボとアースの真似をしてネコも胸を張っている。うん、少なくともこの子たちが怖がられることがないように俺が気をつけておこう。
納得したので先に進む。25階の階層ボスのよくわからないヘラジカっぽい魔物を倒して階段を降りる。ヘラジカ自体地球でもバグかと思うくらい大きいのにそれの二倍以上の大きさだった。
26階の通路は聞いていたとおり土で覆われていて、一見すると洞窟に見える。幅や高さも更に広がっているようだ。
ひとまず進もうとして、急に体が宙に浮いた感覚があり、続けて首を支点に吊される。
「言い忘れておりました。この階からは罠も仕掛けられています。お気をつけください」
「ありがとう。だけどもう少し早く言ってほしかった」
「ピンポイントで踏み抜くとは思わなかったので」
どうも落とし穴の仕掛けを踏んだようだ。それで落ちそうになったのをナイトが鎧の首を掴んで助けてくれたらしい。
罠か。話を聞いてキルニスさんがジンさんと位置を入れ替わった。ジンさんは罠の解除なんかも得意としているらしい。マルチに役立ててすごいな。
「こういう、壁の膨らみとかが怪しいな。ちょっとした違いだが、気をつけて見ていると意外とわかるもんだ」
そう言ってジンさんが指差した壁は、確かに少し膨らんでいるように見えるけれど、壁そのものが凹凸しているので簡単には見分けられそうにない。
「これか?」
この膨らみかな?という所を触ってみると正面から槍が生えてきた。金属の槍と鎧が擦れて火花が散る。しかし飛び出してくる槍の勢いよりも俺の体幹のほうが強かったらしい。槍が折れて曲がっている。
「なるほど」
「なるほどじゃねえよ。触って確かめるのも正面から槍を平然と食らうのも止めろ。こっちがビビる」
「すまない」
ジンさんが調べてくれる落とし穴や飛び出してくる武器類を回避しながら進む。罠があるからか魔物はそこまで出てこない。
スイッチ式の落とし穴を起動させて回避しようとして好奇心がうずいた。
「どこに繋がっているんだろうな」
穴を覗き込んで見ても終わりは見えない。ジンさんも同じように穴を覗く。
「確かに気になるな。まあ落ちた奴が帰ってくることがないからわからないんだけど。落ちて調べてみるわけにもいかないしな」
ですよね。たぶん地獄直行便。
「調べてみましょうか」
「へ?」
「降りてきますよ。少々お待ちください」
止める間もなくナイトが穴に落ちていった。思い立ってから行動が速すぎない? ナイトも気になってたのか?
「ぼくも降りてみたかったな」
穴を覗きながらロボが残念そうに尻尾を垂れるので、その頭を撫でる。
「危ないところに出ると困るからな。今回は我慢だ」
「はーい。もっと強くなったら降りていい?」
「……どこに着くかによるかな」
ロボは意外と血の気が多いのかな? いや、まだ子供だから面白そうなことに興味があるだけだよね。たぶん。きっとそう。アースとネコも興味津々ぽいし。
少し待つとナイトが影から戻ってきた。
「ダンジョンボスの部屋に出ました」
「そりゃあ、落ちたら死ぬな」
最下層直行便だったか。しかし、ダンジョンボスを相手にする前に最下層までまだ20階以上残っているから途中で体ぶつけて死なないか? うまい具合に滑り台みたいになっているのかな。
「ぼくもうちょっと強くなったら降りれそう!」
「ナイトと一緒に行くんだぞ?」
「うん!」
ロボのもうちょっと強くなるってどのくらい強くなるつもりなのだろうか。
改めて落とし穴には最大の警戒をすることにしつつ、先を進む。ようやく出現した魔物は……あれは、なんだ? ケンタウロスっぽいけれど、金属の鎧に身を包んで、弓だけじゃなく剣や槍も持っている。ハイケンタウロス? そんなのいるの? いる? そっかー。ちなみにアーマードケンタウロスというらしい。そこはハイでいいじゃないか。
罠に気をつけながら戦うの難しい。着地した所から槍が出てくると普通に驚く。
うまく罠に魔物を誘い込めればいいんだろうけれど、ちゃんと観察してもわかりにくいのに動きながら罠を見分けるとかできない。動きが止まってしまうのでディーナさんの援護射撃が大変有難い。隙を巧くカバーしてくれる。
「それにしても、なんでユウは着地するとこするとこ、罠が発動するんだ? 逆に狙ってんのか?」
「それは私が訊きたい」
なんでなの? いや、俺が引っかかることによってみんなが引っかかる確率が下がるのなら、それはそれでまあいいかと思えなくもないんだけど、それにしても酷い。幸運値の低さが原因なのだろうか?
幸運値の場合どうしようもないので、とにかく罠を回避したりぶち当たったりしながら道を進む。
途中、何かのスイッチを踏んだと思ったら目の前に鉄球が落ちてきたのだけれど、道が平坦だったから転がることなくただその場に直径3メートルの鉄の塊が鎮座していた。
ダンジョン君、鉄球は斜面だから転がって追い詰めてくれるのであって、平坦な道に置いてもただ道を塞ぐだけなんだよ。
殴って壊して進む。
「罠ありのダンジョンでここまで安心して進めるのは初めてだな」
「そうなのか?」
しみじみと言うジンさんに首を傾げる。
「罠を判別するだけでも厄介なのに、そこに魔物が襲ってくるわけだからな。罠を発動させないように細心の注意を払いつつ、俺とキルニスで専守防衛。ディーナに攻撃を任せるんだけれど、それでも本来なら怪我は付きものだ」
今は俺が単独で飛び出して罠を気にせず戦って、ジンさんや他のみんなは起動してしまった罠の流れ弾が無いように専念してもらっているから、単純に守りに割ける人員が多いのか。ナイトは俺が落とし穴に落ちないように見ててくれているけれど、ロボとアースも守りの手伝いをしているし。
「しかし、いくら大丈夫だといっても心配するから、元気に罠にかかるな」
「努力しようとは思うのだが」
できないのが現状。魔物の動きを追うのに必死。
26階の階層ボスの大きなアーマードケンタウロスを突破し、同じような魔物と罠の構成だったので27階もどんどん進む。
「この階の階層ボスは?」
「マンティコアですね」
ジンさんの問いにナイトが返す魔物の名前に聞き覚えがない。マンティコア? 首を傾げるとネコを抱っこしていたヤルニさんが解説してくれる。
「巨大な人面の獅子に似た姿をしていて、人語を操り惑わせ、尾の毒針で動きを封じ獲物を食らう魔物です。特に人肉を好むので、人食いとも呼称されます」
がっつり人食いかぁ。巨大な獅子って言うけど、この世界で巨大とか言われるってことは地球のライオンの大きい版なんてことはないんだろうな。5メートルくらいは想像しておくか。
「ユウは話をしてしまうと惑わされるでしょうから、耳を貸さずにとっとと首を落としてください」
酷い。というか首を落とせって指示も酷くない? また血を浴びるじゃん。
「確かマンティコアは動きが速い。複数いると面倒だぞ」
「2体以上は確定で出るようですので、私が防御します」
ナイトが防御に入るならどんなイレギュラーがあっても大丈夫か。
27階では鉄球の扱いに悩んでいるらしいダンジョン君が壁から飛ばしてきた。ロボが大きくなって体で受け止めていたんだけど、それ受け止めていいやつなの? 全然平気そうだけどさ、鉄球だよ? やっぱりフェンリルの体は丈夫なのか。
ロボの背中にいたアースが俺の肩に避難してきてぷふーんと呆れたような息を吐いている。ドラゴンに呆れられる対処法……。
「おもちゃ!」
「それは持って帰りませんよ」
ヘッヘッヘッヘッと嬉しそうに鉄球を転がすロボからナイトが鉄球を回収して壊す。鉄球に手を付いただけで壊すナイトもすごいのだけど、おもちゃって、ロボにとっては鉄球もゴムボールみたいな感覚なの?
鉄球を壊されてしょんぼりしているロボが可哀想なので、今度小さい姿で遊べるボールのおもちゃでも買ってあげよう。父さんに強化してもらえば壊れないのができるだろう。アースとネコと一緒に遊べるやつがいいかな。
罠とアーマードケンタウロス、時々出てくるミノタウロスとジャイアントボアに対処しながらマンティコアの待つ階層ボスの部屋に。26、27階に渡って広さの割に大きな魔物が出てこないと思ったけれど、大きすぎると魔物が進んでくるだけで罠が発動しちゃうからか。何体か勝手に死んでいた。
「部屋に入り次第、影で皆様を覆います。ユウは終わったら声をかけてください」
「わかった」
以前にジェシカさんたちを守ったあの魔法かな?
扉を開け放って全員で中に突入する。勝手に閉まる扉が閉まると同時にナイトが影の壁を発生させた。
一人になったところでマンティコアの姿を確認しようとしたけれど、何もいない。
「あれ?」
影の中に入り込んだのだとしたらナイトたちが対処するだろうし、どこに行った?
周囲を見渡そうとして、思いっきり前に跳ぶ。前転して受け身を取るけれど、続けてもう一度。更にもう一度。
ガツンガツンといたところに黒い艶々とした何かが刺さっている。アレが尻尾か。サソリに似ているかな? 見上げると天井にマンティコアらしき魔物が3体張り付いていた。
いや、その大きさ天井に張り付いちゃ駄目だろ。でっか。というかライオンが天井に張り付いている謎。あと、表現が悪いのは重々承知で単純に見目が気持ちが悪い。限りなくヒトに近い何かの顔をしている。こう、精神が不安になりそう。
加えて、無性に腹の立つ侮蔑を含んだ顔でニヤニヤと笑っている。
「ひとだ、ひとだ」
年老いた男性のような顔に似合わず声は幼児のように幼い。発音も子供のように一音一音ゆっくりだ。
「いじめにきたんだ。ひどいね。なにもしていないのに」
「ああ。ひどいね。いじめられるまえにころそう」
「そうだね。ころしてたべよう。だっていじめにきたんだもの」
そう言われると、確かに。君たちは何もしていないもんね。でも俺にも君たちを倒して進まなければいけない理由があるから。
殺される前に倒すとしよう。
とりあえず天井から落とそうと氷柱を撃ってみたら、3体が散り散りに逃げる。確かに速いんだけど、そもそも天井を走れるのなんで? 1体を追いかけて氷柱を発生させるが避けられる。手をかざして発生位置を修正し、発生速度も上げるけれど追いつけない。
マジか。
でも目で追えているからシオンさんほど速くはないか。
追跡が困難なので部屋全体を凍らせたのだけれど、氷を割って飛び出してきた。魔法耐性? それとも物理的な突進力で突破された?
どうやって倒そう。魔法で追えないなら走ってみるしかないんだけど……。試しに追いかけてみたけれど、案の定追いつけない。魔法よりも速く動けるとは思っていませんでしたから全然悲しくないです。
1体を追いかけながら考えていると背中に何か当たる。振り返ると目を離してしまっていた他の個体が尻尾を突き刺そうと伸ばしてきていた。鎧があるからって油断しすぎだな。
それはまた反省しておくとして、打開策発見。
刺さらないことが想定外だったのか、戸惑っているマンティコアの尻尾を掴む。
追いつけないなら、掴んで放さなければいいんだよね。大きくなったロボとほとんど変わらない大きさだから、片手で動きを封じるのは難しいけれど放されないように掴んでおくだけなら問題ない。
俺を振り払おうとマンティコアが尻尾を振り回したので、一緒になって振り回される。うわー。酔いそう。首に近づいた瞬間を狙って剣を振る。
どうしてこのやり方で血を被るかな。
血を噴き出しながらゆっくりと倒れていくマンティコアを放っておいて、次。残ったマンティコアが何かを叫んでいるけれど、認識しない努力をする。
脳内BGMはアンドリュー・ストックデイルの『KEEP MOVING』。テンション高めに爆音で脳内再生しておこう。
叫びながら尻尾を振りかぶってきたのを受け止め、これも掴む。同じ要領で首を落とし、次。
怒りか恐怖かわからない叫びを上げた最後の1体が突進してきて前脚を振りかぶる。
錯乱しているのか遠距離戦闘技能が無いのかはわからないけれど、先の2体を斬り伏せている相手に接近戦は悪手だろう。
下から斬り上げ、胴から頭までが半分に割れた。これは結構視覚的につらい。血を被るのもつらい。
ベショッっと濡れた音を立てて左右に落ちるマンティコアの体から目を逸らして、影のドームに近づく。
『終わったよ』
『承知しました』
影が崩れて消えていく。影の中に入り込んだ個体はいなかったようだ。
「マンティコアの毒は持ち帰るか?」
ガンジさんに確認すると頷いた。
「そうだな。一応持ち帰ろう。成分も調査したい」
了解です。何故か瓶入りの毒を回収して鞄に仕舞う。
「思っていたよりも動きが速かったのだが、みんなはどうやって速い魔物と戦うんだ?」
鎧の防御力に任せてのごり押しなんてしないだろうと思って《烈火の戦士》に訊いてみると、ユイさんが説明してくれた。
「一度足場を崩して動きを止めてから、《行動妨害》の魔術を掛けます。魔物の行動を遅くさせることができるのですよ。重ね掛けするとより遅くなります」
「そんな魔術があるのか。すごいな」
魔術って便利だなぁ。才能が無いのが悲しい。それにしても、足場を崩してしまえばいいのか。いいこと聞いた。
そんな話をしていると、しかし、とライヌさんが俺を見上げる。
「意外と見慣れるもんだねぇ……」
見慣れ? ああ、また血塗れですね。もうこのダンジョンに入ってから何度頭から被ったのか数えたくもない。
ライヌさんの言葉にみんな同意を示す。
「ユウがどんな人間なのかがわかったから怖くないというのもあるんだろうが、まあ、慣れるわな」
「レニアの住人逞しいな、とか思ってたけどそんなことなかったんだな」
レニアの街の皆さんに篤い風評被害。
どう言ったらいいのか頭を捻っているとナイトが手を叩く。
「さあ、次は28階ですよ。ユウは特に気合いを入れてくださいね」
……なんで?
主人公のことを頼りがいのある良い子にしたいのだけど、動かせば動かすほどに突き抜けてお人好しの脳筋になっていく気がしています。力isパワー。




